第9話

 そして数分後、映画が始まった。


 今回見るのは『リオン』という洋画。美琴は英語を一切理解できないので当然吹き替え版。分からない言語の声の演技とか参考にする以前の話だからな。


 内容は家族を殺された少女マチルダとその家の隣に住んでいる殺し屋リオンによる共同生活を描いた物語とのこと。


 事前に見たフライヤーの写真を見た所ほのぼの系の映画に見えるが、2人の生い立ちが暗いんだよな。どう展開していくのだろうか。



『身寄りが無いんだろう、一緒に暮らそう』



『わたしを殺し屋にしてください』



『今、君は幸せかい?僕は幸せだよ』



『最初から分かってた。でも、リオンは悪くない。頼まれただけだから』



『ありがとう。殺し屋だった僕が、初めて人を死から守れたんだ。後悔は無いよ』




 映画を最後まで見終えた俺たちは、感想会兼資料集めの為にファミレスに向かった。


 最初に席についたタイミングで何枚か写真を撮影した後、感想会が始まった。


「本当に素晴らしいラブストーリーだった。結局結ばれることは無かったが、お互いに抱えた心の傷を癒すかのように寄り添う姿、非常に感動した」


 今の作品の参考にはならないとは思うが、心に深く刻まれる良い恋愛だった。


「剛くん、何を見てたの?」


「何をって、『リオン』っていう洋画だが」


 一緒に見てただろ。


「9歳位の少女と30歳のおじさんのストーリーがどう見たら恋愛映画に見えるのかな」


「恋愛に年齢なんて関係ないだろ。幸村もあのストーリーが20歳の女性と40歳の男性だったら立派なラブストーリーと思うだろ?つまり恋愛映画じゃないか」


「だめだこの人。恋愛に脳が浸されてる。次、椎名さんはどうだった?」


 恋愛に脳が侵されているとはなんだ。俺は真っ当だろうが。ほら雨宮だって頷いているだろうが。


「知っていたことではあるんだけど、リオン役の方の演技が非常に良かった。殺し屋という仄暗い一面を見せつつ幼子を大切に思う人情味を表現する塩梅が非常に優れていて非常に参考になった」


「こういうのが正しい感想なの。分かる?」


「何が違うんだよ」


「解釈の仕方だよ」


「解釈なんて人それぞれ違うものだろ」


 100人いれば100通りの解釈が生まれるのは常識だろ。


「違いはあるけど、解釈には限度ってものがあるんだよ。あれを恋愛に捉えられたら男女がメインを張った瞬間に恋愛映画になっちゃうよ」


「ドラえ○んやポケ○ンを恋愛映画と捉えるアホだって言うのか。そんなわけが無いだろ」


「いや、その二つは広義的には恋愛に属しているけど」


「は?」


「え?」


 あれのどこに恋愛要素があるってんだ。純粋な子供向けアニメだぞ。そんな不思議な顔をするんじゃない。


「この恋愛脳は置いといて雨宮、どうだった?」


「流石に先生の作品には敵わなかったですが、大変すばらしい物語だったと思います。個人的にはお互いの距離が近づいた事を家事の分担で表現していたのが好きですね。分かりやすい所で言えば料理シーン。最初は二人で同じ作業をしながら作っていたのが途中から作業を分担するようになり、最終的には当番制になってもう一人がキッチンに立つことすらなくなっていましたが、アレはお互いに相手が毒を入れてくることは無いと信頼しきった証です」


