第17話
「まあ彼もかなり人気ですけどね。こちらを見てください」
そう言って雨宮が見せてきたのは〇ixivの画面。
〇ixivとは絵や漫画、小説の1次創作や2次創作を自由に投稿できるサイトである。
18歳以上しか閲覧できないコンテンツが非常に多いこのサイトだが、設定をしっかりしていればただの健全なサイトである。
当然『ヒメざかり!』のキャラを使った2次創作もかなりあることは風の噂で聞いているのだが、アカウントを作ったら何か投稿しなければならないという義務感に駆られそうなので見たことはなかった。
「こんなに居るのか……」
雨宮が見せてきた画面には、両手では数えきれない量の北条陸の画像が並んでいた。
「大体500ですね」
「何故あのキャラにそこまでの人気が……」
たった一回の読み切りだけのキャラだぞ。ということは……
「なあ雨宮。他のキャラだとどの位だ?」
「主人公は大体2000位で、椎名さんを元ネタにしたキャラクター達は平均で3000とか4000位です」
「は?」
なんだその量は。化け物だろ。
「まあその半分くらいは20人位だけで描いているんですけどね」
「は!?!?!?」
確かに同じ画風の絵が多い気はしていたが。表示された場所の問題じゃなかったのか。
「絵の上手な方々は筆が捗るんでしょうね。見習いたいです」
「見習わなくていい。雨宮はそのままでいてくれ」
確かにそこまでして俺の漫画を広めてくれるのはとてもありがたい。だがしかしそれは人間ではないだろ。
「はい!分かりました!」
元気に返事をする雨宮。
もう大分手遅れな気もするが、せめてそこで踏みとどまってくれ。
「とりあえず仕事場に行こうよ」
「そうだな」
これ以上下駄箱で話を続けていたら関係ない人に身バレしてしまいそうなので話を打ち切って仕事場に向かった。
「じゃあ幸村、一旦これを頼む」
「オッケー」
「では雨宮、今回の話なんだがな……」
仕事場に着いた俺は幸村に今月分の背景の仕上げを任せた後、雨宮と来月の話についての打ち合わせを始めようと事前に描いておいたネームを見せる。
「昼休みに来月新キャラクターを出すかどうかみたいな話をしていましたよね。もう完成したんですか?」
すると雨宮は驚きの表情でこちらを見る。てっきりベタ等を任されるのだと思ったのだろう。
「いや、まだ完成はしていないぞ。前半部分だけだ」
「それでもですよ。もしかして休み時間とか授業中に描いたんですか……?」
俺のファンである部分以外はただの優等生である雨宮はどうやら勘違いをしたらしく、信じられないという表情でこちらを見ていた。
「違うぞ。これは昨日の夜までにざっと描き上げたものだ」
不名誉な勘違いをされていたままでは不味いので、ちゃんと訂正した。
「え?昼休みに次回新キャラを出すかどうか検討中と言っていませんでしたか?」
「ああ、それか。前半部分は新キャラが関係なく成り立つように作ってあるんだ」
もし次号の締め切りが怪しくなるまでに美琴が新たなキャラに変わらなかった時が大変だからな。
新キャラを出す可能性がある場合は、事前に新キャラが出ようが出まいが成立する前半部分を作っておき、美琴の新キャラが間にあった場合は登場させ、間に合わなかった場合は何事も無く既存キャラだけで回すようにしている。
そんなことをするのならもう少し先の号に回せば良いだろって思う人も居るかもしれない。
しかし、それだとキャラの完成度が落ちるのだ。
新キャラを登場させたタイミングで元ネタが消失していたら、キャラの動きに困った際に確かめる術が無いからな。
前回のキャラは締め切りに余裕があったからそんなことをしなくても良かったが、今回は劇団のスケジュール的に怪しかったからな。
「なるほど。流石です先生!」
「そうだろ、凄いだろ」
「はい!」
その話を幸村にした時は呆れられたが、流石雨宮だ。よく分かっているじゃないか。
「で、どう思う?」
「そうですね——」
それから30分程前半部分の打ち合わせをした。
