第55話 釘刺し、打ち込み、楔打ち

……私、黒池先輩のことが好きなんです。


「……え?」


私は思わず、そう呟いた。


目の前には、微笑みを浮かべた銀髪の美少女。


今しがた、その少女から発された言葉を呑み込めず、私はしばらく、思考を停止させる。


「私、黒池先輩のことが『好き』なんです。」


そして、間を空けず、再び同じ言葉を目の前の少女は放った。


……この子の名前は聞いたことがある。

【白雲心音】。特徴的なのは真っ直ぐ伸びる銀髪に、アクアマリンのような透き通った瞳。


すれ違う誰もが足を止め、彼女へと視線を釘付けにしてしまう程、美しい容姿。


半端な嫉妬心すら湧いてこない程、突き抜けた美貌を持つ女の子。


それが【白雲心音】だった。


……そんな子が【黒池先輩】ってあいつ?なんであいつなんかを。


あの生意気な幼馴染の顔を思い浮かべ、私は、今の状況に若干困惑する。


「……えーと、それを何で私に言ってくるの?」


とは言え、いつまでもオロオロはしていられないので、私は少し頭を冷やして冷静になり、とりあえず、その子にそう尋ねた。


そもそも、私はこの子とは殆ど初対面だ。


そんな私に、あいつのことが好きだなんて、わざわざ言ってくる理由が分からない。


もし仮に、私とあいつが幼馴染という関係性にあるということをこの子が知っていたとしても、だからと言って、私に報告?してくる意味が分からなかった。


「……加賀美貴音さんって、黒池先輩の幼馴染さんですよね?」


銀髪の少女は、こちらの様子を窺うように、心配そうに、そう声を掛けてくる。


やっぱり、私とあいつの関係は知っていたみたいだ。


そうなると、情報の出所が気になるところではあるのだが、特定したところでどうということもないので、とりあえずそこはスルーする。


「……まぁ、そうだけど。」


上記のことを心中で呟いて、私はそう返す。


すると、目の前の少女は、目を伏せ、顔を俯かせて、申し訳なさそうに、こう呟いた。


「……その、私邪魔じゃないかなって思いまして。」


その声は、何か寂しい雰囲気を纏い、まるで、同情を誘うかのような、「そんなことないよ。」と、言いたくなってしまうかのような、そんな響きに感じられる。


しかし、それが分かっていても尚、私は、まんまとその言葉を吐いてしまった。


「……そ、そんなことないから、心配なんかしなくても大丈夫よ。」


「……本当ですか?」


銀髪の少女が、極めたかのような上目遣いで、私を見る。


それを直視しただけで、女の私でもドキッとするくらいだ。男の人なんて、1発KOものだろう。


「う、うん。というか、あの名高い白雲さんに好かれるなんて、あいつも一生分の運を使い果たしたというか、なんというか……」


あはは。と笑いながら、私はそう言葉を零す。


けれど、何故だか胸の内は晴れず、モヤッとした思いを抱えたままだった。


「いいえ、黒池先輩は素晴らしい人ですよ。」


そんな私に対して、少女は優しく微笑みながらそう言った。


……そりゃ、私だってあいつの良いところは、いくつか知ってるけど。


やはり、心のモヤが邪魔をする。


変なところで、この子と張り合おうとする。


幼馴染なんだから、私の方が、あいつと過ごした時間が長くて、あいつについて詳しい。なんて、当たり前のことなのに、そんな言葉が頭に湧いてきてしまう。


この感情は一体なに?


嫉妬?それとも妬み?何に対して?


