二重人格ヤンキーの副人格に恋をした
寄紡チタン@ヤンデレンジャー投稿中
第1話 僕の憧れの人は
熟成されてそのまま忘れ去られてしまった赤ワインみたいに、深くて暗くて悲しい色をした髪が屋上に吹いた強い風に煽られる。その髪は一度も櫛を通したことのないような乱雑な荒々しさと、美術館に丁寧に飾られて穢れた空気を一切含んだことがないような繊細さを兼ね備え、まるで彼女本人を現しているかのようなアンバランスさを感じさせた。
「私、金雀枝大和(えにしだ やまと)の恋人になって?」
他人事のような告白から始まったのは、僕達二人の三角関係だった。
***
「決めた、僕・・・男らしくなる!」
固い決意を示してガッツポーズを掲げた僕に対し、机をはさんだ正面に座る幼馴染はしかめっ面で答えた。
「それは過去のトラウマが原因で入学してから二週間が経ったのに友達が一人も出来ない淋しい高校生活を脱却し、毎日昼休みにわざわざ隣のクラスのボクに会いに来るのをやめるってことかな?」
わざとまわりくどい口調を選び、僕を小ばかにしつつ500mlのリプトンを呑む彼女の名前は風見涼羽(かざみ すずは)。小刻みにうねった黒髪のミディアムボブがトレードマークの少し口の悪い女子だ。理屈っぽくて毒舌な彼女だが、僕にとっては唯一の親友だ。
人付き合いが苦手な僕と違ってコミュ力のある涼羽は、既に新しい友達が沢山いる。にもかかわらず、こうして昼休みは友達のいない僕と一緒に弁当を食べてくれているあたり、本当は優しい奴なんだろうなと思う。
とはいえ、いつまでも甘えていては涼羽に悪いし、僕としても思う所があったのでこの度は決意表明をしてみたというわけだ。
「君の可愛らしい顔もこう毎日眺めて入ればいい加減飽きてきたからね。その心がけはいいんじゃない?」
「顔の事は関係ないだろ」
「そう怒ると美少女が台無しだよ、な・お・ちゃん」
「・・・馬鹿にしてるな」
涼羽には非常に感謝しているが、僕が自分の女顔にコンプレックスを抱いているのを知りながらこうやっていじってくるところは凄く困る。長い付き合いなので悪意を持っているわけじゃないのはわかっているのだが、恥ずかしいのでやめていただきたい。
「もちろんだよ。藤波直央(ふじなみ なお)ちゃんはボクの一番お気に入りのおもちゃだからね。君を馬鹿にするためにこうして毎日昼休みを共にしていると言っても過言じゃない」
頬杖をついてニマニマと僕の顔を眺める涼羽を見ると、何を言っても無駄だろうと悟る。まぁこれはこれで涼羽なりに僕を気に入っているということだとポジティブに理解しておくことにしよう。
「女顔気にしてるんだからさ、からかわないでよ。ていうかおもちゃって酷いな」
「あはは、ごめんごめん。ちゃんと大事な友達だって思ってるよ。まぁ、直央が女の子だったらモテモテ過ぎて私なんて全然相手にされてないだろうからね・・・その点では『可愛い女の子』じゃなくて『可愛い男の子』でよかったなーって」
「またそういうことを・・・」
自分で言うのは非常に恥ずかしいが、僕は母親似の可愛い顔つきをしている。身長も低いし筋肉もあまりないので中学時代は女子に間違えられた事だってあるくらいだ。「ブ男よりはマシだろ」なんて言ってくる奴もいるかもしれないけど、過去に何度か中性的な見た目が原因で嫌な思いをした身としては必ずしもそうとは言えないと思う。
過去のトラウマというのは、男友達だと思っていた奴に迫られたとか、怖い先輩に女だと勘違いされて告白されたとか、色々と積み重なる要因がある。その中でも一番僕にとってショックだったのは中二の頃片想いの女子にされた告白だ。
好きな子に放課後呼び出されたものだから、僕はもしかしたら、あわよくば、とドキドキしながら待ち合わせ場所の空き教室に向かった。すると彼女は可愛い顔に渋い皺を寄せて「私の彼氏が直央なら男でも抱けるって友達と話してたんだけど」という二重の意味でショックな告白をされたという話だ。
しかもその『彼氏』というのが、僕が仲の良い友達だと思っていた相手なんだからどうしたらいいかわからない。いつもの悪ノリで出た言葉なのかもしれないと自分を納得させようにも、一緒にプールに入った時どんな反応をしていたのかなとか、他の男子も交えて猥談した時こっち見てた気がするとか、事実かどうかわからない不信感が募りに募ってしまった。
その後、彼女とその取り巻き達から散々僕の見た目について罵倒され、ついでに僕はその友達と気まずくなり、僕の初恋は苦いどころか汚泥のような後味で幕を閉じた。
