見えるか?

……………………


 ──見えるか?



「ご苦労だった、諸君。これで20階層までは確保できたことになる」


 羽地大佐が的矢たちにそういう。


「ヴァレンタイン大尉、ホイットマン中尉も協力に感謝する」


 渋々というようにそう付け加えた羽地大佐。


「では、諸君。20階層に陸軍の工兵が拠点を建造するまで10階層で待機してくれ」


「攻略はあくまで急がない、と」


「今のところは、だ。もし、ダンジョン内に生存者がいてもこっちのバックアップ体制が整っていなければ、二次遭難を招くだけに終わる」


「了解。堅実で助かります」


 羽地大佐は部下のことをよく考えている。彼が大事なのは自分に隷下の部下たちだ。


「確実に進めていこう。工兵が施設を設置し終えるまでに1日はかかる。戦闘後戦闘適応調整を受けておきたまえ」


「了解」


 またこの処置の連続か。


 こればかりは仕方がないものの面倒だし、脳みそにかかる負担を考えたくないものだと的矢は思った。


《君は覚えておきたいんだろう。化け物どもを撃った時の感触を。手に伝わる死の感触を。それが夢のように曖昧にされるのが気に入らない。君は自分の楽しかった瞬間をしっかりと臓腑に、脳に、魂に刻み付けておきたい》


 ああ。そうだよ、クソ野郎。俺は化け物を殺してるんだって実感がもっと欲しい。


「あの、大尉?」


「どうした、軍曹」


 椎葉がぎょっとした表情で的矢の方を見ていた。


「今、そこに誰かいませんでした……?」


「お前、見えるのか?」


「え、えっと影がちょっと……」


「そうか。まだその程度か」


 少し残念そうに的矢がそう呟く。


《彼女はどうしてボクのことが見えると思ったの?》


 あいつは神職の家系だ。俺は別に作戦前に神社に行って祈るほど経験深い神道の信者ってわけじゃないが、このお前たちが起こしたダンジョンとの戦争で、連中のやっていたことが全て無駄じゃないと証明された。


《アンデッド殺し》


 そ。奴はエキスパートだ。ゾンビから幽霊、果ては吸血鬼まで殺せる。


 だから、俺の部隊から逃げないようにしていると的矢は思った。


《彼女にボクの姿が見えたとして、何を期待しているの? お祓いでもしてもらうの? 言っておくけど、ボクはアンデッドじゃないし、鬼でもないから、通説で語られるような手段は通用しないよ?》


 どうだろうな。やってみなければ分からないだろう?


《分かるさ。君が彼女にそこまでの期待を抱いていないってことぐらい》


 くたばれ。


「的矢大尉。話せるか」


 そこでいつにの間にか、羽地大佐が来ていることに的矢は気づいた。


 戦闘中はラルヴァンダードのことは極力無視しているが、こういうときはどうもこいつの誘導に引っかかってしまうと的矢は改めて思う。


「話せますが」


『秘匿通信。生体インカムを使え』


『了解』


 会話が量子暗号化された通信に切り替わる。


『アメリカ人に不審な点はなかったか?』


『気になる点と言えば市ヶ谷地下ダンジョンについて探っていたことぐらいです』


『その点は問題ない。我々もペンタゴンダンジョンについて調べた』


『こちらの諜報員が?』


『軍事機密だ、大尉。まあ、いろいろとやったようだよ』


 羽地大佐のいい方からするに彼は結果だけ知らされた口らしい。


『“グリムリーパー作戦”の目的について、何か探られたことは?』


『まだです。こちらも意図的に距離を置くようにしてあります。アメリカ人の連中は椎葉軍曹に任せ、我々は険悪な雰囲気を。同盟国とは言え、今回の押し入り強盗染みた共同作戦には違和感しか感じませんからね』


