オートバイという不便な乗り物に辿り着いた男の日日是好日
Reynard Owen
第1話 バイクに辿り着いたレイナード
3年前のことである。
わたしはバイク乗りになった。
群馬という車社会の中で、当時わたしは電車と徒歩で通勤していた。
片道3kmを20分強で歩くペースだ。汗もかいた。
主に運動不足解消が目的で始めたのだが、歩いても全く体重が減らない。
食事か?
朝は自作のスムージー、昼は50gのパスタに野菜をたっぷり乗せたサラダ。
夜は炭水化物を抜き、ひたすら鶏肉の鍋を食べていた。
週一でテニスだってしている。本降りの雨の日以外はちゃんと続けてきた。
…全く体重など減らない。
もはやここまで来たらあとは筋トレなのだが、筋トレは嫌いだ。
そこまでストイックにはなれない。
ああ、あれだ。わたしは燃費がいいのだ。
いやきっと大気中のプランクトンからもカロリーを摂取する特異体質なのだ。
だからわたしは痩せないのだ。そうだ。当たり前だ。
呼吸でカロリー摂取しているわけだからお手上げだ。仕方ない。
ある夏の朝、ジリジリと照りつける太陽に、やかましく鳴く蝉の声に、
わたしは決めた。
徒歩通勤などやめてやる。
とは言うものの
個人用の車は手放してしまったし、新たに購入するにも問題山積だ。
我が家の敷地は狭いので妻の車しか置くスペースはない。
駐車場を借りなければならない。 購入の道筋もつけねばならぬ。
ずっと乗り続けていたなら妻の理解も得られただろうが、
車への支出は一度ゼロになったのである。
毎月数万の支出をもう一度頼むなど、交渉のハードルが高すぎる。
通勤用の車など1人しか乗らないし、そこに資金を過剰に投入する余裕はない。
当然、軽トラやら一番安い軽自動車しか選択肢に入らない。
ロマンなど皆無である。
車からロマンを除いたらそれはもはや動く箱ではないか。
…あぁ無理だ。そんな通勤で終始する毎日などモノクロの世界だ。
電動アシスト自転車だ!それだ!
颯爽とスポーツタイプの自転車で街を駆ける。ロマンだ。
そうだ、たしかあれは東日本大震災の頃のこと
ガソリンの供給不足でスタンドが閉まったことがある。
ガソリン節約のため何日かマウンテンバイクで通勤したことを思い出した。
通勤に使えるサイクリンロードがあるため、自転車通勤には恵まれている。
片道13km。行きは下りなので全く問題がない。だが問題は帰りだ。
ダラダラとずっと続く坂道。群馬名物からっ風と呼ばれる北からの向かい風。
行きは30分弱、帰りは1時間超。継続は無理だった。心折れた。
だがしかし!電動アシスト自転車なら大丈夫なはずだ。
スポーツタイプ電動アシスト自転車に乗った自分を想像してみろ。
「え?通勤ですか? 自転車です!環境のために!」
そうかそうか。ついにわたしも環境マウントデビューか。ほくそ笑む。
…だが抗えぬ現実がそこにはあった。
ロマン溢れる機体は、値段も許容範囲から大幅に溢れているのである。
電動アシスト付とはいえ、結局は人力な機体にこの規模の支出は割に合わぬ。
この金額なら原付が買える。
運動? いやいや、そんなものはあの夏の朝に捨ててきた。
ジリジリと照りつける太陽が勤労に赴くわたしに何をしたか思い出せ。
あぁ。電動アシスト自転車も無理だ。
肉汁溢れる焼豚に戻りたくはない。
原付?わたしはそう言ったか?
そうだ!バイクがあるじゃないか!
バイクなら坂道もスイスイだ。
ここにきてわたしはついにバイクという手段に辿り着いた。
でもさすがに原付を通勤に使おうとは思えない。
通勤路には国道があり、朝はかなりの速度で流れている。
原付で走るには恐怖しかないのだ。
そしてわたしは普通二輪免許を持っていない。
ということは…はぁ…教習所か…。
ため息が出る。
実の所、わたしはあまり教習所にいいイメージがない。
運転を教えるだけなのになんであんなに偉そうなのかと思っていた。
もちろんそんな教官は一部なのだろう。
だが負のイメージは強力だ。
それを上回る幸せな経験がないと負のイメージが定着してしまう。
悶々としながら教習所を検索するものの、中々その先に進めない日々が続く。
結局わたしは、あの夏の日から次の春までずっと彷徨い続けたのである。
そんな私についに転機が訪れた。
隣家への導入路に含まれた私有地を購入したいとの申し入れがあったのだ。
全く予想していなかった臨時収入だ。
もうこれはバイクに乗りなさいという天啓ではなかろうか。
臨時収入の後押しでついに重い腰は上がった。現金な男だ。
こうしてわたしは実に24年振りの教習所入所を果たしたのである。
わたしの心配は大きく外れ、二輪の教官は高圧的でない人がほとんどだった。
バイクに乗ろうとする我々への仲間意識を持ってくれているのだろうか。
教官本人もバイク講習が割り当てられると嬉しいと言っていたがそのせいか。
原付に乗っていたこともあり、教習は概ねスムーズに進んで行ったが
鬼門はクランクにあった。腕に力が入ってハンドルが切れなかったのだ。
上半身の力を抜くには下半身でしっかりバイクを挟む必要があるのだが、
これは未だに意識しないと緩む。
動画共有サイトにはこうした技術の講義も公開されておりとても助けられた。
いい時代になったものである。
余談であるが、若いご婦人の大型バイク納車動画を先日見かけた。
憧れのバイクに跨り、購入店の駐車場で練習した後、公道に出る手前で転倒。
その後も公道で転倒を重ねていた。不憫でならぬ。賛否両論あるようだが。
教習所に通っていた時、見かけた光景であった。
傍から見ていて心配になる程、転倒を繰り返すのである。
たまにいらっしゃるのだ。自分なりのコツを掴むまでに時間がかかる人が。
そこでふと思いついたのだが
多少割高でも、乗り放題プランを教習所にも設定してはどうだろうか。
最低限で公道に出る以外の選択肢にも需要があるのではなかろうか。
3万円位なら割高でも追加料金気にせず練習したい人はおいでかと思うのだ。
想定以上な教習生の場合、ボランティアになるリスクはありそうだが。。
ともあれこうしてわたしの教習所生活は有意義に終わった。
別れ際に、きっと大型二輪を取りに来るよ、と教官に声をかけられた。
普通二輪で十分だ、と当時は答えたが、多分そのうち教習所に通う気がする。
そう。
3年前、こうして私はバイク乗りになった。
オートバイという不便な乗り物に辿り着いた男の日日是好日 Reynard Owen @seijinn
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