今思えば見た目だけで好きになった中身最悪の女子だったけど、当時の僕は本当に彼女に惚れていたのでその後の人生に影響するレベルで衝撃的な出来事となった。
二度とそんな目にあいたくないという気持ちから、毎日筋トレをするようになったし苦手な牛乳も克服した。結果として外見にはあまり成果が出ていないけど、努力はいつか実を結ぶと今でも信じて続けている。
とにかく、男友達は僕の事をエロい目で見ているかもしれなくて、女子は僕に嫉妬するかもしれない。過去の出来事が積み重なって、そんな自意識過剰な男が誕生してしまったというわけだ。
そんな自意識過剰野郎が高校で新しい友達を作るのは難しく、幼馴染で僕に対して嫉妬もしないし変な気も起こさない涼羽に頼り切りの日々になってしまった。
「それで? どうして急に男らしくなりたいなんて言い出したのさ」
「実は・・・お礼を言いたい人がいて」
僕がそう切り出すと、涼羽はデザートのエクレアを口いっぱいにほおばりながら首を傾げた。
「入試の時に助けてもらった上級生なんだけど、その先輩のおかげで僕はここにいるから・・・入学したら会いに行ってお礼を言いたいって、ずっと思っていたんだ」
続けて僕が高校入学試験の時の出来事を話し始めると、今度は反対側に首を傾ける。水飲み鳥のおもちゃみたいだ。
「その人はすっごくかっこよくてさ、その時少し会話しただけなんだけど僕の憧れなんだ。だからあの先輩みたいに頼れる先輩にいつかは・・・」
「あー、わかったわかった」
ごくん、と口の中のものを飲み込むと僕の話を片手で遮った。
「つまり、その人にお礼を言いたいけど今の情けない直央の姿を見せたくないから、男らしくイメチェンしてから会いに行きたいって?」
「そう!」
「馬鹿?」
辛辣な視線と言葉が僕のひ弱な心を貫いた。
「な、なんでそんなこと言うの」
「あのねぇ」
長いまつ毛の奥に見える若干藍色がかった瞳が僕を冷たく見る。涼羽の手元の空っぽのリプトンのパックはぐしゃぐしゃと雑にたたまれ、何故だか僕の心も痛む。
「その先輩からしたら直央の頑張りなんて関係ないじゃん。お礼を言いたいならなるべく早く言うべきじゃない? ボクだったら入試の時に助けた後輩なんて半年も覚えていられないよ。例え直央が数か月後に頼れるかっこいい男になって現れたとしても「あれ、そんなことありましたっけ?」ってなるからね。今の自分がカッコ悪いから自信をつけたいっていうのは全部こっち側のエゴでしょ、感謝してるなら一日でも早くそれを先に伝えなきゃ」
「うぐぅ」
何重にもたたまれて消しゴムサイズになった空パックを勢いよくビニール袋に投げ込むと、涼羽は追い打ちかのごとく深いため息をついてから僕の額にビシッと指を突き立てた。
「直央の理想とする男がどんなのかは知らないけど、男とか女とか関係なく、ありがとうとごめんなさいは言える時に直ぐに言う! 人間として当たり前だよっ」
「・・・ご、ごめんなさい」
「それは今じゃない」
その通り過ぎる説教に、ぐうの音も出ない。
確かに俺はあの先輩にカッコ悪い自分を見せたくないという自己満足で先に入試の時のお礼を言うという事を忘れてしまっていた。憧れの先輩に近付きたいと思ったのに自分の事ばかりで恥ずかしい。
「わ、わかった。今日の放課後あの先輩に会いに行く!」
僕は再び決意表明のガッツポーズを掲げてその場に立ち上がった。
「いいじゃん。善は急げだよ」
涼羽も珍しく応援してくれている。なんだか凄くやる気が出てきた。
「しかしよく見つけたね、部活にも入ってない直央が先輩の事調べるなんて大変だったでしょ」
覚えのない誉め言葉に、頭がついて行かなくなる。
「うん?」
僕がその意味をゆっくり噛み締めている間に、涼羽は間髪入れずツッコミをくれた。
「もしかして、先輩が何年何組の誰かわからないで言ってた?」
「あ」
制止する脳みそ、硬直する箸、奪われるデザートのイチゴ。
「あ、勝手に取らないでよ」
「これは直央が馬鹿過ぎるのが悪いよ」
今日の涼羽はずーっと呆れ顔だ。まぁ、その原因は僕にあるのだけど。
「相手が誰だか知らないで、お礼を言いたいとか会いたいとか言ってたの?」
すっかり失念していた。僕はあの人の事をほぼ何も知らない。
知っているのは、見ず知らずの受験生を励まし、教室に向けて背中を押してくれた器の広さだけだ。
「ほんと直央のポンコツは子供の頃から変わらないよね」
「で、でもあれだけ素晴らしい人だし。もしかして学校内でも有名人かも」
数分間で僕の憧れとなった先輩だ、きっと生徒会長とかどこかの部長とか委員長とか、何らかのリーダーポジションにいるに違いない。それならきっと探すのも簡単だ。
