月華夜話

蒼翠琥珀

先走るあとがきのような何か。

 わたしの姿を視たものは、皆一様に『ワラシ』に遭ったと言う。


 それが一体何かは分からないけれど、どこか自分のアイデンティティのような気がして、いつしか自らを『ワラシ』と称するようになった。

 以来、この座敷のある温泉宿『琥珀庵』から離れたことがない。ここのさびれ方は、ワラシにとって居心地がいい。


 そんなところへ時折やってくるのは、道に迷ったのか、人生に迷ったのか、はたまた血迷ったのかもわからぬ者たち。ただ食う寝る読み書きに勤しむ日々に、それらが遠慮なく上がり込んでくることを、ワラシは少なからず歓迎している。


 それこそ逃げるように去る者だって居るにはいるが、それもまた一興。

 月明かりの下、特に意味のない雑談に興じるのも、また然り。


 そういった時間が尊いと思うにつけ、時間という概念はあっても、実際にはそんなものは存在しないとも考えてみたり。どんな酔狂な思いつきも、此処には誰も咎める者がない。

 そのせいか、思いとどまることも知らずにいる。


 そういったありとあらゆるものを際限なく咀嚼することで、今のこのワラシが出来上がったとも言える。

 良くも悪くも己を掘り起こしてくれたツルハシ、揺さぶりをかけてきた地鳴り、改めて自分を知ることになった写し鏡、昨夜視た取り留めのない夢現でも、今更ながら書き記しておこうかという気になった。


 たとえそれが下らない寝言だろうが。





―― なりきりエッセイ!『温泉宿・琥珀庵の座敷わらし』編


🍵本作の紹介文やタグ情報は、脳内イメージの形成にご活用ください。

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