死霊の宴
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──死霊の宴
的矢は目を覚ました。
彼は鏡を見て、また髭が伸び始めていることを感じた。ダンジョンに潜っている間は戦闘にばかり夢中になって無精ひげが残りがちだ。
だが、無精ひげがなんだ。この地下には殺すべき化け物どもがうようよしていて、的矢たちは片っ端からそれを殺すべき義務があるのだ。
《義務? 君はそれを楽しんでるじゃないか。権利の間違いだろう?》
ああ。そうだな。クソ化け物。
的矢は身だしなみを最低限整えると
食事の前にブリーフィングとは上も相当焦っているらしいと的矢は思う。
「集まったな」
羽地大佐が出席者を見渡す。
陸奥准尉、信濃曹長、椎葉軍曹、ネイトとシャーリー。そして、的矢。
「20階層以降の構造について各自のARにアクセス権を与えた。戦術脳神経ネットワークによって情報を確認してくれ。そして、今回の事前調査で分かったが、20階層以降には生存者がいる可能性が高いと見られる」
「本当ですか? 化け物の見間違いじゃなくてですか?」
「少なくとも“天満”はそう判断した」
“天満”。日本情報軍のスパコンに収まった統合分析AIだ。
「今回の30階層までの突破の際には生存者の救出も考え置くように。ブラボー・セルにも万全の準備を整えさせておく。諸君らは住民を救助したら、ブラボー・セルに引き渡すだけでいい」
「了解」
それから朝食を済ませ、装備を整える。
「軍曹。例のものはちゃんと備えているな?」
「いつも通りですよ、ボス」
「結構。何があるか分からないからな」
全員が装備を整えて20階層から21階層に繋がる階段を見る。
ここで階段ではなくエレベーターシャフトを使えば一気に最下層まで降りられると、これまで何名かが試みたが、エレベーターシャフトも1階層ごとに遮断されていた。ずるはさせないというダンジョンの嫌がらせだ。
『行くぞ。全員、準備はいいな?』
『オーケーだ、アルファ・リーダー』
『よし。行け、アルファ・スリー』
いつものように信濃を先頭に的矢たちが地下に潜り始める。
今回もダンジョン四馬鹿という保障はない。むしろ、生存者がいると聞いて、的矢が思い浮かべたのは最悪の状況だ。
ここから先は居住区核になっており、人々の生活の痕跡が残されている。
そこにやはり参加した血の跡。日本陸軍がここまで救助にこれなかったことを考えると、ここの生存者は相当苦しい状況にあるに違いないと的矢は思った。
『ストップ。厄介なのがいる』
『ゴーストか』
『イエス。連中に熱光学迷彩は通用しないぜ。どうする、アルファ・リーダー?』
信濃の視界を通じて共有されたのは、さまよう半透明の骸骨。ゴーストだった。
『いつも通りだ。凝集性エネルギーフィールド拡散弾を使え』
『了解』
ゴーストとは人間の有する魂──凝集性エネルギーフィールドが分離し、その状態で固定化されたものだ。彼らは物理的な攻撃は出来ないが、脳に侵入して、狂気をもたらすことができる。また死んだ住民の死体に入り込み、いわゆるゾンビとなって物理的攻撃力を得る危険性もある。
自分が予想している最悪の状況は間違いないかもしれないと的矢は思う。
『目標マーク』
『振り分けた。撃て』
ゴーストの本体である凝集性エネルギーフィールドを強制的に分解させる弾丸を日本国防四軍は開発していた。それが凝集性エネルギーフィールド拡散弾で、この弾丸はゴーストを分解し、ただのエネルギーの集まりに戻し、熱力学第二法則──エントロピーの増大に従って分解するように促す。
ゴーストたちは凝集性エネルギーフィールド拡散弾を受けるとパニックを起こしつつも、拡散しながら消えていった。
この化け物の厄介なところは人間を探知するのに、臭いや姿、あるいは音を使っているわけではなく、同じ人間の凝集性エネルギーフィールド──魂の反応を利用しているということだ。つまり消音ブーツも第6世代の熱光学迷彩も意味をなさない。