疑問は湧き上がるばかり、それについての答えが私の中で出ることは無かった。


「……って、幼馴染さんの前でこんなこと言うのはおかしいですよね。ごめんなさい。」


私よりも黒池先輩について詳しいですもんね?と少し羨ましそうに、少女は笑う。


きっと、この子の今の言葉には、それ以上の意味は無いのだろう。


とても純粋無垢で、真っ白な心を持っているだろう彼女は、ただ単純に私とあいつの幼馴染という関係を羨んだに過ぎない。


それでも、今の私には、彼女の言葉が、ただ私を馬鹿にしているようにしか聞こえなかった。


……私って最っ低だな。


目の前の少女とは裏腹に、私の穢れた心の内に、私はうんざりする。


「……まぁ、その『好き』って言葉をあいつに言ってあげて。彼女欲しいって言ってたし、白雲さんくらい可愛い子なら、跳ねて喜ぶだろうから。」


そう言葉を発した瞬間、心のどこかがズキリと痛む。


それでも私は、その痛みの正体に目を背け、気付かないふりをしながら、銀色の少女へと笑いかけた。


「それじゃあ、私はこれで。」


そう言って、私はこの場を後にする。


「……貴音さん。」


去り際、背後から小さく名前を呼ばれ、私は足を止めた。


「ありがとうございます。」


にこやかに、彼女はそう微笑む。


「ど、どういたしまして?」


私はぎこちない笑みを返し、完全にその場から立ち去った。


空から落ちる弱い雨粒が、ポツリ、ポツリと手に持つ傘に振動を伝える。


日の隠れた曇り空の下、私は帰路を辿っていく。


……最後にどこからか、刺されるかのような鋭い視線をヒリヒリと感じながら。

























……憎い。


憎い。


憎い。


憎い。


目の前の女がどうしても憎い。


その笑みも、声も、発する言葉も、全部憎い。


今すぐにでも、ズタズタに引き裂いてやりたい。


なんで、こんなやつが『あの人』と幼馴染になれるのか。


どうしてやつが、『あの人』と一緒に居られるのか。


そして、何故それを当然のことのように受け入れているのか。


それが不思議でしょうがない。


この女の存在自体が、ボクの神経を逆撫でする。


額に青筋が浮かび上がるのを必死に耐えながら、ボクは、軽い言葉と、貼り付けた笑みをその女に向ける。


この女は、ボクに好かれることが、人生全部の運だなんて言うが、ボクに言わせてみれば、『あの人』の幼馴染になれるなんて、それこそ一生分の運を使い果たしている。


それを自覚すらしていないこの女には、本当に腹が立つ。


……死ねばいい。いや、死ね。というかボクが殺してやろうか。


この女が、『あの人』のことを口に出す度、吐き気がしてくる。


それ以上口を開くな。と、そう言ってしまいたくなる。


それでもそれを抑えるのは、ボクの中にある自制心だろうか。


ニコニコと無害な微笑みを浮かべ、思ってもいないことをペラペラと述べる。


もう慣れた作業だけれど、今日、この女と話す時だけは、それも十分な注意を払わなければいけない。


何せ、この女がボクの発言に、どのような返答をするのか、それによって、この後のボクの行動が変わってくるからだ。


ボクは言葉を選んで、目の前の女と言葉を交わし合う。


結局、そんなボクの懸念は杞憂に終わり、特に何か問うてくる訳でもなく、そのまま女はこの場を去った。


しかし、そんなことは他所に、ボクは去って行ったあの女を鋭く睨む。


……ただただ恨めしい。死ぬのなら凄惨に死んで欲しい。


例えば、あの曲がり角から急にトラックが飛び出してきて、勢いよく撥ねてから引きちぎれる程に轢き殺して欲しい。


それほどまでに、ただ怨めしい。


消えて欲しい。


消えて欲しい。


消えて欲しい。


消えて欲しい。


消えて欲しい。


消えて欲しい。


消えて欲しい。


消えて欲しい。


消えて欲しい。


消えて欲しい。


消えて欲しい。


消えて欲しい。


消えて欲しい。


消えて欲しい。





































消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ

消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ






















憎悪とも呼べる嫉妬心。


……ボクの中にあるのは、それだけだった。

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