第14話 変化

光明の屋敷に葵が来てから数日がたつ。

肌を重ね合った日から光明は時間が許す限り葵と過ごしていた。

どんなに、求めても求めても尽きることのない欲が光明を戸惑わせていた。

僅かな時間ですら葵と一緒に居たい。


「はっ、まさかここまでとはな。」


自嘲しながら葵の部屋のドアを開けた。


「・・・・・。」


部屋を見渡すと葵の姿がない。

ベランダへの窓が少し開いている。

近くに寄ると葵が外を眺めていた。


「何を見てるんだ?」


チラリと光明を見るとまた視線を戻してしまう。


「・・・・桜が」


「桜?」


「桜が咲き始めたなって思って。」


視線を辿ると、庭に植えられた桜の樹がある。


「ああ、桜なんてあったんだな?」


「・・・・・・。」


サァッと風が吹き、葵の髪がなびく。

光明は自分のスーツのジャケットを脱ぎ、葵の肩にかける。


「昼間とはいえまだ寒い。中に入ろう?」


「・・・・・ありがとう。」


葵は光明を見上げてジッと見つめる。

葵の視線に何故か落ち着かない。


「貴方は・・・・」


そう言うと、瞳が不安そうに揺らいだ。


「っ・・・何でもない。」


光明の隣をすり抜け室内に入る。

葵の香りが光明の鼻腔をくすぐる。

思わず、後ろから自分のジャケットを羽織った葵を抱きすくめる。


葵の香りと自分の香りが混ざりあう。

柔らかい肌の感触がたまらない。


っ」



耳元で名前を囁くと身体がビクッと反応する。

両手で頬を包み上を向かせると葵の瞳が潤んでいた。

たまらず、口づけを落とすと受け入れる様に唇を薄く開く、舌と舌を絡ませ深い口づけをする。


「はぁ・・・・」


葵から吐息が漏れる。


「さ・・・」


その時、葵の部屋のドアをノックする音が聞こえる。


「光明様、そろそろお出掛けになりませんとお時間に遅れます。」


ドアの向こうから声が聞こえた。


「・・・・ああ、今行く。」


もう一度、葵の頬を包むように手を添えて親指で唇をなぞると触れるだけのキスをする。

そして、部屋のドアを開けるとそこには先程声を掛けてきた三条が居る。


人の良さそうな笑顔をしたこの人は、光明の身の回りの世話や秘書のような事をしている。

葵の事もとても気遣ってくれる。


光明のジャケットを羽織っている葵を見ると


「紗羅様には、何か身体の温まるお飲み物をお持ちしますね。」


「ありがとうございます。三条さん。」


いえいえと言いながら、


「光明様。まだ外は冷えますよ。コートをお持ちください。」


と、手に持っていたコートを渡す。


葵は、マフィアの総帥なんてどんなに怖い人なのだろうと思っていた。

でも、実際は心根の優しい人なのだろう。

三条や屋敷の人間に下の名前で呼ばれるのを許していたり、葵の身体を気遣ったり。


思わず、クスリと笑ってしまう。


「紗羅?どうした?」


「・・・いえ。これありがとう。」


そういって、羽織っていたジャケットを光明に渡すと照れたように受けとる。


「仕事に行ってくる。また帰ったら顔を出すから。」


「はい。いってらっしゃい。」


そう言って、光明を見送った。

しかし、葵の心の中では光明に聴きたい事が山ほどあった。

自分の過去を知っているであろう光明に。

でも、怖くて聴けないでいた。


あの時光明が言っていた。

自分が光明にどんな酷い事をしたのか?

辛そうな寂しそうな顔を思い出すと、何故かとても胸が痛んだ。





********




数分前、光明の屋敷を見つめる二人の男が居た。

司と樹だった。

樹は数日のうちに光明の居場所を見付けていた。


「ここが光明が自邸として使っている屋敷だ。名義人は違うがな。」


「・・・・。」


屋敷を見つめていると、二階のベランダに葵が出てきた。


「葵!!」


今にも車から飛び出しそうな司を制する。


「待て!!警備の人間が居る。無茶はするな!」


「っつ・・・あおい。」


たった数日離れていただけなのに、とてつもなく長い間離れていた気持ちがした。

無事な姿を見れただけでも安心する。


葵は、ベランダの柵に寄りかかり庭にある桜の樹を見つめていた。

その顔はとても辛そうで見ていられなかった。


「あおい・・・」


樹が辺りを見回す。


「警備の人数が多いな。これは侵入するのは難しいかもしれないな。」


「ああ、事を荒げたくない。何とか警備の目を誤魔化せないかな?」


「そうだな、せめてこの屋敷の見取図でも有ればな・・・」


「・・・・・あいつに言えば何とかなるんじゃないか?」


「あいつ?・・・ああ、そうだな。とりあえず、葵の無事な姿も確認できた。今は我慢してくれ司!」


「ああ・・・。」


そう言って、もう一度葵の姿を見つめた。


(葵。必ず迎えに行く。待っていてくれ。)

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