第16話 激情
今日は、光明が葵の部屋を訪れる事はなかった。
どんなに忙しくとも必ず葵の顔を見に来ていたのに。昨夜、光明に自分の気持ちをぶつけてしまった。
(避けられてるのかな?あんなに取り乱してしまった。光明さんを困らせるつもりはなかったんだけどな・・・。)
夜になっても光明が帰って来る気配はない。
ため息をつきながら、ベランダに出ると春の爽やかな風が吹いた。
その風に乗って、桜の花びらが一枚フワリと舞ってきた。
「・・・・・。」
その時、庭に一台の車が入ってきた。
後部座席から一人の女性が降り立つ。
(誰だろう?光明さんのお客さんかな?)
一瞬、その女性と目が合う。
みるみるうちに、女性の表情が険しくなると屋敷に入っていった。
(・・・・?どうしたんだろう?)
暫く外を眺めていると廊下が騒がしくなってきた。
「あの女はどこ!!!」
「マリア様、この屋敷にその様な女性はおりません!」
(三条さんの声だ。)
話し声が段々と近付いてくる。
「この部屋ね!!」
「お止めください!」
先程の女性が部屋に入ってきて鍵を締めた。
葵が室内に入ると、女性が恐ろしい形相で近付いてくる。
「あの・・・」
話し掛けようとした瞬間頬を思いっきり叩かれた。
「つっ・・・」
口の中を切ったのか血がポタポタ垂れる。
「何であんたが光明さんの家に居るのよ!!」
「貴女はだ・・」
もう一度思いっきり頬を叩かれる。
反動で倒れてしまうと、女性は葵の髪を掴む。
「私は光明さんの婚約者のマリアよ!!あんた何なのよ!!」
(婚約者?)
「っつ、わたしは・・」
マリアは、葵の首筋にキスマークを見つけると葵の着ているシャツを破いた。
「やめてっ・・!」
「何よっ!これ?許さない!光明さんは渡さないわ!!」
光明が自宅に戻ってくると三条が慌てて出てきた。
「光明様、大変です!」
普段冷静な三条の慌てぶりに驚く。
「どうした!?何があった?」
「それが、マリア様がおみえになって紗羅様のお部屋に!!」
「何だって!!?」
光明は走り出していた。
葵の部屋のドアを開けようとすると鍵が掛かっている。
「チッ!!」
ドアを蹴破ると葵の髪を掴んでいるマリアが居た。
「お前何をやってる!!?」
光明は怒りに染まった。
「光明さん?」
「紗羅を離せ!お前のような女が触れていい人間じゃない!!」
近付こうとした瞬間、マリアはバッグからナイフを取り出すと葵に突き付けた。
「何なのこの女!こんな女殺してやる!!」
マリアは完全に我を失っていた。
手に持ったナイフを振り下ろそうとした瞬間手首を掴まれた。
「何をするのっ!?」
光明はマリアからナイフを奪うとマリアを突き飛ばした。
葵の顔を見ると、頬は赤くなり口元には血がついていた。
「大丈夫かっ?」
「う、うん。」
「三条!紗羅の手当てをしてやってくれ!」
「はい。光明様。さぁ、紗羅様立てますか?こちらに。」
三条は葵を気遣いながらソファーへ座らせる。
「お前はこっちに来い!!」
マリアの手を掴むと葵の部屋を出ていった。
「お前どういうつもりだ!?」
光明は自室にマリアを連れていくと怒りを抑えて言った。
「何よ!光明さんこそどういうつもり?あんな女を自宅に入れるなんて!」
「何を勘違いしている?そもそも、この屋敷に勝手に入る事を許した覚えはないが?」
「婚約者同士なんだから良いでしょ!?」
「その話は断ったはずだ!お前のような女を俺が選ぶはずないだろう?二度とその顔を見せるな!」
冷たく言い放つと光明は部屋を後にした。
「・・・・許さないっ!この私に恥をかかせるなんてっ!!」
マリアは光明の机の引き出しを開けると中にある拳銃を手にした。
「紗羅様大丈夫ですか?」
「ありがとうございます。三条さんもう大丈夫ですから。」
そう言って、微笑む葵に頭を下げた。
「申し訳ございません。私が付いていながらこんな事に・・・。」
「そんな、三条さんのせいじゃないですよ?気にしないで下さい。」
「しかし・・」
その時、光明が部屋に入ってきた。
