温泉での休暇

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 ──温泉での休暇



 温泉旅館は既に日本情報軍情報保安部がチェック済みであった。オフシーズンということもあって人は少なく、的矢たちの他には1組が宿泊しているだけだった。


「温泉、温泉!」


「はしゃぎすぎて身分を忘れるなよ」


「了解です、ボス」


 椎葉たち女性陣は先に温泉に向かった。


「俺たちもいくか」


「ですね」


 男性陣も温泉に向かう。


 女性陣はもう既に更衣室で服を脱いでいた。軍服ではなく、私服である。椎葉はいつものように和服、信濃はTシャツにジーンズ、シャーリーはペンタゴンスタイルという味気のないスーツに似た服装だった。


「うわあ。シャーリーさん、スタイルいいですね!」


「……そう?」


「そうですよ。羨ましいなあ。私、背が低いから」


 椎葉の身長は160センチ程度。対するシャーリーは175センチはある。


「椎葉ちゃん、シャーリーちゃんよ。女同士でじろじろ裸体を見つめ合うなよ。お前らそういう趣味あんのか?」


「男の人だって体格がいいとほうほうと見てしまうものですよ?」


「あたしは興味ないね」


「そう言って信濃曹長もスタイルいいんですから。羨ましいなあ」


 和服は胸が控え目な方が似合うというが、椎葉はまさにそういう体型だった。


「あの日本の伝統的な衣装は流行っているの?」


「ええ。最近は。すっごく面白いドラマがあって、その時に主人公が和服だったんで、芸能界で和服ブームが始まって、私たちも和服をって流れですね」


「なるほど。値段は高い?」


「ものによりますね。昔ながらの和服はお値段しますよ。私は卒業式で振袖来ましたけど、レンタルだけで結構しましたから。けど、あの和服はブームに乗って作られたものなんで、そこまではしないです」


「……私が来ても似合うと思う?」


「似合いますよ! ボスは1週間休暇って言って2泊3日ここで休暇なんで、街に戻ったら試着していましょう?」


「うん。楽しみ」


 そう言いながら椎葉とシャーリーは温泉に向かう。


「遅いぞー」


「もう湯船に。私たちも体洗ってから入りましょう」


 ごしごしと体と髪を洗って、椎葉とシャーリーたちも湯船へ。


「ふいーっ。やっぱり温泉はいいものですねえ。体が温まるのはよきかなよきかな」


「ジジババ臭いこと言うなよ、椎葉ちゃん。お前、まだ相当若いだろ」


「もうダンジョンに潜ってるせいで老けた気がします」


「ダンジョンは楽しくていいじゃないか。化け物をぶち殺して、攻略していく。最高に愉快な戦場だ。だろ?」


「どうかしてますよ、信濃曹長」


 そう言いながら温泉を楽しむ椎葉。


「アメリカのダンジョンも出てくる化け物は同じなのか?」


 そこで信濃がシャーリーに話しかけた。


「一定は。だけど、アメリカでは見たことのなかった化け物がいるし、逆にアメリカではよく見かけた化け物が出来ないこともある。あのウォーキングツリーとか。アメリカではああいう蔦で構成されたようなものじゃなくて、トレントと呼ばれる木がそのまま動き回り、人間を刺し殺すようなのがいた」


「へえ。それも殺し甲斐がありそうじゃないか」


「化け物は全て死ぬべき」


「それには同意するね。全面的に、中尉」


 信濃はそう言ってにやりと笑った。


「で、だ。うちの大尉のことはどう思う?」


「彼は……本当に戦闘を楽しんでるように見える。自分を鼓舞するためとかではなく、本当に化け物を殺すのを楽しんでいる。ある種の嗜虐趣味を感じる。断言はできないけれど、彼は仕事以上に仕事を楽しんでいる。そんな気がする」


「同感だ。大尉はどこか頭のネジが吹っ飛んでる。市ヶ谷地下ダンジョンは相当地獄だったみたいだし、大尉は悪魔に憑りつかれているし」


「悪魔?」


 シャーリーが怪訝そうな顔をする。


「そ。悪魔だ。市ヶ谷地下ダンジョンのダンジョンボスは悪魔だったと記録されている。物の例えじゃなくてマジの悪魔だ。世界でも数例しか報告されていない。超常的な力と人間を好んで食するという点では吸血鬼だが、奴らは吸血鬼より遥かに厄介だと聞いている。大尉はそいつをぶち殺した」