「では次は問題の新キャラについてですか?」
「ああ」
そして話は本題の新キャラに。
「一応今回は登場させてみる予定なんだが、あのキャラとなると——」
俺は軽く美琴の今のキャラをそのまま登場させる場合の展開について話してみた。
「素晴らしいじゃないですか!完璧ですよ!」
いつもは褒めてくれつつも的確な意見をくれる雨宮が今回に限ってはただ褒めるだけだった。
「え?何も無いのか?」
「はい!ケチをつける所なんて一つも無いくらい完璧ですよ!巻頭カラーにふさわしい最高の話です!」
「そ、そうか」
「是非このまま完成させましょう!」
話としては纏まっているような気もするが、キャラクターの方に問題がありすぎて総合的には微妙な気がするんだが。
まあ雨宮が完璧って言ったんだからわざわざ作り直すのも悪いしな……
「ならその案でネームを作ることにするか。雨宮、幸村の作業を手伝ってやってくれ」
「分かりました!」
元気よく返事をした雨宮が幸村の元へ駆け寄ったタイミングで、
ガチャリと誰も居ないはずの部屋の扉が開く音がした。
「キャッ!」
その音に思わず驚き、幸村の裏に隠れる雨宮。
「大丈夫?」
女子に抱き着かれた衝撃よりも心配の方が勝ったようで、雨宮に優しく声を掛けていた。
「すまない。どうやら驚かせてしまったみたいだ」
その光景を見て申し訳なさそうに顔を見せたのはジャージを着た一人の女性。
「ああ、居たんですか。なら教えてくださいよ」
「いやあ、完全に作業に熱中していてな。もうこんな時間だとは思わなかった」
「まさか学校を休んだんじゃないでしょうね」
「勿論だ。だが出席は足りているし、やるべきことは事前に済ませてあるから一切問題無い」
「はあ……」
この人は本当に何をしているんだ。俺は呆れ果てて頭を抱えた。ここが見つかったらどうするつもりだったんだよ。
「幸村君。この間の大会、大活躍だったな。恰好よかったぞ」
「見に来てたんですか。なら声くらいかけてくださいよ」
「声かけようと思ったんだけど凄く集中してたからな。流石に邪魔するわけにはいかんよ」
「別に構わないですよ」
「そうか。ならば今度は声をかけさせてもらうかな」
そんな俺の心配とは裏腹に、彼女は幸村の方をバンバンと叩きながら呑気に会話していた。
「えっと、この方ってもしかしなくても……それに激しくスキンシップを取られている筈なのに全く動揺を見せていない……」
雨宮は目の前の女性の正体と、幸村の反応が相まってかなり困惑しているようだった。
「おっと。自己紹介も何もしてなかったね。ごめん雨宮さん。私は新海凪咲、現生徒会長であり、橋田剛ことなみこくんのアシスタントだよ」
そんな雨宮の様子に気付いたらしく、自己紹介をしてくれた。
「えええええ!?!?!?」
この場に居る時点でほぼほぼ予測が付いていてもおかしくないはずだが、雨宮は大声が出る位驚いていた。
「前々から言っていたもう一人のアシスタントがこの人だ」
「話はなみこくんから聞いてるよ。凄いアシスタントが現れたって」
「あ、はい。ありがとうございます。でもどうして生徒会長がなみこ先生のアシスタントを?」
雨宮はあの生徒会長が俺のアシスタントという事実が信じがたいらしい。
まあそれもそうである。
今日は学校をさぼっているが、この人は品行方正頭脳明晰、新海家具という超高級家具屋の社長令嬢でもある立派なお嬢様系の完璧な生徒会長だからだ。
その上生徒たちの間では書道や茶道、クラシックのピアノや油絵といった上流階級御用達みたいな習い事をしているという情報が出回っており、アニメや漫画といった俗っぽい事柄とは縁遠いイメージだものな。
「生徒会長なんてかしこまったものではなくて気軽に凪咲ちゃんと呼んでくれ。そうだな、私がアシスタントになったのはだな。まあ見てもらった方が早いか。ちょっと来てくれ」
そう言って凪咲さんは雨宮を先程出てきた自分の部屋へと連れて行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます