後輩の女の子に好かれ過ぎてキツいんだが。

ぬヌ

本編

第1話 初恋

それは、ほんの些細な出来事だった。


4限目の終わりを告げるチャイムが鳴り、昼休みに入る。


昼食を摂るために、皆それぞれの動きを見せる中、俺は屋上で一休みするために、その場所へと続く階段を一人で登っていた。


最近は春の肌寒さもなくなり、長袖の服を着ていると少しばかり暑いと感じるくらいである。


夏に入るにはまだ早く、最近は雨も多くなってきたので、あと2週間もすれば梅雨入りではないだろうか。


とにかく今のこの時期は、梅雨入り前に太陽の穏やかな光を丁度いい感じで浴びることのできる期間なのである。


そんなことを考えながら、光の入ってこない薄暗い階段をしばらく登っていくと、屋上へと出るための扉の前で、なにやら男女が二人会話しているのが見えた。


「…………。」


屋上へ出るためには、その男女の横を通らねばないので、俺は少し面倒に感じながらも、その二人との距離を縮めていった。


そうすると、自然と聞こえてくる男女の会話。


「……どうしてもダメか?」


「……すいません。」


どうやら二人はまだ俺の存在に気付いていないらしく、両者とも真剣な顔付きで話し込んでいた。


正直、邪魔以外の何ものでもなかったが、逆に俺が邪魔をするのも悪いなと思ったので、無視してその二人の横を一気に駆け上がろうと、足を踏み込んだその時……


「痛っ!」


男の方が女の肩を掴み、そのままその子を壁に打ち付けた。


「な、何するんですか!?」


少女は酷く怯えた様子で、その男の視線を真正面から浴びている。


「……いや、どうしてもダメなら、いっそのこと力づくで……」


と、男は鼻息を荒くしながら、その子の動きを押さえつけようと身を乗り出し、肩を押さえつけている腕に力を込めているようだ。


えぇ……


男の突飛すぎる行動に、俺はドン引きを隠せない。


……こいつらの隣を通らないといけないのか。余所でやってくれねぇかな。


さすがの俺もこの状況の中、横を通って屋上へと上がるのは気まずいので、どこかへ行って欲しい一心で声をかけた。


「……なぁ、そこ邪魔だから余所でやってくれないか?」


その言葉で男女の動きが一瞬固まる。


その後、びっくりした様子で二人はこちらに振り向き、俺の姿を確かめた。


どうやら、本当に今まで俺の存在に気付いていなかったらしい。


「……は?てめぇ、俺が誰なのか分かって言ってんのか?」


すると、少女の肩から手を離し、目に凄みをきかせながら男は偉そうに近寄ってくる。


初対面の人間に吐く第一声がこれということは、学校の中ではなかなかの有名人なのだろうか。


しかし、正直に言ってこんなやつのことは微塵も記憶にないので、そこは事実を告げることにした。


「知らねぇよ。」


俺がその男子生徒にそう返答した直後、憤りからか顔を真っ赤にしたそいつが、僕めがけて拳を繰り出してきた。


見ただけで分かる。

こいつは碌に喧嘩をしたこともないのだろう。


大振りすぎる拳は、次にどのような軌道を描いて振り下ろされるのか、容易に想像がついてしまう。


「…………。」


そんなものに俺が当たるわけもなく、それを余裕で躱し、男の伸び切った腕を掴んで、階段の下へと引き落とした。


無様に階段から転げ落ちる男子生徒。


それを横目で見ながら俺は言葉を吐き捨てた。


「……お前こそ、相手が誰なのかを確かめてから喧嘩を売るんだな。」


そいつは転げ落ちた階段の下から俺の顔を呆然と見ていたが、やがて何かに気付いたのか、さっきまで真っ赤だった顔を真っ青にして、どこかへ走り去っていった。


……ちょっとやり過ぎたかも。


その様子を眺めつつ、表情には出さないが、俺は先程の自分の行いに焦燥する。


反射的に体が動いたとは言え、階段から落とすのは流石にやり過ぎた。ワンチャン死んでた。


『……お前こそ〜喧嘩を売るんだな』キリッの下りの時も普通に心臓バクバクだった。


……やっぱ慣れないことはするもんじゃないな。


