第5話 来訪

「葵はお前と別れた後HARBORハーバーに行ったみたいだ。」


手懸かりを掴んだという樹と司は帰宅を急ぐ人混みをぬって歩いていた。


HARBORハーバーに?」


(あのバーは依頼人に会ったり情報屋に会ったりする時によく使ってる場所だ。でも、何故あの時それを隠した?)


「あぁ、だからこれからマスターに話を聞きに行こうと思ってる。」


「・・・・マスターが話してくれるかな?」


「そうだな・・・でも折角掴んだ手懸かりだ話してもらうさ。」


「しかし、この短時間でよくわかったな?」


「当たり前だろ!俺を誰だと思ってるんだ?」


「はいはい。警察庁の刑事局長様にかかれば容易い事ですね!」


そうだ、こいつは最年少で刑事局長にまで登り詰めたやり手のキャリア官僚だ。


「まぁなー。」


普段は軽い感じだが、こと仕事になるとかなりのキレ者だ。


そうこうしてる間に、BAR HARBORに着いた。

店はもう開店しているが時間的にまだ客は少なそうだった。

マスターに事情を聞くには好都合だ。


店内に入るとマスターがカウンターに居た。


「いらっしゃい。珍しいなこんな時間に。なんだ?葵は一緒じゃないのか?」


司と樹はカウンターに座り樹が口を開いた。


「実はマスターに聞きたいことがあって・・・。」


「どうしたんだ?聞きたい事って何だ?」


「・・・葵の事なんだけど。3日前の夜ここに来たと思うんだ、その時誰かと会ってなかったか?」


「・・・・・それはお答えしかねますね。お客様のプライバシーなので。」


(やっぱり駄目か。ここのマスターは口が固いからな・・・。)


でも、樹は譲らなかった。


「・・・・これは、マスターだから話すんだけど、、、葵はここに来た後に何かがあったんだと思う。そのせいで記憶喪失になってしまったんだ。」


「!!!」


マスターは明らかに動揺していた。


「葵に何があったのか俺達は知りたい。いや知らなきゃいけないんだ!俺が調べられたのは葵が此処に来た事だけだ。だから頼むマスターには迷惑掛けない。此処で何があったのか教えてくれないか!?」


そう懇願する樹。

マスターは司に視線を向けた。


「本当なのか?葵が記憶喪失って?」


「あぁ・・・。」


「・・・・・。解った。ただ俺はそんなに知ってるわけじゃない。確かに3日前の夜来たよ。身なりのいい男と待ち合わせしていた。葵は『カミカゼ』を注文してきたから俺は酒を出して二人っきりにしただけだ。」


「カミカゼ?」


(依頼人や情報屋と会うときに必ず葵が注文する酒か、確か『貴方を救う』って意味があるらしいが・・・。)


「その身なりのいい男とどんな話を?」


「すまない話しは聞こえなかったが写真を見せていたな。若い男が写ってた。」


「若い男?司は何か心当たりはあるか?」


黙って話を聞いていた司に聞く。


「いや、心当たりはない。その身なりのいい男は初めて来たのか?」


「初めてじゃないな、ここ半年位かな何度か葵と会ってたがいつも深夜だったんだけどあの日は珍しく早い時間に来てたな。」


「身なりのいい男か・・・その男の素性がわかればな。」


「あぁ、その男だけど楓月会ふうげつかいの幹部と会ってるのを見たことがあるぞ。」


楓月会ふうげつかいだって!?」


「樹?どうかしたのか?」


「公安の情報だと最近、楓月会ふうげつかいが妙な動きをしてるみたいなんだ。」


「妙な動き?」


「あぁ、新しい総帥になってからやたらと日本で勢力を拡大してるらしい。確かその新しい総帥ってのは日本人でまだ若いらしい。」


「まさか、葵はその楓月会ふうげつかいの総帥の事を探ってたのか?」


「かもしれないな。」


(でも何で大陸マフィアの総帥の事なんて探ってたんだ?しかも俺に秘密にしてまで・・・。)




********



(司さんは買い物に出掛けちゃったから暇だな。)


