第9話 約束

「何故勝手な事をしたんですかっ!!!」


藤田は怒りで語気を荒げたがマリアは至って平気な顔でいい放つ。


「あんた達がのんびりしてるからよ!あんな女とっとと拐って来ればいいのよ!!」


「結局は失敗してるじゃないですか!?しかも組の車まで使って!」


「平気よ。あんな女に何にも出来やしないわ。」


「とにかく、もう勝手な事をしないで下さい!!」


「ふんっ!!」


マリアはそのまま部屋を出ていってしまう。


「チッ!!全く勝手な事しやがって!」


昼間、葵を連れ去ろうとしたのはマリアの取り巻き達だった。




事の始まりはマリアが光明の家で葵の写真を見付けたからだ。


いつもの様に光明にあしらわれ苛立っていると仕事机の上に置きっぱなしのパスケースが目に留まった。


「これ、光明さんがいつも大切に持ってるやつだ。」


何気なく中を開けてみる、


「なに・・・これ?」


中には葵の笑顔の写真が挟まっていた。


「なんなの!この女!!」


マリアの中に激しい嫉妬心が芽生えた。


光明の机の上や引出しをくまなく探すと、引出しの奥に封筒を見付ける。

中には葵の写真が沢山入っていた。しかも、明らかに隠し撮りをしたものだった。


「・・・・・。」


マリアはその写真の中から一枚を抜き取ると自分のバッグへ入れて光明の屋敷を後にした。




「この女の居場所を探してちょうだい!!」


葵の写真をテーブルの上に放り投げた。


「この女は?」


「藤田は言われた事をすればいいのよ!」


明らかに苛立っているマリアをみて、


(また、あの楓月会ふうげつかいの総帥の所に行ってたのか。ということは、あの総帥絡みの女ってところか。)


実際、葵の居場所は直ぐに解ったものの身元を調べても何も掴めないでいた。


あの総帥が執着している女だ、ただの女ではないのだろうが実態を掴めない事に不気味さを感じていた。


しかし、これ以上面倒事を起こされるのはごめんだ。早めに手をうたないともっと面倒なことになる気がした。




********




葵の寝顔を見ているとふいにスマホが鳴った。


「司?まだ、起きてたか。葵はどうしてる?」


先程帰った樹からだった。


「ああ。まだ起きてる。葵はもう寝たよ。心配ない。で?何か解ったのか?」


葵を起こさない様に静かに部屋を出る。


「葵を連れ去ろうとした車だけど、刃桜会の会長の屋敷に入っていったみたいだ。」


「会長の屋敷に?何だって刃桜会の会長が葵を連れ去ろうとしたんだ?」


「いや、連れ去ろうとした連中はまだガキだったって言ってたよな?」


「ああ。どうみても、刃桜会の構成員には見えなかった。」


「会長の家には長男家族も住んでるんだ。その長男の娘ってのが跳ねっ返りでな。ガラの良くないチンピラとつるんでるらしい。」


「じゃあ、その娘ってのが裏で糸引いてたのか?」


「無い話じゃないな。」


「でも、何でその娘は葵を連れ去ろうとしたんだ?」


「それはまだわからない。でもそいつが絡んでるのは間違いないと思う。こっちでももう少し調べてみるよ。」


「悪いけど頼む。」


「解った。とにかく、お前は葵から目を離すなよ?」


「ああ。わかった。」


電話を切ると、一息ため息をついた。


葵の部屋に戻って寝顔を見ると安心する。


(良かった。穏やかな顔で寝てるな。)


髪をソッと撫でると部屋に飾られた桜の写真を見る。


(毎年葵と桜を見に行ってたな。葵にとって桜は特別な物だったんだ。)


司が葵と居る様になってから、毎年桜を一緒に見に行っていた。


満開の桜をいつも寂しそうに見ていた理由がやっと理解できた。


(竜って人と一緒に日本の桜を見ようって約束したのに、その約束が果たされることはもう無い。一人で見る桜は辛かったんじゃないか?俺じゃその竜って人の代わりにはなれなかったのか?)


「来年も一緒に見に来ような?」


そう言っても、困ったような笑顔をするだけでいつも約束はしてくれなかった。


葵の気持ちを考えるとたまらなく切なくなる。


(俺に自分と同じ思いをさせないように、約束をしなかったのか?自分がいつ死ぬかわからないから。)


刹那的な葵の生き方を思い出す。

出会った時からそうだった。


(結局、俺は葵を変えることが出来なかったんだな・・・・。それでも、俺は葵が好きだ。キャリア官僚の立場を捨ててまで葵が欲しいと思った。自分の行動に後悔はない。いつか、葵が俺の方を向いてくれるまで側に居させてくれ。俺は葵を残して死んだりしない。約束する。)


眠る葵の手を優しく握り締めて強く思った。

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