第8話 病人ですか? 任せて下さい。

「みんなに紹介してもらいたいところだけど、まずは病人のところへ案内して欲しい。誰か詳しい者は?」

「連れてまいりますので、少々お待ち下さい」


 村長のアントンとリシアが離れると、アレクセイは部下に指示を出す。


「スージーは僕について来て」

「はいっ」

「マーロウは馬車の警護。まあ、大丈夫だとは思うけど、念の為に頼むよ」

「分かりました」

「ナニーは?」


 ナニーはいまだ、馬車の中で料理の仕込み中だ。

 集中しすぎて、到着したことに気づいていないのかもしれない。

 彼女に代わって、マーロウが苦笑交じりに「そろそろ終わりそうですな」と応える。


「分かった。村長の許可をもらったら、例のヤツを始めるように伝えてくれ」


 それから少し待つと、村長は二十歳過ぎの女性を連れてきた。

 格好から聖職者だと分かる。

 もともとは純白だった聖衣は長い時間を経て灰色にくすみ、ところどころほつれが目につく。

 そして、胸元に下げられた星型の聖印――教会の聖職者である証。古ぼけてはいるが、よく磨かれている。

 聖衣も聖印もだいぶ傷んでいるが、どちらも大切に扱われてきたのがよく分かった。


「彼女が病人を診てくれているキリエです」

「きっ、キリエと、もっ、申しますっ。こっ、この村でじょっ、【助祭】をしっ、してい、おりますっ」


 キリエはこちらが心配になるくらい、緊張している。長く伸びた金髪の毛先まで震えているようだった。


「大丈夫だよ。落ち着いて」

「はっ、はい」


 アレクセイが笑顔を向けるが、目が合ったキリエには逆効果だったようで、余計に慌てている。


「新しく領主になったアレクセイだ。よろしく」

「よっ、よろしくお願いしますっ」

「この子はスージー。僕の従者だよ」

「スージーさんですね。よっ、よろしくお願いしますっ」

「ええ、こちらこそ、よろしくお願いしますね」

「キリエ、この村に他の聖職者は?」

「わっ、わたくしだけですっ」


 たったひとりでも聖職者がこの村にいたのは救いだった。

 聖職者がいなければ、ジョブを授かることもできない。それに、聖職者は他にも神の力を行使できる。病人を癒すのもそのひとつだ。

 彼女がいなければ、この村はとっくに滅んでいただろう。それだけ、聖職者の力は大きい。


「じゃあ、案内よろしく頼むよ」

「はっ、はいっ」

「一番重症の人から案内してくれるかな?」

「わっ、分かりましたっ。こっ、こちらにっ」


 と歩き出したキリエだったが、すぐにつまづいて転びそうになる。


「あわわっ」

「大丈夫?」

「はぅっ」


 アレクセイが慌てて彼女の手を掴んだので、キリエは転倒をまぬがれた。


「おっ、お手数をおかけしましたっ。ありがとうございましたっ」


 頭を下げるキリエの顔は真っ赤っかだった。

 彼女は男性に免疫がない。

 初対面の、しかも、貴族であるアレクセイを前にして、こちらが心配になるくらい動転していた。

 年齢の割に落ち着いたアレクセイに比べたら、どちらが年下か分からないほどだ。


 キリエの案内で一行は歩き出した。

 アレクセイの隣にはスージー。その後ろからアントンとリシアがついてくる。


 キリエの顔は重く沈んでいる。【助祭】のジョブを持つ彼女は治癒魔法が使える。だが、彼女の手には負えなかった。

 歩くたびに揺れる金色の髪も、しおれて元気がない。


 いきなりやって来た新しい領主が本当に治療できるのか――彼女は半信半疑なようで、チラチラとアレクセイを伺っている。


 向かったのは村中央付近にある家だった。他の家よりわずかに立派な家だ。

 アントンが「我が家です」と短く告げる。


 一人目の病人はアントンの娘でリシアの母――ディーナだった。


 居間を通り抜け、寝室へ向かう。

 成人女性がベッドに寝ていた。

 リシアが枕元に駆け寄る。


「ママ、新しい領主さまだよ。ママの病気を診てくれるって」

「ディーナと申します。このような姿で大変失礼します。コホッ、コホッ……」


 ディーナは身体を起こそうとするが、咳き込んでしまう。


「ああ、無理しないで。辛いよね」

「申し訳ございません」


 ディーナのやつれ様は酷かった。他の村人たちよりやせ細り、生気が希薄だ。そして全身、赤い発疹で覆われている。

 彼女の姿を見て、アレクセイは悟り、安心する。


「やっぱり、火痘かとうだね」

「はい、その通りです」


 アレクセイの言葉にキリエが唇を噛みしめる。

 病気の名前は知っていても、これまでなにもできなかったのだ。


 火痘――別名、『魔力熱』。


 体内にある魔力を生み出す器官に異常が起こり、上手く排泄できない魔力が溜まって発熱や嘔吐などの症状を引き起こす病気だ。


 致死性はほとんどない。発症した者は年単位で緩やかに衰弱していき、生命の灯火が燃え尽きるように静かに死を迎える。

 この病気の厄介なところは、なかなか死ねないことだ。

 すぐに死ぬ病気であれば、まだ割り切れる。

 だが、寝たきりの病人を養うのは貧しい家には厳しい。

 かと言って、病気になったからと言って家族を見捨てるのは容易ではない。

 板挟みになった家族の心をも蝕む悪意に満ちた病気だ。


 恐ろしい病気だ――いや、だった。






   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】


次回――『バッチリ治りました。』

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