そのことを反省し、俺はふぅ、と一度息を吐いて胸の緊張を体から逃がした後に、上を見上げた。


……屋上に行くか。


静かになった階段の上で、俯いている少女の横を通り過ぎて、屋上へと続く扉のドアノブに右手をかける。


その時だった。


「……え?あ、あの!助けて頂きありがとうございました。」


俯いていた少女が顔を上げ、俺の左手を掴んだ。


「……急になんだよ。」


その女子生徒をよく見てみると、この学校ではかなりの有名人であった。


今年から入学してきた1年生で、俺の1つ下。


名を【白雲心音しらくもここね】と言ったかな。


腰まで伸ばされた特徴的な綺麗な銀髪に、透き通った大きな碧眼、年齢の割に幼さを残した可愛らしくも美しい顔。と、漫画の中から出てきたかのような美少女だった。


自分で言うのは悲しいが、この学校の人間関係に薄い俺でも覚えているのだから間違いない。


「え?でも助けて頂いたお礼を何か……」


礼儀ある家の生まれなのだろう。


こんなことにもいちいち礼を返そうとしてくる。


しかし……


「要らない。」


俺はその申し出をバッサリと断った。


もともと俺は屋上へと上がるためにこいつらを追い払おうとしただけだ。


結果で見れば俺のおかげで助かったのかもしれんが、初めからこいつを助けるつもりで声をかけた訳じゃない。


……そもそも、見ず知らずの人間を助ける価値なんてありはしない。


故に俺はその申し出を断ったのだがその少女は少し驚いた顔をし、やがてまた俯いて、しばしの沈黙の後、何故か掴まれている手にギュッと力を込めたかと思うとすぐにその手は離された。


「そうですか……では、すいません、失礼します。」


それだけ言い残し、彼女はそのまま階段を降りていく。


……少し言い方がきつかったかもしれない。


せっかく礼を尽くそうとしてくれていたのに、それをわざわざ無下にまでする必要はなかったかもしれない。


とは思いつつも、もう言ってしまったことは取り消せないので、結局こんなこと考えていても無駄だという結論に辿り着く。


……やっぱり、慣れないことはするもんじゃない。


休もうとしていた矢先、少し面倒な事態に巻き込まれたので少々不機嫌になりつつも、俺は誰も居ないであろう屋上への扉を開け放つのだった。































それは、ボクの人生を大きく変える出来事だった。


朝、いつものように学校に登校し、1限目の授業が始まるまでを友達と過ごしていると、突如、音を立てて教室の扉が開け放たれた。


何事かとクラスメイト全員の視線が、教室の入口へと集中する中、扉を開け放った張本人である、この学校の3年生の人気イケメン男子が扉の外から姿を表した。


教室の至る所から上がる黄色い悲鳴。


ボクはそのイケメンの先輩に興味はなかったので、友達と会話を再開させようと友達の方へと向き直ると、その友達はボクのすぐ後ろを指差しながら口をパクパクと開け閉めしていた。


不思議に思ったので再び後ろを振り返ると、ボクのすぐ後ろに例のイケメン先輩が立っていた。


「なぁ、昼休み屋上まで来てくれないかな?」


なんとも言えない表情になるボクを他所に、優しく微笑みを浮かべながらその男はボクにそう告げる。


……気持ち悪い。


男が汚い腹の底を隠そうと浮かべるその笑み。


……とっても気持ち悪い。


吐き気がする。


そうは言ってもこの人は、このクラスでも随分と人気があるようで、今ここで彼のことを無下にするとその後が面倒そうである。


心の中の嫌悪感が表情に出てしまわないように必死に隠しながら、ボクはその害虫に笑いかけるのだった。



























予想通り、と言うべきかそれは告白であった。


ただ1つ予想と違ったのが、てっきり屋上で告白されるものだと思っていたので、その扉の前で告白されたことくらいだ。


『俺は君を世界で1番幸せにできる自信がある。』だとか、少女漫画でしか見ないお決まりの台詞でボクを口説こうと必死になるその姿は、1周まわって可愛げがあるようにも思えてくる。


