第23話

「今はこんな部屋まであるのか」


 入った部屋の広さは大体7畳くらいで、一面が鏡で貼られており、その反対がホワイトボードになっていた。


 鏡を見ながら自分の所作を確認して、ホワイトボードで反省点等を書き出しているのだろうか。


 ただ、あの劇団員にこれは必要なのだろうか。鏡を見て自分の所作を確認とか絶対しないだろ。


「麗奈さんが作らせたらしいです。役に成り切る憑依型だけじゃなくて、全てを計算して演技をする計算型もいずれ現れるだろうからと」


「なるほど」


 他は色々と終わっているくせに演劇に関してはしっかりしているんだよな。今日俺を呼び寄せたとか、この部屋を作らせたとか。


「どうします?まずは演技を見ますか?」


「そうですね」


 UMIさんの演技自体に問題は無いことは分かっているが、見ない事には始まらないからな。


「はい。あと関係ないのですが、敬語は辞めていただけると助かります」


「そうか。分かった」


「では早速始めますね」


『こんにちは、不良さん!』


 MIUが今回与えられた役は、不良役の美琴と結ばれる天真爛漫な美少女。


 つまりはこの演劇の主役である。せっかく大物が劇団に来たんだからと師匠が張り切った結果だろうな。普通新人を主役に配置することは無いし。


 その結果、一番アドリブの被害を受ける役になってしまったのか。


 俺のやり方で教えるのだが、間に合うだろうか。期限は予定通りだと一か月だよな……


 とりあえず演技を見ることに集中しよう。


『もう……ダメでしょそんなに喧嘩して。カッコいい顔が台無しだよ?』


『うん、そうなんだ。あの子の事が好きなの。だから、』


『ありがとう。じゃあ、行こうか!』


「以上です」


 俺は思わず拍手を送っていた。


 圧巻の演技だった。UMIはただ自分のセリフ部分だけを断片的に演じ続けていたのだが、そのどれもこれもが完璧で、情景どころか相手役のセリフまで浮かんでくるレベルだった。


 これがトッププロの女優の実力なのか……


「台本に関しては何もいう事は無いと思う。完璧だった」


 少なくとも俺が言えること等一つも見つからなかった。


「ありがとうございます」


「このレベルをアドリブの場面でも発揮することが難しいんだよな?」


「はい」


「じゃあ次はそれを見せて欲しい。そうだな、じゃあ今から俺が適当な役で絡むから対応してみてくれ」


「分かりました」


「よし。なら役はこれにするか。MIUの演じる『花森咲』と関わるよな?」


「はい。少しだけですが」


 俺が選んだのは『ジョセフ』と言う名前の農夫。つらつらと並ぶ日本人の名前の中に外国人があったら流石に目立つ。流石に選ばざるをえない。


 そもそもここの役者で外国人顔の男なんていないだろ。誰意識だこの配役。


 と疑問に思いながら配役を見る。


『ジョセフ:相田智弘』


 団長に合っているのは筋肉と身長だけだろ。あの人はどう見ても純日本人顔だぞ。


 どうせ師匠がふざけたんだろうな。


 とそんなことはどうでも良い。


「じゃあやるぞ。演技力に関してはあまり期待しないでくれると助かる。『やあ嬢ちゃん。今日も彼氏さんと登校かい?』」


 試しに恋愛漫画だとあるあるのセリフを言ってみる。このジョセフって農夫がそんな事を聞く側の人間かは分からないが、この際はどうでも良い。


「『……いえ、そんなことはありません……この人は彼氏じゃなくて……』」


「『あらら、不味い事を言っちまったな。忘れてくれ。そうだな、お詫びとしてこれをやろうか』」


 そう言って俺は部屋の隅に片付けておいた学生鞄を手渡した。


「『……これは?』」


「『中にはケーキが入っている。昼休みに友達と一緒に食べると良い』」


 農夫がケーキをお詫びとして差し出すのは通常おかしいが、そもそも俺は便宜上ジョセフいう名前を得た何者かを演じているだけだ。


 決して丁度いいお詫びが思い浮かばなかったわけではない。


「『えっ……?』」


「『気にするな。持って行け!味は保証するぞ』」


「『ありがとうございます……』」


「『じゃあ今日も一日頑張って行ってらっしゃい。そこの兄ちゃんもな!』」


「『はい……』」


「ここまでにするか。指摘の前に念のため台本を確認しても良いか?」


「はい」


 花森咲という役にしては違和感がある。


 が、突然話しかけられてケーキを渡してくる外国人農夫にはこんな対応になって当然な気もするのでまだ断定はできない。


「そうだな。じゃあ次のシーンをやってみよう。場所は教室で、俺が数学の教師役で授業をしている場面だ。MIUは役はそのままで授業を受けてくれ」


 俺は一つの仮説を確かめるために次の役を提示した。


「はい」


「始めるぞ。『分数の割り算は÷の後ろの分母と分子をひっくり返して掛け算をするんだ。というわけで例題がこれ。3÷1/2だ。そうだな、今日は11だから出席番号11の……花森!分かるか?』」


「『はい。答えは6です』」


「『正解だ。どう計算したのか教えてくれるか?』」


「『÷1/2だったので1/2をひっくり返すことで2/1、つまり2にして、3に掛けました』」


「『完璧だ、ありがとう。席についてくれ』」


「『はい』」


「これで終わりだ。なるほど、よく分かった。台本が無いと素が出てしまうんだな?」


「はい」


 MIUがアドリブが出来ない理由。それは、アドリブを強要された場合、演技している役ではなくMIU本人として冷静な口調で

 対応してしまうこと。


「なるほど。今回の役は素でやるとキャラ崩壊につながるから流石に矯正しないとキツイな」


「はい」


 よりにもよって花森咲は天真爛漫な少女という設定だ。


 アドリブが飛んでくるたびに冷静に対応してしまったらそれは二重人格だ。設定から崩壊してしまう。


 挙句の果てにその対応に驚いた憑依系役者共が延々とアドリブをかましてきて劇が崩壊するだろう。


「なあ、それだと普通のドラマの時も苦労しないか?」


 この劇団では尋常じゃない量のアドリブが発生しているのは事実だが、別に他の演技の現場でアドリブが発生しないわけではないだろう。


 その度に演技が崩れていては撮影に支障が出そうなものだ。


「いえ。演技自体は認めていただけているのですが、流石に中学生相手にアドリブをして困らせるわけにはいかないと思われているらしくて。やるとしても私の演技に干渉しないよう配慮をしてくださっていました」


「なるほどな」


 奇跡的にアドリブ対応をしなくても良い年齢だったわけだ。


「でもこの劇団の場合」


「ああ、配慮なんてされるわけがない。というよりは出来るわけがない」


 確実に本能のままに演技をしてくる。それがこの劇団の売りでもあるからな。


「というわけでお願いします。なみこ先生」


「ああ。あいつらみたいに憑依型じゃない人間がどうやってアドリブを乗り越えてきたか、出来るだけ教えてみよう」


 それから俺とMIUによる訓練が始まった。

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