第22話
MIUと名乗る女性は深々とお辞儀した。うみだからMIUってことか。
身長は雨宮と同じくらいで、髪型はふんわりとしたショートボブで、見た目からは元気な印象を受ける。
しかし、その口調は余りにも淡々としており、見た目とは真逆で暗めだ。
「MIUさん?初めまして。橋田剛です」
劇団名みたいなものがあるのか。この劇団にしては珍しいな。
「雨宮沙希です。よろしくお願いします」
「……もしかしてお前らこいつの事を知らないのか?」
無難に挨拶をしたら美琴が訝しむような視線でこちらを見てきた。
このMIUって方は有名人か何かなのか?
「雨宮、知っているか?」
「分かりませんね……」
俺の知識に偏りがあったのかと思い雨宮に聞いてみたがそんなことは無いらしい。
「ははは!流石俺様の弟子たちだ!世間を知らないな!」
そんな俺たちの様子を見ていた師匠は大笑いした。
「あなたには言われたくないですが」
俺に教えられるまでNA〇UTOを知らなかった人が何を言っているんだ。
「私はまだ麗奈さんの弟子では無いんですけど……」
雨宮、まず気にする所はそこじゃないと思う。そして自然と弟子になろうとしないでくれ。
「弟子である剛のアシスタントってことはすなわち俺様の弟子だ!」
「師匠!!」
「弟子よ!!」
「美琴、説明を頼む」
何故か雨宮と師匠が抱き合い始めたので、無視して話を進めることにした。
「ああ。このMIUって奴は天才中学生としてテレビの色々なドラマに出ている有名な女優だ」
「テレビか」
しかも中学生って。どうみても高校生くらいの気品はあるぞ。なんなら年上かもしれないと思っていたのだが……
「そうだ。何ならお前のとこの雑誌で連載している『週刊少年鹿島さん』って漫画がドラマ化した時の主役だぞ?」
『週刊少年鹿島さん』ってウチの看板作品じゃないか。確か漫画の実写化は確実に失敗するというジンクスを打ち壊して好評を得ていたって聞いたぞ。ってことは
「凄い方だったんだな。で咲良さん、どうしてそんな凄い方がこの劇団に?」
別にこの劇団が凄くないというわけではない。この劇団にはゲスト等を一切呼ばず、全登場人物を劇団員だけでやりきるという特徴があるからである。
テレビで有名になる前からこの劇団に在籍しているとかならありえるのだが、彼女は新人である。
つまり人気になってから劇団にわざわざ所属しにきたということになる。
そんなことあるか……?金銭的にも、環境的にも入らない方が良いのではないだろうか。
「麗奈さんの書く台本がとても素晴らしかったので、演じてみたいと思いまして。事務所を通じて頼んでみたのですが、麗奈さんはこの劇団以外で台本を一切書かないとのことだったので事務所を辞めてここに来ました」
「事務所を辞めた……?」
いくら師匠の台本が素晴らしいと言っても思い切り良すぎだろ。
こういう所は中学生……なのか?
「はい。既に一生暮らしていく最低限のお金は稼ぎましたので、これからは自分が良いと思ったものを追求していきたいと」
「それは凄いですね……」
違う。絶対この人中学生じゃない。人生2週目か、老人が若返りましたってやつだろ。
「だろ?やはり最強の天才は才ある者を引き付けるんだよな!」
と自慢げに笑うのは師匠。師匠が天才であることは紛れもない事実なのだが、少々イラっとくるな。殴っても良いだろうか。
「剛。気持ちは分かるがやめとけ」
無意識に拳に力が入っていたらしく、美琴に止められた。
「ああ、そうだった」
咲良さんの前で師匠の頭を叩きでもしたら確実に殺されていた。
あの人基本的には真っ当なんだが、師匠を溺愛しすぎているんだよな。
そのせいで師匠がどんどん増長していったのだが、止めようにも咲良さんが怖すぎるのだ。
師匠の態度を改めさせようとした劇団員は全員悲惨な目にあっている。
その事を劇団から離れていたせいで完全に忘れていた。
「で、本題に入りたいのですが、剛君にはMIUさんの演技指導をお願いしたいと思っております」
「……俺が、ですか?」
劇団から離れていた俺が教えることなんてあるのか?演技を見たことは無いが確実に俺よりも上手だと思われる。
仮に教えられることがあったとしても劇団員の方が良いだろ。
「はい、私達ではどうやっても教えられなかったので。剛君ならもしやと思いまして」
「現役の皆さんが無理なら俺は猶更無理では?」
「弟子なら大丈夫だ。こいつらがMIUに演技を教えられなかった理由が理由だからな」
「理由とは?」
「こいつら全員役に入り込むタイプの役者だからだよ」
「確かにそうですが、それが何に影響するんです?」
確かにこの劇団ロマンスに所属する団員は、全員役に没頭するタイプの役者である。
だが、美琴みたいに現実世界での性格すら変わってしまうほどに没頭する人はおらず、演劇を離れれば普通の人に戻る。
だから演劇指導に影響することはないはずだが……
「MIUはその対極に居て、台本に載っている情報から最適解を計算して演じるタイプなんだよ」
「それが何に影響するんですか?」
別に計算だろうと役に没入していようと結果は大して変わらないはず。
「こいつらのアドリブばっかの演劇に付いていけねえんだよ。で、こいつらがアドバイスしようにも役に没入する方法しか教えられねえ」
「ああ……」
そういえばそうだったな。
流石に大筋は台本通りにやってくれるのだが、役に没入しすぎた結果、この劇団はアドリブの量が尋常じゃないレベルで多い。
ワンシーンに一個は誰かが確実にアドリブを入れるし、なんなら完全アドリブの台本に存在しないくだりが生まれることすらあるのだ。
皆は役に没入するあまり完璧に対応できるのだが、計算して演じている人が対応するのは難しいよな。俺も没入できなかった側だからよく分かる。
「この劇団の方針的にアドリブを止めるわけにはいかねえ。しかし、それではMIUという折角の逸材が腐ってしまう。というわけでそういう奴らの対応になれている弟子よ、頼んだぞ」
「頼んだぞって。俺は受けるって決めたわけじゃありませんが」
しっかりと俺には漫画家という本業があるんだ。高校生もやっている俺に時間があるわけないだろ。
「頼む。お前しか頼れる奴が居ないんだ」
と断ろうとしたら美琴が俺の両肩を掴み、真剣な目で頼んできた。
「いざという時は私が頑張って負担を減らしますから」
そして雨宮まで。
「分かりました。受けましょう。ただ、上手く教えられるかどうかは保証しませんよ」
ここまでされては断れるわけがない。忙しくなってしまうが仕方ないか。
まあ、MIUさんは師匠の台本に惚れ込んだ逸材だ。話を聞けると考えれば俺にとっても悪い話ではないか。
「ありがとうございます。なみこ先生!」
MIUさんはこれまでの淡々とした表情とは打って変わり、太陽のようなまばゆい笑顔を見せた。
流石プロの俳優だ。こんなものを見せられたら世の男なら無条件でやる気が出てくるじゃないか。
「じゃあ早速今日から頼む。最初は個人練が良いだろうからこの部屋を使ってくれ。これが合鍵で、これが台本だ」
「分かりました。では行きましょう」
「はい」
再び淡々とした表情に戻ったMIUさんと共に練習用の個室に向かった。
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