第8話
「ああ、2人で来たんだな」
この間遊ぶ約束を立てた以来話してすらなさそうだったが。
「偶然同じ電車に乗り合わせてね。別々に行くのも変だからってことで一緒に行こうって私が誘ったんだ」
「なるほどな」
「ちなみにお二人は一緒に来たんですか?」
「いや、同じ時間に着いたんだけど別々に来たよ」
「そういえば幸村が昨日雨宮と何かあって寝不足だって聞いたんだが、何かしたのか?」
「剛くん!?」
起こった様子でこちらを見る幸村。しかし気になったのだから仕方ない。俺が漫画家だったことを恨むんだな。
「ああ、もしかして昨日幸村先輩と寝落ち通話をしてたことですか?」
「そんなことをしていたのか!」
俺が居ない所でなんて素晴らしいイベントを行っているんだ!是非聞かせてくれ!
「今日は美琴さんの演技と先生の作品作りの為のダブルデートじゃないですか」
「そうだな」
「だけど私と幸村先輩は付き合っていないので、期待に応えられるか心配だったんですよ。だから前日から幸村先輩と恋人っぽいことをして気持ちを作っていこうと思いまして」
「流石だな雨宮!ありがとう!」
俺達の為にそこまでやってくれるとはなんて優秀なアシスタントなんだ。
「でもそのせいで幸村先輩を寝不足にさせてしまうとは思いませんでした。一応夜1時には通話を切ったのですが……」
「そうか、でも雨宮は悪くない。気にするな」
雨宮は多分幸村の許容量を超える発言をしたのだろう。流石にまだ知り合って時が浅いからな。いくら雨宮でも塩梅をミスってしまうのは仕方ない。
「はい。でもやはり私が責任を取らないといけません。というわけで幸村先輩」
雨宮は自然な動きで幸村の隣に移動し、幸村の左腕をぎゅっと抱きしめた。
早速いいシチュエーションだな。メモしなければ。
「ほあっ!?雨宮さん?色々当たってるんだけど……」
「ワザとに決まってるじゃないですか。それより、目が覚めましたか?」
「冷めたけどさ……」
「なら良かったです」
もしや雨宮、意図的に幸村を寝不足に追い込んだか?もしそうならかなりの手練れだ。今後に期待が持てるな。
「面白いね、雨宮さん。折角だし私たちも腕を組みあうかい?」
「そうだな。二人に負けてられないな」
俺達も謎の対抗心で腕を組むことに。
「じゃあ早速、映画鑑賞と行こうか」
そして俺たちは当初の予定通り、ショッピングモールにある映画館に向かった。
映画館に着いた美琴は、組んでいた腕を解き近くの機械へと向かい、4人分のチケットを取って戻ってきた。
「良いんですか?」
「うん。二人の時もその場所を提案した方が全額払うようにしているからね。それに私たちは結構稼いでいるんだ。今日は大人しく奢られると良いよ」
別に割り勘とか個別に買うで良いんじゃないかと思うかもしれないが、その場合相手もお金を結構使うから抑えないとなんて気を遣ってしまうからな。
その点提案した側が全て支払うシステムにすれば悩むのは自分の懐だけで良い。つまり気兼ねなく取材出来るというわけだ。
「え、ありがとうございます!」
「ありがとう」
「構わないよ。じゃあポップコーンと飲み物を買って中に入ろう」
それも美琴の支払いで購入し、そのまま中へ。
「その順番なの!?」
「「勿論」」
ダブルデートでの映画館という事で、並びを左から雨宮、幸村、美琴、俺の順番にしたのだが、両端に女子がいるということで幸村がごね始めた。
「そりゃあ当然じゃないですか。ほら、他の迷惑になるからさっさと座りましょうよ」
「うう……」
俺達の後ろから登ってくる人たちを見て観念したようだ。
ちなみに幸村の両隣を女子で挟んだのは俺が美琴を見つつ幸村達の様子を観察出来るようにだ。
まあ俺、美琴、雨宮、幸村の順とかにしても出来ることなので半分は面白い絵が見れるからなんだがな。
「幸村先輩、私たちってカップルですよね?」
「違うけど……」
「今日はカップルですよ。というわけで」
雨宮は幸村の手を引っ張り出し、恋人繋ぎをさせた。
「んーーーーー!!!」
映画館では静かにしなければならないという常識と、叫びたいという感情が混ざりあった結果、音も無く叫び、静かにじたばたしていた。
「私の事が嫌いなんですか?そうなら私、悲しいです……」
雨宮は幸村の手をがっちりと掴んだまま、顔を伏せて泣き真似をしている。
「あ、いや、そんなことじゃ……」
「なら繋いでも良いですね」
雨宮は待ってましたと言わんばかりに即笑顔で反応し、恋人繋ぎをしていた幸村の左手を自分の方へ引き寄せ、もう片方の手でガッチリと抱きしめた。
これで先程と同様に幸村を行動不能に追いやった雨宮は、幸村の耳に近づき、
「ふっ」
「ひゃっ!?」
優しく息を吹きかけた。
幸村は思わず飛び上がり、女の子みたいな悲鳴を上げた。
「ほら、静かにしないといけませんよ~」
「ちょっと、ねえ、雨宮さん……」
逆側に美琴が居るせいで逃れることが出来ない幸村は必死に椅子の範囲で避けようとするが、左手をがっちりとホールドされているため強引に引き寄せられる。
「可愛いですね。ふーっ」
「ひゃいっ!?」
素晴らしいやり取りだ。このシチュエーションは今度使おう。
「流石に私たちがアレをやるのは違うよね」
「そうだな」
そもそも幸村みたいな反応はどちらも出来ないからな。
一方的にひそひそ話をしている側と聞いている側という絵面は流石に微妙すぎる。
「その代わりと言ってはなんだけど、映画のキスシーンに合わせてキスをする有名なやつやるかい?」
そう言って美琴は俺の頭を右手でそっと自分の顔の前まで引き寄せた。
「馬鹿かお前。こんなシーンをマスコミに見られたらどうするんだ」
腕組みなら問題無いが、こんな所でキスしたのを見つかったらバカップル認定されて美琴のイケメン王子様キャラが崩壊するだろ。
キスをするならもう少し良さげな雰囲気の場所か舞台の上にしてくれ。
「おっと、そうだね。ファンの子達の夢は壊さないようにしないといけないんだった」
「だから映画は普通に見るぞ」
「分かったよ」
「先輩、そのジュースちょっと飲ませてください」
俺達が何もやらなくても、あの二人が必要なイベントは大体回収してくれるだろうしな。
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