しかし、ボクの答えは世界が何周回っても変わらない。


「……ごめんなさい。」


あくまで、可愛らしくて大人しい後輩として、申し訳なさそうに、目の前の先輩にそう告げる。


「……どうしてもダメか?」


何の確認?と心の中で呟きながらも、ボクは再三彼に告げる。


「……すいません。」


すると、目の前の先輩は俯きながら聞き取れるギリギリの声量で、「そうか……なら仕方ないよな。」と言葉を零した。


これで終わりかと思ったその直後、その男はいきなり手を突き出して、ボクの肩を力いっぱいに掴み、ボクを後ろの壁に叩き付けてきた。


「痛っ!」


珍しく、ボクの素の声が喉を通って口から出ていく。


「な、何するんですか!?」


少しばかり驚きながらも、もう一度嘘の表情を繕って今にも襲ってきそうな獣へとそう叫ぶ。


「……いや、どうしても、ダメならいっそのこと力づくで……」


と、鼻息を荒くしながら、ボクの体を舐め回すかのように視線を動かして、押さえる力を強める男。


……こいつ、事故を装って今ここで殺してしまおうか。


そんな考えが脳裏によぎったその瞬間、


「……なぁ、そこ邪魔だから余所でやってくれないか?」


と、場にそぐわないそんな呑気な声がその場に響いた。


ボクも、まさかこの状態を誰かに見られているとは思わなかったので、そちらへと視線を向ける。


そこには、ポケットに手を突っ込んで、心底くだらなさそうなものを見るかのような表情の、男子生徒がいた。


ボクはそんな彼の視線に思わずドキリとした。


なぜなら、彼のそのくだらなさそうなものを見る目は、ボクにも向けられていたから。


未だかつて、男の人に向けられたことのなかったその視線に、ボクは今の状況も忘れて、何故か、かつてない程の胸の高鳴りを感じていた。


「……は?てめぇ、俺が誰なのか分かって言ってんのか?」


そんな中、初めに動いたのは、ボクを押さえつけていた手を離し、いきなりの乱入者に苛立ちを隠せていない先輩であった。


相手の容姿を見るなり、自分の方が勝っているみたいな勘違いを起こしたのだろうか?ふんぞり返りながらその少年を睨む。


「知らねぇよ。」


次の瞬間、その少年がそう言葉を吐いた。


……正直言って、ボクはその少年の言葉に驚いた。


とりあえず謝って場を収めようとするのかと思っていたのに、逆に相手を煽るかのような発言をしたことで、その先輩は一瞬何を言われたのか分からないといった表情になったが、すぐに顔を真っ赤にし、首にも青筋を浮かべ始めた。


自分が邪険に扱われたことがよっぽど気にいらなかったのか、その先輩は拳をあらんかぎりに握りしめると、乱入してきた男子生徒にめがけて拳を繰り出した。


しかし、その先輩は喧嘩慣れしていないのだろう。


格闘技なんてやっていないボクから見ても、笑ってしまいたくなるほどの弱々しいパンチだった。


よくそれでさっきの告白の時に、『君を守る』とか言えたな、と思いながらもその行く末を見守る。


するとそれは暴力沙汰になるまでもなく一瞬で終わってしまった。


その少年は、殴りかかってきた先輩の拳を難なく躱し、伸び切った先輩の腕を掴んで階段の下へと落とした。


威勢だけは良かった先輩は、無様にも階段を転げ落ちていく。


その様子を一瞥し、少年は言葉を吐き捨てた。


「……お前こそ、相手が誰なのかを確かめてから喧嘩を売るんだな。」


その言葉を聞いて階段の下から、呆然と少年を見上げる先輩。


すると、その先輩は、何かに気付いたかのように顔を真っ青にさせて、逃げるようにその場を走り去っていった。


一瞬で静まり返った屋上前、


取り残されたボクは、その少年から声をかけられるのを待っていた。


……この静寂を破る言葉はだいたい『大丈夫?』か、『怪我はない?』のどちらかだ。


ありきたり過ぎて、覚えてしまったそのくだりが訪れる時を待ちながら、ボクはこの後に起こるであろうことを俯きながら予想する。


その後は、なんやかんや恩着せがましいこと言って助けた礼なんかをボクに求めてくるんでしょ?


男なんて、みんなそうだ。


……本当に汚らわしい。


そんなことを考えていると、やっとその少年が動いた。


彼はやがてボクの目の前に立つと……


そのままボクを無視して、屋上へと続く扉へと手をかけた。


「……え?」


その時、心の中での呟きが、口から出たことにも気付けないまま、ボクは咄嗟に彼の手を掴んだ。


いきなり手を掴まれたことに、驚きながらも、怪訝そうな表情をする彼。


ボクも何故彼の手を掴んだかも分からないまま、彼に言葉を投げかけた。


「あ、あの!助けて頂きありがとうございました。」


若干の上目遣いで彼に言うも、彼は鬱陶しそうな表情をし、


「……急になんだよ。」


とボクに言葉を返した。


……嘘、でしょ?


「え?でも助けて頂いたお礼を何か……」


自分でも、何にそんなにも必死になっているのか分からない状態で、彼を呼び止める。


「要らない。」


しかし、ボクのそんな申し出も彼はバッサリと、なんの躊躇もなく断った。


なんなら少し機嫌が悪そうに、ボクを追い払おうとしてくる。


……どういうこと?


こんなの知らない。


こんなこと今までで1度もなかった。


みんな皆んな、ボクと一緒になりたいって煩くて、目障りで、気持ち悪いはずなのに、この人はボクのことを見向きもしない。ボクを特別扱いしない。


ボクを……意識しない。




嗚呼、なんて……素敵な人なんだろう。





だからだろうか、何としてでもこの人を手に入れたくなってしまった。


1度そう思ってしまえば、どんどんとボクの欲求が溢れ出し、脳内を埋め尽くす。


この人に抱かれたい。


この人の全てを知りたい。


この人をボクに依存させたい。


この人をボクだけのものにしたい。


……この人をボク以外の他の誰にも渡したくない。


ボクの朱に染まった頬に、目の前の彼が気付かないようにボクはそっと俯き、未だに掴んだまま離さないでいる彼の手をギュッと握る。


しかし、ここで告白したところで、ボクに一切の興味のないこの人に振られることは目に見えているので、グッと堪えて名残惜しみながらも彼の手を離した。


「そうですか……すみません、失礼します。」


そう言って彼に背を向けて、階段を降りていく。


「……えへへ♡」


まだじんわりと残っている彼の手の温もりを全身で噛み締め、恍惚の笑みを浮かべながら、ボクは1人でに笑みを零すのだった。

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