「えぇ、なんか美化入ってない?」
「そんなことないよ。かっこいいだけじゃなく、物腰穏やかで上品な感じの人だった」
「一応ボクはそこそこ友達できたし、委員会にも入ってるから、2,3年の先輩に聞いてみることは出来るけど・・・流石にかっこいい人だけじゃ特定は無理でしょ。ていうかシンプルにボクが年上イケメンを狙ってると勘違いされそうで嫌なんだけど」
「あれ? 言ってなかったっけ。先輩は女の人だよ」
そもそも男の人が急に優しくしてきたら多分自意識過剰が発動するので素直にかっこいいとは思えない気がする。
「・・・女?」
「うん、かっこいい女性の先輩」
「へぇー、そうなんだ」
何故か急に涼羽の表情筋が休暇を取り始めた気がする。
「かっこいいんだ?」
「うん。憧れちゃったよ」
「好きなんだ?」
「えっ」
「あわよくば付き合いたいなぁーとか、思ってるんだろ」
今度は胸がチクチクするようなジト目で僕を睨んでくる。これは、もしかしなくても怒っている。
「ち、ちちちちがうよっ。そういう気持ちで探したいわけじゃないから」
友達もいない僕なんかが彼女を作ろうとしているなんて分不相応過ぎる。そんなことに巻き込まれたらそりゃ涼羽も不機嫌になるか。
「大体僕、誰かと付き合う気とかないし!」
中学時代の片思い女子に嫉妬された件で恋愛そのものにマイナスイメージが付きまとっており、色恋に積極的になれる気はしない。告白はおろか片想いするのも怖くなってしまった。
黙っていれば僕みたいな男らしくない奴を誰も恋愛対象として見ないだろうから、過去の事を克服するまでは何か起きるという心配もない。僕は恋愛長期休暇中なのだ。
「僕は純粋にお世話になったあの人に会って、あなたのおかげで無事入試を乗り越えられましたってお礼を言いに行きたいだけ」
「・・・ふーん?」
まだ疑われている気はするけど、一応納得してくれたみたいだ。
「で、そのかっこよくて気品があって超絶美人な女の先輩はどんな見た目なのかな?」
別に超絶美人とは言っていない・・・まぁ、美人だったけども。
「えっとね、暗めの赤髪で背は結構高いかな」
「は?」
「あと、髪はかなり長い。腰くらいまであったと思う」
流石にこれだけじゃ涼羽もわからないかな。
「まさか、目つきがキリリって感じ?」
「そうそう、大きいんだけど少しつり目気味で、でも全然怖い印象はなかったね」
「嘘でしょ、『赤鬼』を・・・?」
「えっ、なんで急に昔話の話題?」
「あぁ、いやいや。えーっと、多分それ金雀枝先輩だよ。三年生。」
「エニシダ?」
涼羽がやけに取り乱している上に突然『赤鬼』とかいう謎の単語を出してきたのは疑問だが思い当たる人がいるらしい。
金雀枝先輩、変わった苗字だ。どういう字を書くんだろう。
「うちは腐っても公立では県内一偏差値が高いガチガチの進学校だからね、上級生とは言え赤髪なんて目立つ色に染めてる人は一人しかいないと思うよ」
なるほど。先輩を先に見ていたから高校生はみんなそんなものなのかと勘違いしていたけど、あれは特別だったんだ。
「いや、でも・・・かっこいいはまだしも物腰穏やかで上品? 噂と随分違うなぁ」
「涼羽は何か知ってるの? その、金雀枝先輩について」
「・・・・・・」
身を乗り出した僕に引いたのか、暫し沈黙されてしまう。
「まぁ。赤鬼が相手ならそういう心配もないだろうし、寧ろもっと怖がりになってくれるかもなぁ」
「え、なんか言った?」
涼羽が口元に指を添えて何かぶつぶつと言っていたが、聞き取れなかった。
「あー、確か、よくB棟の屋上に出没するらしいから行ってみたら?」
B棟は音楽室や家庭科室、PC室のような特別教室や部室がある方の校舎だ。僕達の教室があるA棟と同じく屋上があるのは知っているけれど、高校の屋上はアニメみたいにいつでも入れるわけじゃないって聞いたことがある。そもそも出没って、妙な言い方だな。
「なんかすごいやる気だし、金雀枝先輩が相手なら止めないけど。行くならそれなりに覚悟して行きなよ?」
「な、なに? どういう意味」
なんというか急に濁された。
「あと、何かあってもボクの名前なんて出さないでよ。入学早々絡まれたくないし」
「絡まれるの!? 誰に?」
さらに深く問い詰めようとしたけれど、昼休み終了の予鈴がなってしまったので別のクラスから来ている僕は泣く泣く自分のクラスに帰るのだった。
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