第2話 結節性硬化症


結節性硬化症

(けっせつせいこうかしょう)

指定難病158である結節性硬化症は

普段なら耳慣れない病である。

もし、我が子がこの病になってしまったら

自分が成り代わってあげたいとか

ごめんなさい、ごめんなさいと

謝り続けることで、何かに

すがりつきたくなるだろう。


      ***

この病は全身の疾患で、皮膚、神経系、

腎、肺、骨などいろいろなところに

"過誤腫(かごしゅ)"と呼ばれる良性の

腫瘍(しゅよう)や過誤組織と呼ばれる

"先天性"の病変ができる病気だそうだ。

未だに信じれない。

まさか、私の祐逸無二(ゆういつむに)の愛しい娘が……。

なぜ、私の愛娘にこんな……。

理解出来なかったというか認めたくない

ありえないとか、ちがうとか、

これは誤診だったとか言って欲しい。

私は、何度も何度も治療法は?とか

治るのか?と医師を問い詰めた。

感情的になってしまった私に

なぜかにっこり笑いかけてきた

娘に言われた。

「お母さん、人を困らせたらダメよ。

それを、教えてくれたの誰だったの?」

私は、ハッとした後医師に謝ってるのか

娘に謝ってるのかわからなかった。

「すみません先生、うちの母

ちょっとパニックってるみたいです。

説明、お願いします。」

倒れた娘は、意識を取り戻し、私より

しっかりした口調で受け答えしていた。

私は介護の仕事と内職をしていたから、

出勤予定時刻まで、内職していたので

娘の異変を見逃していたのだった。


今から思えば兆候があったのだ。

乳児期に、ひきつけ、てんかんを

けいれんを何度かおこしていた。

熱も高く熱性痙攣(けいれん)と

判断され、けいれん止めの注射を

打ってくれたからか、夜中だった事もあり

一泊二日の入院をした事もあった。

"小さな子どもは、よく熱をだす"

そう思い込んでいた。

身体に発疹があれば、小さな小児科で

見てもらい薬を処方、風邪をひいたり

移し合いの様に保育園をたびたび休んだが

病気のときにでも預けれる場所に

子どもを預けて働いていた。

(なぜ?そばについていてあげれなかったの?)

(さみしいのはアナタだけじゃないんだよ。)

子どもが病気の時には残業こそ

しなかったが、今思えば、病気に

なった時不安になるのに、私は

娘のそばについていてあげなかった。

ひどい母親だ。


16歳で出産した私は中学生同士の

興味本位でエッチをてしまい

その結果が妊娠。

中学3年生2学期後半はつわりに苦しみ

親に妊娠がバレた。バレた時には

後戻り出来ない時期にきており、

産む産まないかの選択はなかった。

彼の事好きだったし、正直

子を産めるんだと喜んだ。

悲痛な顔をしていたのは私の

両親と彼と彼の両親だった。

出産に関わる費用は彼の両親から

出されたと同時に、産まれても

子どもの認知はしないと言われた。

彼は謝るばかりで弱かった。

両親は怒ってくれたが、彼の両親に

言いなりになるばかりの彼に幻滅していた。

"俺は悪くない"

"誘ったのはお前だ"

この子を無事に産んでも見せてあげないと

かたく誓った。

3学期になるとお腹も大きくなり

ほぼ学校に行かなくなった。

4月2日は私と娘の誕生日。

私は16歳で2800グラムの

世界一愛しくてかわいい女の子を産んだ。

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