第6話 初領民と遭遇しました。ピンチのようです。
昼食を終えた一行はしばらく進み、広大な森の手前にまでやってきた。
今いるのは森の南に位置するカヴァリード州――その北の端だ。
森の東側は隣国の領土であり、西と北は前人未到後。
そこになにがあるのか、それを知る者は誰もいない。
そして、森の中へと続く細い道がひとつ。
かろうじて馬車が一台通れる、舗装されていない、土がむき出しの道だ。
森の手前でアレクセイが軽く手綱を引くと、ドゥランテは歩みを止めた。
「ここからは歩くよ」
アレクセイは御者台から降りる。腰に吊るした鉄剣がカチャリと音を立てた。
「僕の領地だ。自分の足で確かめたい」
風が吹き、木々の葉が音を立てる。
新参者たちを歓迎しているのか、拒絶しているのか。
風にも木にも意思が宿らぬとは知っていても、どこか不思議な感じがした。
「それでは、お姉ちゃんも――」
スージーも馬車から降り、アレクセイの隣に並ぶ。
「この先はなにが起こるか分かりません。アレク様はお姉ちゃんが守ります」
「よろしく頼むよ」
漆黒のメイド服姿をしたスージー。その腰には、二本の短剣が差してあった。
――森の中の細い道を進んで一時間ほどがたった。
「そろそろのようですな」
「それも【察知】の効果か?」
「ええ、便利なギフトをいただきました。しっかりとご奉公いたしませんとな」
笑顔を浮かべるマーロウだったが、急に顔つきを変え、【集中】スキルを発動させる。魔力を消費して察知力を高めるスキルだ。
「坊っちゃん、この先で人がモンスターに襲われてますぞ」
「どうしたらいい?」
「ワイルドドッグが三体なので大したことはありませんが、襲われてるのは老人と子どもですな。我々が力を貸さないと危ないかもしれませんぞ」
「よし、助けに行こう」
襲われているのは領民だろう。
ワイルドドッグなら、何度も討伐経験がある。
アレクセイは悩むことなく決断した。
「スージー」
「お姉ちゃんが行きますっ!」
今にも駆け出しそうなスージーをアレクセイは引き止める。
「いや、僕も行くよ」
「ですが……」
「スージーは僕を守ってるときの方が強いだろ」
スージーのギフト【忠臣】には「主君のために行動するとき能力値補正」というパッシブスキルがある。
「承知しました。アレク様には傷ひとつ、つけさせません」
「頼りにしてるよ」
二人は目配せすると、走り出した――。
マーロウが言った通り、老夫が少女を守るようにしていた。山刀を前に突き出して、ワイルドドッグを牽制している。
三体のワイルドドッグが二人に向かって唸り声を上げる。
怯えた少女は「きゃっ」と尻餅をつく。
絶体絶命のピンチだ。
そこに――。
「助太刀するよっ!」
アレクセイは二人に聞こえるように叫ぶと、剣を抜き、加速する。
隣には両手に短剣を構えたスージーが並ぶ。
あっという間に距離を詰めた二人は、ワイルドドッグが気づいたときには二体の喉笛を切り裂いていた。
そして、最後の一体をアレクセイが斬り倒す。
ワイルドドッグの死体は魔石を残して消え去った。
モンスターは倒すと魔石とドロップアイテムを残して消滅するのだ。
今回は魔石だけで、ドロップアイテムはなかった。
スージーは三つの小さな魔石を拾い上げる。
脅威が去り、アレクセイは二人に近づく。
スージーはいつでも動けるように警戒を怠らないままアレクセイの隣に従う。
「怪我はありませんか?」
アレクセイは柔らかい声を二人にかける。
二人とも痩せ細っている。予想はしていたが、領民の栄養状態はあまり芳しくないようだ。
それに服装も粗末なものだった。
「ええ、大丈夫です。助けていただき、ありがとうございました」
老夫が深々と頭を下げる。
「お嬢ちゃんも大丈夫?」
