キメラ
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──キメラ
戦闘前戦闘適応調整が終わり、いよいよ60階層以降に潜ることになった。
『生体インカムを使用。準備はいいな』
『準備よしです』
『では、潜るぞ』
信濃を先頭に的矢たちは61階層に降りていく。
『振動探知センサー、音響探知センサー。両センサーに反応あり』
『分析AIは?』
『不明だと』
『クソ。役立たずめ』
仕方なく的矢たちは敵と接触するまで進み続けることになった。
そうするとどこからか歌声が聞こえてくる。
『歌……? 幻聴じゃないよな?』
『狂った響きだ。ダンジョンカルトか、あるいは』
信濃は慎重に音のする方向に向かって進み、的矢がそれを援護する。
『振動探知センサーの情報だと敵のサイズは300キロから400キロ。化け物だ』
『だが、人間の声ってことは』
『ああ。恐らくは』
信濃も的矢もひとつの回答に辿り着いたようだった。
『ビンゴ。キメラだ。相も変わらず薄気味悪い連中だぜ』
『全くだな』
現れたのは人の体と化け物の体が融合した化け物──キメラだった。
昆虫のようなものとひとつになっていたり、トラやウマなどの動物とひとつになっていたり、形は様々だが、どれもこの世のものとは思えない気持ちの悪さだった。まるで人体をバラバラにした後、適当に化け物にくっつけたという具合で、グロテスクで人体というものを冒涜していた。
『各員、分っていると思うが人体はダミーだ。本体は化け物の体の方だ。バイタルパートは化け物の体の方にある。確実にぶち抜け』
『目標マーク』
『振り分けた。射撃開始』
的矢の合図で一斉にキメラに銃弾が浴びせられる。
ついつい人体の方が弱点かと思い、そっちを狙おうとしてしまうが、それは罠だ。心肺機能などは全て化け物の体の方にあり、人間の体はくっついているだけである。脳については化け物によりけりだ。人についている場合もあるし、化け物についてる場合もある。そんなギャンブルをするくらいならば、確実に化け物の方にあるバイタルパートを抜いた方がいい。
『まだ歌ってやがる』
『人間の声をしているだけだ。本体は化け物だ。構わず殺せ』
化け物たちは調子はずれな曲を歌い続けながら、襲撃者を探っていた。
そして、何かに気づいたように的矢たちに向かって来る。
『捕捉されているぞ、アルファ・リーダー』
『クソッタレ。音の反響でも拾ったか?』
狂った歌を歌いながらキメラたちは的矢たちに向かって突撃する。
『アルファ・ツー。重機関銃による制圧射撃』
『了解』
的矢の指示に陸奥が素早く重機関銃を展開させ、キメラたちを蜂の巣にする。
15分に及ぶ戦闘の末に60体近いキメラが倒された。
『クリア』
『クリア』
信濃と的矢が残敵の有無を確認した。
『70階層まではキメラダンジョンか。嫌になるな』
『全くだな、アルファ・スリー』
キメラは思い出させる。あの市ヶ谷地下ダンジョンの30階層までの道のりを、地獄を。まるで地獄が再演されているかのようではないか。あの人の形をした化け物を殺すという地獄が再演されているかのようだ。
だが、今はかつてとは違う。強力な武器、戦闘適応調整、万全な後方支援体制、頼れる仲間。そして、化け物を殺すことへの快楽。市ヶ谷地下ダンジョンを攻略した時にはなかったものが。今ではたっぷりと充実しているではないか。
これでまた地獄を見ることはない。今度はこっちが一方的に殺してやるだけだ。化け物を殺し、殺し、殺し、皆殺しにする。それはどのような遊戯で燃えられない快楽と達成感を与えてくれるだろう。
『この調子で軽快に進むぞ。相手はレイスやゴーストと違ってセンサーで探知できる相手だ。片っ端から皆殺しにしていって、階層をクリアにする。そしたら、まだブラボー・セルが通勤設備を設置する。で、また地下に潜る。この繰り返しだ。楽な仕事だな』
『全くですね、アルファ・リーダー』
そういう陸奥の声には緊張が混じっていた。
その緊張を紛らわせるために的矢は軽口を叩いたんだが、どうやら通じなかったらしい。それほどまでに強烈な経験が陸奥の心には刻まれているのだ。あの市ヶ谷地下ダンジョンで殺してくれと泣き叫んだ記憶が。
『アルファ・スリー。続行だ』
『了解』
信濃が敵に警戒しながら前進し、的矢たちもカバーし合う。
陸奥は見るからに緊張していた。だが、今の彼は5.56ミリの豆鉄砲ではなく、7.62ミリと50口径で武装している。それが安心材料になるはずだ。少なくとも市ヶ谷地下ダンジョンで戦ったような状況にはならない。
『振動探知センサー、音響探知センサーに反応。またさっきと同じ歌だ。何か意味があるのか?』
『なにも意味はない。ダンジョンカルトの魔法陣や死体のオブジェと一緒だ。狂っているんだよ、連中は。イカれているんだ。クソみたいにな。あのクソの詰まった化け物に鉛玉を叩き込んでクソみたいな歌を終わらせろ』
『了解、アルファ・リーダー』
信濃が音源に向けて前進する。
『目標視認。クソ。とんでもねえグロだぜ。目標マーク』
そう言って信濃が見るのはムカデのように人間の手足が無数についた化け物の群れだった。70体、80体近いそれが本物のムカデのように蠢いている。
『振り分けた。射撃開始』
そして、一斉に銃火器が火を噴く。
化け物たちが甲高い悲鳴を上げながら倒れ、一部のキメラは的矢たちの方に突撃してくる。陸奥の重機関銃も引き続き戦闘に参加し、キメラどもを薙ぎ倒していく。キメラが次々に射殺され、皆殺しになる。
『クリア』
『クリア』
そして、信濃と的矢は残敵を確認。
『アルファ・ツー。大丈夫か?』
『大丈夫です』
陸奥の顔面が青ざめていた。
やはり市ヶ谷地下ダンジョンを連想するのだろうか。彼はあの地獄を思い出してしまったのだろうか。だとして、的矢に彼にしてやれることがあるだろうか。
してやれることは、何もない。これは陸奥が乗り越えるべき壁だ。戦闘適応調整を受けていればいくらかストレスは緩和されているだろう。それにこれより下にはまだまだキメラがいるのだ。ここでばてられても困る。
ここは陸奥の精神がこの状況を乗り越えることを祈るしかない。手を貸してやっては自信は付かないし、不安は払拭されない。それにいつでも的矢が陸奥に手を貸せるとは限らないのだ。
的矢自身もこのキメラたちの階層に吐き気を覚えている。彼がこの階層で快楽を感じるのは人間の姿を模した化け物がぶち殺される瞬間をみることだけである。
化け物をぶち殺し、撃ち殺し、叩き殺す。それだけが的矢がここにいる理由だった。
戦友の仇を討つだとか、死んでいった戦友のために何かをするという意味はない。これは彼のための戦争だ。死んでいった人間は関係ない。死んだ人間にいつまでも執着したところで意味はないのだ。
未だに彼らの幻覚を見るとしても。
時々、ラルヴァンダードと同じようにふと市ヶ谷地下ダンジョンで死んだ部下の姿が見えることがある。ラルヴァンダードのように明確でもないし、会話をするわけでもないが、市ヶ谷地下ダンジョンで殺された、自殺した、バラバラにされた戦友たちの姿が見える時がある。
ほとんどの場合、的矢はそれを無視している。
だが、それが見えているのは的矢だけではないかもしれない。
……………………
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