そんな事を思いつつ昨日の事を思い出していた。


(あの嫌な感覚は何だったんだろう?誰かに見られている気がしたんだけど特に誰も居なかったよな・・・。)


あの背筋がゾクリとする感じを思い出して身を丸める。


玄関のチャイムが鳴ってハッとする。


ドアを開けるとそこには背の高い青年が立っていた。

見るからに仕立ての良いスーツを着こなし爽やかな印象がする好青年だ。


「葵、久しぶりだね。」


しかし、葵には誰だか全くわからないから困惑してしまう。


「あの。ごめんなさい。どちら様ですか?」


「・・・・やっぱり、記憶を失ったっていうのは本当だったんだね?」


なぜ、この青年が自分が記憶を失っているのを知っているのか?急に怖くなって後ずさる。


「怖がらせてごめん。怪しい者じゃないんだ。俺は神野夏希じんの なつき。葵には昔助けてもらった事があってそれからの仲なんだ。」


「助けた?」


「うん。まぁ、依頼人って言った方が早いかな?」


「探偵の仕事の?」


司さんには二人で探偵の様な仕事をしてると聞かされていた。


「探偵?あー、まぁそうだね。」


「そうでしたか。ごめんなさい、色々あって・・・。」


「ああ、いいの。記憶を失っちゃったんだろ?大丈夫か?」


神野と名乗った青年は心配しているように気遣った。


「えぇ、日常生活には困ってはいないので。でもどうして知ってるんですか?」


葵が記憶を失ってまだ三日しかたっていない。


「葵の事なら何でも知ってる。いつも気に掛けているから。」


「そう・・なんですか。あっ、どうぞ上がって下さい。今司さんは買い物に行ってて、でももうすぐ帰って来ると思うので。」


「司さん・・・?」


独り言の様に呟かれたがそこには明らかに怒りの色が滲み出ていた。




「どうぞ、今お茶を入れますね」


「こんな事になるなら、あいつに任せるんじゃなかった!!!」


苦しそうに言い放たれた言葉と同時にきつく抱き締められた。


「っつ、神野さん?どうしたんですか?」


「あいつじゃ駄目だ!葵の事守るなんていってこのザマじゃないか!」


「神野さんっ、おちつい・・んっ」


言葉を遮るように唇を塞がれた。


「はっ・・・。」


一瞬唇が離れるけれど再び塞がれて段々と深くなっていく。


ギュッとスーツの袖を握ると、そのままソファーに押し倒される。


「じんのさ、、やめ、、て」


お願いしても神野さんは止めてはくれない。


「俺はあんたに救われたんだ!この命も立場もあんたは守ってくれた!なのに肝心な時に俺はあんたを守れなかった!だから今度こそ守らせてくれ!」


「あっ・・・。」


首筋に顔を埋めると赤い印を付けた。シャツのボタンを外す。


「やめて、、、だ、、め」


首筋から胸元へ

シャツの胸元をはだけさせると右肩の傷痕を見てハッとする。


「・・・・・・。」


その傷痕に優しくキスをしてシャツを直してくれる。


「ごめん。こんな事するつもりじゃ・・・。」


「じんの・・・さん?」


「ちょっと頭冷やさないとな。ほんと、ごめん。また来るよ。」


そう言って足早に帰っていってしまった。






樹と別れた後マンションに戻ってきた司はエントランスから見知った男が出てくるのに気付いた。


「神野?」


向こうも司に気付き詰め寄ってきた。


「あんたが付いていながら何でこんな事になった!?あんたが葵の事守るって言ったんだろ!?」


「・・・・・・。」


「何で何も言わない?」


「弁解の余地が無いからだ。」


「俺は今でも葵の事が好きだ!どうしようもなくな!あんたは違うのか?好きな女一人守れないのか?」


「・・・・っつ。」


苦しそうに俯き黙る司をみるとこれ以上責める気にはなれなかった。


「悪い・・・。とりあえず俺は帰る。」


そう言い残し神野は帰っていった。

一人残された司はエントランス前の階段に座り込んだ。


「俺だって好きだ・・・。守りたいよ・・何よりも大切なんだ。」

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