アレクセイは倒れている少女に手を伸ばし、引き起こす。
「怖かったね。でも、もう大丈夫だよ」
アレクセイは安心させるように、少女の頭を撫でる。スージーが普段から頭撫でをねだるので、自然に手が動いたのだ。
少女はすぐにうつむいてしまったので、アレクセイには分からなかったが、少女の頬は安心感、気恥ずかしさ、嬉しさが混じり赤く染まっていた。
「あり……がとう」
アレクセイが手をどけると、少女は老夫の後ろに隠れるようにして、ペコリとおじぎする。肩上で切り揃えられた青い髪が軽く揺れた。
見た目は十歳くらいの幼い少女だ。人見知りなようだが、ちゃんとお礼を言える子だった。
それを見たスージーは期待した表情で、アレクセイに頭を差し出す。
「スージーもよくやったね」
アレクセイが頭を撫でると、スージーはふにゃんと蕩けた笑顔になる。
もっともっとと催促されるが、このままだとキリがないので、アレクセイは適当なところで切り上げる。
スージーが「む~」と名残惜しそうにしているのを見て、アレクセイも和やかな気持ちになった。
「ところで、あなた方は?」
「この先にあるウーヌス村の者です。私はそこで村長をしてますアントンと申します。こっちは孫のリシアです。失礼ですが、あなた様は?」
「新しく領主になったノイベルト男爵のアレクセイだ。これからはよろしく頼む」
「ごっ、ご領主様でしたか」
アレクセイが貴族だと気づき、二人は慌ててひざまずく。アントンは地面につきそうなほど頭を下げ、リシアは恐れのためか、肩が震えている。
そんな二人を、アレクセイは手で制する。
「かしこまる必要はないよ」
「ですが……」
「君たちが貴族をどう思っているか、僕には分からない」
アレクセイは内心とは裏腹に、優しい笑みを浮かべる。
心の中では怒りが渦巻いていた。
彼らの態度から感じられるのは敬意ではなく、恐怖だ。彼らがこれほど怯えるということは、過去に貴族から酷い仕打ちを受けたのだろう。
ザイツェンの街で顔合わせした前任徴税官者の顔が浮かび、顔が歪みそうになるのを必死でこらえた。
「だけど、僕は無礼を気にしたりしないし、権力を振りかざすつもりもないよ」
アレクセイは笑顔を保ったまま、リシアに近づく。
怯えさせないようにゆっくりとした足取りで。
「リシアちゃんだね。よろしく」
アレクセイが手を伸ばすと、怯えたリシアが小さく縮こまり目を伏せる。
小柄で痩せ細ったいたいけな少女。
彼女や他の領民を守りたい――アレクセイは強く決意した。
「大丈夫だよ。僕は君たちを傷つけない」
アレクセイはリシアの頭を軽くポンポンと叩く。
リシアが不安げな視線を持ち上げる。
アレクセイは彼女の目をみつめ、口元を緩める。
「まあ、いきなりは無理だよね。少しずつ仲良くなろう」
「はっ……はいっ」
アレクセイと目が合うと、リシアの心臓が強く跳ねた。とたんに落ち着かない気持ちになり、胸がソワソワし、顔が熱くなる。
それが初恋だとは、彼女自身もまだ気づいていなかった
「ご領主様……」
アントンは信じられないといった調子でつぶやく。
「さあ、立ち上がって。村まで案内してくれるかな?」
「はっ。承知いたしました」
アレクセイに手を取られ、アントンが立ち上がる。
まだ硬さは残っていたが、恐れは薄れていた。
「よろしくね」
アレクセイは二人に向かって、再度、笑顔を向ける。
リシアからは初々しく、ぎこちない笑顔が返ってきた。
そのとき、馬車が追いついた。
アレクセイはマーロウたちを紹介し、一同はウーヌス村へ向かうことになった。
◇◆◇◆◇◆◇
【後書き】
次回――『ここが僕のウーヌス村です。』
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