 そして、呪われたと信濃は言う。


「なんでも12、13歳ほどの子供の姿をしていて、黒いドレスの少女に大尉には見えるらしい。正直、大尉以外に目撃者がいないからなんとも言えないがな」


「悪魔にしては随分と穏やかな姿に聞こえる」


「だが、その少女の姿をした化け物が人間を食ってたんだぜ。そいつに付き纏わられていると思うとぞっとするよな」


 信濃は肩をすくめた。


「私も少しだけ姿を見ました。人間の影のようなものが大尉の傍にいたんです」


「へえ。清め、祓えそう?」


「多分、無理ですね。知覚できないものはどうしようも」


「そうか」


 そりゃ大尉もダンジョンで化け物を喜んで殺すようになるよなと信濃が呟く。


「え? 何か関係あるんですか?」


「よく考えろよ。化け物が存在する理由を、さ。要は世界に化け物が溢れて発狂した世界になってしまったから乞う名ちまったわけだろ? 化け物を皆殺しにすれば、世界はまともに戻って、大尉に憑りついた悪魔も消える、ってわけだ」


「うーん。でもそれだと……」


「分かっている。大尉の願いは叶わない。世界は発狂したままだ」


 叩いて直るテレビじゃないんだからなと信濃は付け加えた。


「ですよねえ。けど、ボスはなんだかんだで状況を受け入れているようにも見えるんですけど。違うと思います?」


「ボスは筋金入りの兵隊だぜ? あたしたちがガキの頃から東南アジアや中央アジアで戦争やってたんだ。そんな人が他人に分かるような隙を見せるかよ。あの人は心理戦にも通じている文字通りのプロの兵隊だ」


「これ以上の昇進は情報軍大学校を卒業しないとできないし、ボスにその気はないんでしょうからいいんですけど、ボスって本当にプロの兵隊ですよね。あたしのようなぺーぺーの成りたて軍曹じゃよく分からないです」


 そう言って椎葉が唸る。


「シャーリーさんはお若いですけど、士官候補生から?」


「ええ。大学では比較文化学を研究していたけど、情報軍に興味があったからそっちの道に進んだ。意外と今の職場は気に入っている」


「へー。比較文化学ってどんな内容の勉強していたんです?」


「極東アジアのの民主主義国家と独裁国家の文化比較。民主主義が成功した同じ文化圏の国々とそうでなかった国々の比較。根底には何があるのか。ほとんどの歴史の過程で密接に交わっていた国々で何が違ったのか」


「む、難しいですね」


「私もよく分からなくなりかけた。なんとか卒業できたけれど」


 そういってシャーリーが小さく笑った。


「そろそろ露天風呂も満喫しません? いい眺めだそうですよ」


「いいな。行こうぜ、シャーリー」


 シャーリーは信濃たちに誘われるままに露天風呂に向かった。


「うーん。この露天風呂に入る瞬間のヒヤッとし感じがたまりません」


「いいよな。合法的に露出できている感じがして」


「え? 信濃曹長そういう趣味が……?」


「あるわけないだろ」


 そんなことを言いながら、信濃たちが露天風呂に浸かる。


「いい長めですねえ。阿蘇の大自然」


「だな。絶景、絶景。そういや晩飯にステーキでるらしいぞ」


「お肉! お肉!」


 無駄にテンションが上がる椎葉をシャーリーが笑いながら見ていた。


「あんた、てっきり笑わない性質なのかと思っていたぜ」


「ダンジョンにいる時は笑ええない。あれが近くにある時も心が安らがない。あれは地獄に決まっている。地獄の蓋が外れて、化け物どもが地下から溢れた」


「罪深い生活のせいで?」


「いいえ。きっと誰かのミス。全て悲劇は誰かの失敗から始まる。ヒューマンエラーならぬデーモンエラーとでもいうべきもの」


「ミスした悪魔には鉛玉を食らわしてやらないとな」


「そして、その悪魔に呪われる?」


「それもいいかもな」


 そんな会話をしながら、信濃たちは過ごした。


……………………

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