『それで正解だ、大尉。彼らから目を離すな。我々の目的を知られては困る』


『了解』


 こちらも同盟国に内緒で国益確保に走ってるからなと的矢は思った。


『アメリカ情報軍は我々のパートナーではあるが、友達ではないし、まして家族でもない。日本陸海空軍と違って彼らと我々の間には距離がある。向こうがCIA中央情報局の血を引いているならば用心はしないとな』


 羽地大佐はそう言って喉を叩いた。、


「では、大尉。これからも頑張りたまえ」


「はっ、大佐」


 芝居じみた挨拶をして会話を終わらせる。


《君たちは酷い奴らだ。少し前までは核の傘で守ってもらった相手じゃないか。それを出し抜こうってわけかい? 同盟国と利益を共有しないのはどこも同じ? 人間は持てるものが勝者って価値観から脱却できないみたいだね》


 黙ってろ。


《そう言って実はお喋りの相手が欲しいんだろう? 戦闘後戦闘適応調整に行く前に、誰かに“今”の自分を伝えておきたい。戦闘後戦闘適応調整を受けた後の自分はそんなに信頼できないのかな?》


 お前よりも信頼できるさ。


《それは当然。ボクは二枚舌の悪魔なんだ。悪魔はみんな嘘吐きだと悪魔は言った。今ので君の分析AIはパラドックスを引き起こさなかったかな?》


 その程度のロジックでパラドックスを起こすほど今のAIは脆弱じゃない。


《AI様も偉くなったもんだ》


 お前より役に立つからな。


 そう思いながら、的矢は戦闘後戦闘適応調整を受けに行く。


 化け物を殺したときの話をする。軍の精神科医が脳の動きを観察しながら、受け答えをし、投薬が行われる。ラルヴァンダードはこの時は静かだった。ただ、精神科医の隣に並んで、的矢をじっと見ていただけだ。


 的矢は8週間前にその顔面に7.62ミリ弾を叩き込んだことを思い出す。市ヶ谷の地下武器弾薬庫にあったマークスマン・ライフルを使って、その顔面に7.62ミリ弾を叩き込んだ。今でのときのときの感触は思い出せる。


 全てが夢だったわけではない。夢など見ていない。現実だ。


「彼女のことはまだ目にしますか」


「する。薬を使ってもこればかりは意味がない。奴は俺の妄想でも幻覚でもない。存在するんだ。先生、処置は終わったのかい?」


「ええ。ただ、気になっていましてね。我々の観測した彼女と、あなたの観測した彼女が果たして同一の存在なのか、と」


「どういう意味だ?」


「我々はシジウィック発火現象を捕らえただけです。そこに姿や声は観測されていません。ですが、あなたはかなり明確な彼女の姿を認識している」


「俺が狂っていると、そう言いたいのか?」


「いいえ。誤解です。我々は脅威を正しく認識しなければならない。それだけです」


「軍の任務に支障はない」


「もっとカウンセリングの回数を増やすことを考えては?」


「考えておこう」


 畜生。狂人扱いか。化け物があれだけいるんだぞ。幽霊も、吸血鬼も。


 そこに悪魔がいて何がおかしい?


 世界が狂ったんだ。俺が狂ったんじゃない。


《発狂した世界で暮らすのも悪くないだろう? 君の大嫌いな化け物どもを殺し放題なんだ。殺しても、殺しても、殺しても奴らはまた湧いてくる。殺すことに罪悪感も覚えなくていい、君たちが荒らした中央アジアの子供兵のように、ね》


 うるさい。


《世界は発狂した。その表現は正しいよ。誰が否定しようとボクだけは肯定しよう。世界は狂った。おかしくなった。君位はそれで満足できるんだろう?》


 ああ。そうさ。満足だよ、くたばれ。


《でもね。世界中が狂っているのに君だけ正気であろうとするのは、それこそ狂っているというものじゃないかな?》


 いいや。違うね。狂った世界は狂った世界だ。俺は正気だ。


 的矢は精神科医から処方された睡眠導入剤を2錠、ミネラルウォーターで飲み干し、仮説兵舎のベッドで横になった。


……………………

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