高峰碧と言う女性


キーンコーンカーンコーン。


「よし、これで今日の授業は終わりだな」


 授業の終了を告げるチャイムが鳴ると共に、俺は手にしたチョークを黒板に打ち付けるのを止める。

 学生なら学業が本分なんだが、少なくとも彼女らにはもっと大事な事がある。青春を謳歌するって言う大事な……な。


「やったー! やっと終わったー!」

「碧、あんた本当に勉強好きじゃないのね」

「そりゃそうだよ! 身体動かせないのは退屈なんだもん!」

「ふふふ、碧さんは体育の授業が一番好きですものね」


 高峰の叫びに、平内が呆れ、皇は笑う。普段は出席を取った時のように話す声が異様に小さい皇も、高峰・平内の二人と話す時には、普通に聴き取れる声量で話をする。

 一番声の出なかった頃の彼女を知ってる俺としては、その成長と言うか、快復と言うか、ともかく皇の変化が嬉しい限りである。


「ねぇねぇ先生!」


 そんな事を考えていると、いつの間にか教壇上の俺のすぐ傍まで、高峰が寄ってきていた。なんか、本当に犬っぽいよなぁ、この人は。


「ん? なんだ?」

「放課後デートしよ?」

「ぶっ!」

「「なっ……」」


 高峰の唐突な提案に、俺は吹き出し、平内と皇は驚きの声を挙げる。仮にも教師と生徒の関係性なのにこいつは何て事を……


「……ダメ?」


 うっ、そんな上目遣いで見つめるな……お前は自分の美貌をもう少し自覚しなさい、心臓に悪い。まぁ、自覚しろって言っても難しいんだろうけど。


「あー……今日は無理だ。でもまぁ、予定の空きを確認して都合の良い日なら、行っても良いぞ?」


 デートをするとなったら、色々準備もあるしな。


「本当!? やったぁー!」


 俺から色良い返事を貰えた為か、その場でぴょんぴょんと跳び跳ねて喜ぶ高峰。

 あの、そんな跳び跳ねると、貴女の女性らしい一部位が揺れまくるので、非常に目のやり場に困るんだが。


「……せんせー、目がやらしい」

「だ、だめです、そんな見ちゃ……」


 ジト目の平内と顔を赤くした皇から、俺に対して非難の言葉が投げ掛けられる。   

 い、いや、っていうか何か言うなら俺じゃなくて高峰に言え!?


「……あれ? みんなどうしたの?」


 いつの間にか落ち着きを取り戻していた高峰が、俺と彼女らの間に流れる雰囲気を察して、頭上に疑問符が浮かんでそうな表情で小首を傾げる。

 この雰囲気を察する事が出来るなら、その意識をもう少し自分の女性らしい身体がどう見られるかにもだなぁ……いや、無理か、彼女の場合は。


「何でもなーい! あきとせんせーが女性の敵で変態ってだけだよ」

「ひどくね!?」


 ちょっとむくれた様子で言う平内に、思わず脊髄反射で反応する俺。いや、無意識にでも目線がそっち行っちゃった事は確かに女性には望ましくないだろうけどさぁ……


「み、美希さん、何もそこまで……」

「むっ……椿樹はいいよねー、椿樹も結構なモノを持ってるしさぁ」

「え、えっ!?」


 不意に話を振られた皇は、自分の胸を抱きかかえる様にして腕を組み、平内の視線から逃れるように身を捩る。

 高峰よりは小振りだけど、平均以上に立派なものを持ってる彼女がそんな動きをするものだから、押し潰された彼女の胸が、まぁ何とも凄い状態に。


「……せーんせー?」

「いたっ、いたいって!?」


 皇のそんな姿に目を奪われた俺の様子をめざとく察知したのか、控えめに言って、鬼とか悪魔とかでも逃げ出しそうな刺すような眼と表情をした平内が、俺の脛をがしがしと蹴り上げてくる。

 いや、怒るのも解るけど地味に痛いからな、それ!?


「ダメー!」

「「!?」」


 そんな叫び声をあげながら、俺と平内の間に、高峰が全身で割り込んでくる。

 その割り込んできたタイミングが悪くて、平内が俺に放った蹴りの一発が彼女を掠める。

 しかし高峰はそんな事を気にかけた様子もなく、とても悲しそうな顔をして俺と平内を交互に見る。


「喧嘩しちゃダメ! ね!? 先生! 美希ちゃん!」

「ご、ごめん、碧……ちょ、ちょっとしたおふざけだから……ごめん、ごめん

ね……?」


 そう言えば、高峰はこんな人だったっけな。

 自分が痛い目や辛い目に遭うことより、他人がそういう目に遭う方が辛いし悲しいって、そんな人だった。


「大丈夫、喧嘩を止めてくれたら何にも謝ることなんてないから、ね、美希ちゃん!」


 謝り続ける平内の手をそっと取って、平内に微笑みを向ける高峰。

 この、無邪気さと優しさに満ちてるのが、高峰なんだよなぁ。

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