『クリア』
『クリア』
ダンジョン化した集合住宅の並ぶ中で、的矢たちは生存者の有無を確かめるために一部屋、一部屋ずつクリアリングしていく。それにゴーストは物理的な障壁を越えて出没する可能性がある。そのためクリアリングは念入りに行われた。
『このままだと今回は長期戦になりそうだな』
『一応食い物は持ってきてる』
『戦闘糧食III型か? 俺もだ』
『クソ不味いが、ないよりマシだよな』
戦闘糧食III型は長期潜入や戦力投射初期段階などの兵站の準備が整っていない状況で提供されるもので、保存性を高め、かつ小型でありながら成人男性に必要なカロリーを満たしてくれるものだった。ただ、味については無視されている傾向がある。
『ゴーストどもは少ないみたいだ。マイクロドローンも姿を捉えていない』
『油断はするな。連中の厄介さは知っているだろう』
『死体が傍にあると最悪の存在になるな』
的矢と信濃はそう言葉を交わしながら、クリアリングを続ける。
『凝集性エネルギーフィールド拡散弾を人間が食らったらどうなるんだ?』
『7.62ミリ弾を人間が脳天に受けたらって質問か、アルファ・ファイブ。くたばるだろうさ。そして、魂は普通の鉛玉を食らったときと同じように消滅する』
『地獄にも、天国にもいかず、か』
『信頼できない情報筋によると地獄はあるそうだぞ。嬉しいニュースだな?』
『信頼できない情報筋、ね』
ラルヴァンダードの姿が視界の隅に映っている。笑っているのか、それとも呆れているのか。いずれにせよ、今の的矢の知ったことではない。
『なあ、大尉。生存者ってゾンビのことじゃないよな?』
『知るかよ。本当に生存者がいるかもしれない。撃つときは気を付けろ。言っておくが、俺たちはゾンビ映画に出てくる間抜けな軍隊じゃないし、ゾンビの方もゾンビ映画に出てくるような連中じゃない』
『あいよ』
そして、的矢たちは階段を降りて前進を続ける。
『アルファ・リーダーよりブラボー・リーダー。聞こえてるか、中尉』
『聞こえている。下はどうなっている?』
『アンデッドどもだ。ゴーストの出没を確認。注意してくれ』
『了解』
アルファ・セルの下層への侵入とともにブラボー・セルが上層を押さえる。
これで退路は維持される。
『ブラボー・セルが仕事する必要がないくらいスムーズに動くぞ。行け』
『了解』
的矢たちはテンポを上げて前進する。
ゴーストどもに凝集性エネルギーフィールド拡散弾を叩き込み、ARで地図を見ながら厄介な居住区というエリアを掃討していく。
市街地戦はどんな軍隊にとっても厄介な戦いだ。どの軍隊も市街地戦で被害を被っている。ダンジョンでも同様。特に音響探知、振動探知の両センサーに引っかからないゴーストを相手にしては面倒な戦いになる。
それに加えて生存者という名の民間人。
これを救助しなければならないという任務が加わるとぐっと任務の難易度は上がる。
だが、それでも的矢にとってはやりがいのある仕事だった。
むしろ、今の彼には化け物を殺すことぐらいしかやりがいを感じることはなかった。
『ゴーストのシジウィック発火現象探知を逆利用して、ゴーストを探知する方法や、同じ人間を探知する方法が発明されているらしいな』
『バイオミメティクスの一種か。考えそうなことだ。そして、軍はそれを見越して、シジウィック発火現象探知を避ける第7世代の熱光学迷彩を開発中ってわけだ』
『軍隊ってのどこもイタチごっこだな』
『言えてるな、アメリカ人』
また1体のゴーストを排除する。
2体、3体、4体、5体とゴーストのキル数が増えていく。
『アルファ・リーダー。もうすぐ生存者がいるとされる区画だ』
『ああ。突っ込め、アルファ・スリー。民間人を間違って撃たないように気を付けろ』
『了解』
そして、アルファ・セルは民間人生存の可能性ありとされる区域に入った。
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