 そうだったのか?アレは単にお互いの料理技術に信頼が持てるようになったからだと思うんだが。


「沙希ちゃん、良い考察だね。私もそう思った。あのシーンでの二人の息遣いや視線の動きを見ていたんだけど——」


「そうですよね!他にも車での移動シーンとか——」


 それからしばらくの間、美琴と雨宮は作品について熱心に話し合っていた。


 当然俺は全く話に付いていくことが出来なかった。



「いやあ、沙希ちゃん。凄く面白い子だね。今日は映画をいつも以上に深く理解できた気がするよ」


「私もです!演技の方は深く見れていなかったので、役者としての意見を聞けたのは非常にありがたかったです」


「今度私の家で映画鑑賞会でもしないかい?丁度積んでいる映画が何本かあるんだ」


「良いんですか!?絶対行きます!」


 2人は意気投合し、がっしりと握手を交わしていた。



「なあ幸村。今日の映画、どうだった?」


「月並みな感想だけど、互いを思いあう美しい姿に感動したよ」


「うん、良い感想だ」


「剛くんの感想も今思い返せばいい解釈だったよ。確かにラブストーリーかもしれない」


「ありがとう」


 その隣で俺たちは死んだ目をしながら映画の感想で意気投合していた。


 幸村、映画の感想はそれだけで良いんだ。Tw○tterでツイート出来るくらいの文字数で。


「じゃあ会計に行こうか」


「ああ。俺が払っておく」


 写真を撮るために提案した感想会だったため俺が払うのだが、正直後悔していた。


 4人用のボックス席の写真なんて仕事の日とかに飯を食べるという口実でファミレスに行けば良かったじゃないか。


 まあ美琴と雨宮が有意義な時間を過ごせたことを良しとするしかないか。



「じゃあ次は俺が提案した服選びだな」


「そうだね。早速行こうか」


 次に俺達が向かったのは女性服専門の店。服選びで何かしらのイベントが起きて欲しいという目論見もあるが、メインは女性服の資料が欲しいから。


 ネットで調べてもお洒落な服装は見つかるのだが、高校生らしいファッションを探すのはしんどいからな。


 基本的には見知らぬ人の○ンスタグラムとかテ○ックトックを巡って資料を探す事が多いのだが、色んな意味で地獄すぎるからな。見なくて済むに越したことは無い。


「二手に分かれて探して、試着の時に一緒に見るって感じで良いかな?」


「ああ」


「分かりました!では幸村先輩、私の為に服を選んでくださいね」


「僕が?女の子の服はよく分からないよ?」


「良いと思った服を着せるだけですから。安心して選んでください。では行きましょうか!」


「そ、それなら。ってちょっと」


 そのまま二人は服を選びに店の奥へと向かって行った。


「じゃあ私たちも選ぼうか」


「ああ。最初はいつも通りに服を選んでみてくれるか?」


「うん。あ、店員さん!」


 そう言われた美琴は即店員を呼び出した。


「ハ、ハイ。何ですか?」


「そこのマネキンにかかっている服が欲しいんだけど、貰えるかな?」


「分かりました!!」


 呼び出された店員は、美琴の笑顔に顔を真っ赤にさせながら走って店の裏へ向かった。


 そして30秒も経たないうちに戻ってきて、


「これが商品です」


「ありがとう。サイズもピッタリみたいだ」


「そのまま会計されますか?」


「いや、もう少し服を見てみようと思う。また何かあったら話しかけるから、その時はよろしくね」


「ハ、ハイ!!」


 店員さんは顔を真っ赤にしたまま、業務に戻っていった。


 店員を惚れさせる客か。服屋の店員と客だと恋愛が発生しにくいから殆ど見ないが、こういった形で愛を発生させるのも意外と面白いかもしれないな。メモしておこう。


「これで私の普段の服選びは終了だけど、どうかな?」


「本当にマネキン買いしかしないのか?」


「うん。楽だし、マネキンとスタイルがそんなに変わらないから似合わないって事態はそうそう起こらないし」


 確かにマネキンも美琴もモデル体型だからマネキンで良い感じなら美琴が着ても良い感じになるのは事実。


 でもお前は女子だぞ。もう少しファッションに意識を割いてくれ。


「そうか。なら今からは二人でゆっくり選ぶぞ」


 資料集めの為でもあるが、何よりも服に興味を持ってほしい。見た目が良いんだから。


「って言われても私、よく分からないよ?」


「安心しろ。隣に居るのは漫画家だ。どんな服を選ぼうとそれに合った服を見つけてくる」


 良い顔面の人間に着せる服を選ぶセンスに関してはアパレル店員よりも上だという自負がある。


「流石剛君、頼りになるね。じゃあそうだなあ……」


 美琴は顎に手を当てながら服を吟味し始めた。やっぱり様になるな。


「これだ!」

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