「紗羅大丈夫か?ああ、こんなに赤くなって痛かったろ?」
光明は申し訳なさそうに、葵の頬に優しく触れた。
「光明様、では私はこれで失礼致します。」
「ああ。」
「あの!三条さんありがとうございました。」
葵に笑顔を返し三条は部屋を後にした。
「ごめんな。こんな事になって・・・。」
「大丈夫だよ?それよりあのマリアさんは?」
「あんな女の事はどうでもいい!」
「駄目だよ。マリアさんは光明さんの事が好きなんだよ?きっと。」
「だからって、紗羅が傷付いていい訳じゃないだろ?」
「・・・・。」
「それは、俺達も同感だな?」
振り返ると、部屋の入り口に司と樹が立っていた。
「司さん?橘さん?どうして・・・・。」
「お前等っ!!どうやってここまで来た!?」
葵の前に光明が立ちはだかる。
********
数十分前。
入口の警備をしてる数人の頭上にドローンが現れた。
「おい!何だあれ?」
「ドローンか?どうしてここに?」
すると、ドローンは警備の人間の頭上をクルクルと回ると屋敷の裏側に飛んでいった。
「後を追え!!」
ドローンを追って屋敷の裏側に行くとフワリと地上に降りてきた。
「おい、注意しろよ!」
すると、ドローンの下に付いていた箱が開き何かが出てきた。
「なんだ?」
その瞬間、辺りを真っ白にするほどの激しい閃光が走った。
「うわっ!目が!!」
「ううっ!!」
警備の人間たちは目を抑えて倒れ込んだ。
「ふふーん!成功だね。司さん!樹さん!」
上空のヘリからその様子を見ていた神野が得意気に言った。
「あれ本当にコントローラー無しで動いてるのか?」
樹が神野にたずねる。
「ああ、カメラで相手の動きを見て動いてる。まぁ、閃光弾は急いで作らせたんだけどね!」
「お前凄いな・・・」
「まぁね!今頃気付いたの?さぁ!葵を迎えに行こう!!」
「「ああ!!」」
********
「葵を返して貰おうか!?」
「っつ、寄るな!!紗羅は渡さないっ!!お前なんかに!」
光明は司を見据えて言った。
「・・・・葵の気持ちはどうでもいいのか?」
「俺はずっと紗羅と一緒に居たんだ!俺には紗羅しか居ないんだっ!!」
その瞬間、二発の銃声が轟いた。
司と樹の間をすり抜けマリアが入ってきた。
マリアの手には拳銃が握られている。
「あんたが悪いのよ!!この私に恥をかかせるからっ!!」
「お前、何してるんだっ!」
司が、マリアから拳銃を取り上げると藤田が駆け寄ってきた。
「お嬢様!!」
「貴様っ!!」
光明がマリアを鋭い眼光で捕らえた時、何故か光明の後ろに居たはずの葵が光明の前に居た。
「・・紗羅?」
「・・・・・・。」
手を伸ばそうとした瞬間、葵の身体がグラリと倒れた。
葵を抱き止めた光明が手を見ると血がベッタリと付いていた。
「紗羅!!!」
「「あおい!!」」
司と樹も駆け寄る。
「っつ・・・こう・・めいっ・・ぶじ?」
葵は光明の頬に手を伸ばした。
「どうして?どうして庇ったんだ!?」
「ふふっ、こう・・めいを守る・・って言ったでしょ?」
「葵!?もしかして記憶が!?」
「つかさっ・・」
葵は、司と樹を見て笑った。
「こうめいがっ・・・無事でよかっ・・」
光明の頬を包んでいた葵の手から力が抜ける。
「嘘だろ・・?紗羅っーーー!!」
「あおい!!」
三人の呼び掛けに葵が反応する事は無かった。
司は葵を抱き抱えると耳に付けている無線で神野に連絡する。
「神野か?葵が撃たれた。ヘリで搬送したい。」
『えっ?・・・わかった!うちの系列の病院に搬送出来るように連絡しとく!』
「悪い。頼む!!」
司は樹と走り出したが振り返り光明を見る。
「何してる!お前も来い!!」
「あ・ああ・・」
三人は屋上に向かった。
屋上では神野が既にヘリの準備をしていた。
「早く乗って!病院には連絡してある。受け入れも大丈夫だ!!」
「頼む、急いでくれ!」
三人はヘリに乗り込むと病院へと向かった。
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