第50話 決戦開始です。

 一週間後の昼過ぎ、アレクセイらはダンジョン入り口前に陣取っていた。

 この一週間で万全の準備を整えてきた。

 一人の犠牲者も出さずにスタンピードを乗り切る――アレクセイは確信していた。


「じゃあ、封印のアミュレットを外すよ」


 一同を見回して、アレクセイが告げる。

 この場にいるのはアレクセイとスージー、三人の【兵士】、【怪力】ジロ、そして、離れたところでマーロウとメルタがスタンバイしている。


「イッチ、任せたよ」

「任せてください、大将」


 イッチは頷き、【戦闘指揮】を発動させる。

 皆の身体が赤い光に包まれる。


 今回、全体の流れを指揮する戦略面はアレクセイが、個々の戦闘に関する戦術面はイッチが担当する。

 イッチが指揮することによって、【戦闘指揮】のバフ効果で指揮下の全員が強化されるからだ。


 アレクセイがアミュレットを外し、しばらくするとダンジョン内に動きがあった。


「来るぞッ!」


 十数体のゴブリンが一斉に飛び出してきた。


「ジロッ、行けッ!」

「マッスルッ!」


 イッチの合図にジロが一歩前に出る。

 そして、三メートル近くある丸太を水平に薙ぎ払う――。


「マッスルマッスルッ!」


 巻き込まれたゴブリンは一撃で絶命し、魔石を遺して消え去った。


 【怪力】のギフトを授かり、ナニーのバフ料理を食べながら鍛え続けたジロの破壊力はこの通りだ。

 いろいろ試したが、ジロの器用さは壊滅的で、どの武器も使いこなせなかった。

 なので、怪力を生かした重量とリーチのある丸太をぶん回すことにしたのだ。


「どうっすか、親方。おいらの金剛丸は?」

「いや、それ、ただの丸太だよ」


 ジロは大層な名前をつけているが、大木を切って枝払いしただけのものだ。

 だが、そんなものでもジロの【怪力】があれば、強力な武器となる。


「まあ、ゴブリン程度なら余裕だね」


 一番槍はジロ。

 討ち漏らした敵は、イッチら三人の兵士が迎え撃つ。

 アレクセイとスージーの出番はその後だ。


「次までは少し時間がある。長期戦になるから、気を抜けるときに抜いておくんだよ」

『マッスルッ!」


 スタンピードでは、モンスターは絶え間なく出て来るのではない。

 モンスター出現にはウェイブがあるのだ。


 今のゴブリンが第一波。

 第二波が来るまで少し間隔がある。


 時間をおいて襲ってくる波。

 徐々に出現モンスターは強くなっていく。


「しばらくはジロ一人で大丈夫そうだね」


 ――五分後、第二波が襲って来た。


 今度もゴブリンだ。

 数は増えたが、役持ちはいない。

 通常種のゴブリンだけだ。


 アレクセイの言葉通り、ジロのひと振りだけで、ゴブリンは全滅。


「マッスルマッスルッ!」


 その後もジロ一人で第三波、第四波をやっつける。


「次くらいから討ち漏らしが出そうだね。イッチたちフォローして」


 イッチ、ニクス、サンカの三人が頷く。

 三人とも黒光りする鎧を身に着けている。

 魔硬竹を魔覆液マナコーティングした鎧だ。

 重量は鉄鎧の半分。防御力は倍以上だ。

 ゴブリンの攻撃程度では、かすり傷ひとつつかない。


「来るぞッ。第五波だッ!」


 三十体を超えるゴブリンだ。

 役持ちのゴブリンファイターも混ざっている。


「マッスルマッスルッ!」


 ジロが丸太を振り回すも、さすがにすべては倒しきれない。


「行くぞッ!」


 イッチが号令とともに突っ込むと、ニクスとサンカがその後を追う。


 先頭のイッチが剣で斬り裂き。

 ニクスが大剣でまとめて刈り。

 サンカの和刀が両断する。


 一糸乱れぬ連携はこの一週間の訓練のたまものだ。

 敵に攻撃する機会すら与えない圧勝だった。


 ――戦闘開始から一時間。


「どう、そろそろ一回休む?」

「親方、まだまだ行けるっす。マッスルッ!」

「まだ余裕ですぜ、大将」

「おう、任せろ、兄貴」

主殿あるじどのの手を煩わせるほどではありません」


 四人ともまだまだ元気だ。

 昼食にナニーのバフもりもり料理を食べたばかりだし――。


「このポーションがあれば、一日中でも戦えますぜ」


 イッチが飲んでいるのはリシア特製のスタミナポーション。


「まあ、凄い効き目だからね。でも、飲み過ぎないようにね」


 ほぼ体力が全快する高品質なポーションであるが、飲み過ぎは身体に悪影響だ。

 それに体力は回復できても、長時間の戦闘は精神を削る。

 集中力が切れる前に交代すべきだ。

 今はまだそのときではないが、そのタイミングは慎重に見極めないと――アレクセイは油断していない。


 ――さらに時間が経過して。


「そろそろ、厳しくなってきましたぜ」


 イッチが険しい顔をする。


「そうだね。次が終わったら交代しよう」

「私とアレク様なら、余裕ですからね。ゆっくり休んで下さい」

「そうさせてもらいます。じゃあ、もうひと暴れだ。三人とも気を抜くなよ」

「マッスルッ!」

「おう、任せろオヤジ」

拙女せつじょの働きぶりをお見せします」

「さあ、お出ましだ。行くぞッ!」


 モンスターの波が出現する。

 すでにゴブリンの数は百体を超えている。

 ゴブリンアーチャーやゴブリンマジシャンなどの遠距離攻撃型も加わっている。

 先日、殲滅したコロニーより大規模の集団だ。


 だが――。


 皆、臆することなく立ち向かう。

 接近戦では圧倒し、敵の遠距離攻撃もしっかりと躱すか鎧に当ててダメージを無効化する。

 順調に数を減らしていき、もうひと押しというところで――。


「へへっ、楽勝だぜっ!」

「ニクス下がれッ!」


 調子に乗ったニクスが突出してしまう。

 血は人を酔わせる。

 今までが順調だっただけに、ニクスは油断してしまった。


 孤立したニクスは三体のゴブリンファイターに囲まれてしまう。

 ようやく、ニクスが自分の過ちに気がついたときには遅かった。

 その上、動揺してしまい、動きが止まっている。

 三体のゴブリンファイターがニクスに襲いかかる――。






   ◇◆◇◆◇◆◇


次回――『スージーの本気。アレクセイの本気。』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る