NervousBreakdown -復讐の結末-
嵐山之鬼子(KCA)
【序】
私立咲良学院──中高一貫教育を掲げ、偏差値、進学率ともに県内で中の上程度に位置する、俗にいう“中堅校”である。
旧帝大や早慶クラスに進学するような成績優秀者や、甲子園、花園ないしそれに類する全国大会に出場するようなスポーツ選手はほとんどいないが、中途退学者や自殺者を出すようないじめ等もあまり見受けられない。
私学であるためか生徒の家庭も比較的裕福な層が多く──しかしながら、いわゆる“名門”、“金持ち学校”と言えるほど上流階級や富裕層の子女が通っているワケでもない。
総体として見れば、リベラルでそこそこ環境的に恵まれた学び舎と呼んでもよいのだろうが、そのような場所でも、そこに通う子供たちの間にまったく諍いがないなどいうことは、やはりあり得ない。
たとえば……。
……
…………
………………
放課後のその教室では、ひと組の生徒が教壇を挟んで対峙していた。
ひとりは、男子の制服である紺色のブレザーをビシッと着こなした“少年”。
メタルフレームの眼鏡をかけてはいるが野暮ったい印象はなく、スクールネクタイをウインザーノットに結び、天パなのか緩やかにウェーブした髪をエアーマッシュのスタイルに整えるなど、なかなかのオシャレさんだ。
もうひとりは、男子と対照的なワインレッドの女子制服を着た“少女”。
白ブラウスの上に葡萄色のボレロを着て、首元には青いリボンタイ、ボトムはかなり短めのフレアスカート──という咲良学院の女子制服は可愛いと好評なのだが、“彼女”のようにスラリと長身な生徒には特によく似合う。
ただ、如何にも教科書通りの着方というか、自分を魅力的に見せようという気配が見受けられないのが、少々残念だ。この学校は、よほど大きな改造でもしない限り、多少制服を着崩しても寛大なのだが……。
そろそろ下校時間が迫り、夕陽も西に落ちかかった黄昏時の教室には、「彼と彼女」のふたりを除いてほかに人影はなかった。
「──ねぇ、もうこんなコトやめようよ」
「おやおや、“こんなコト”って一体何のことかな?」
哀しげな、あるいは懇願するような“彼女”の言葉に対して、“彼”の方はニタニタとニヤニヤの中間のような、あまりタチのよくない笑顔を浮かべてトボケている。
「そ、それは……」
“彼女”には答えられない。
ひとつには、“彼女”自身にもいったい何が自分たちに起きているのか、正確に把握できていないからであり、また、もうひとつには“それ”を起こしているのが“彼”だと断言できるだけの根拠を持たないからだ。
いくつかの状況から、ほぼ間違いないだろうと推測してはいるものの、決定的な証拠と言えるようなモノは存在しない。
「フフッ、言いたいことはそれだけかな? じゃあ、オレは帰るよ」
「ま、まっ……」
「待って」と言いたかった。でも、仮に相手が待ってくれたからといって、何を話せばいいというのだ?
その思いが、制止の言葉を尻すぼみにさせる。
「ククク──じゃあな、“シノノメ”さん、また明日~」
「!」
“彼”にそう呼びかけられた時、“彼女”の背中に電流のような震えが走った。
風邪の引き始めに感じる悪寒を何倍にも強くしたような気持ちの悪さと、それとは相反するフワフワと身体が宙に浮いているような心地よさ。
それらを同時に感じた“彼女”は、苦悶とも悦楽ともつかない喘ぎを漏らしそうになって、それを懸命に自制し、しゃがみこんで自分の身体を抱きしめるようにしてうずくまる。
十数秒か、あるいは数分か、ハッキリしないがしばしの時間が流れ、ようやく“彼女”──シノノメさんと呼ばれた“少女”が平静を取り戻して立ち上がった時、すでに“少年”の姿は教室になかった。
「ぅぅ…けっきょく、誤魔化されちゃった」
意気消沈した表情で唇をかみしめていた“少女”だったが、ハッと何事かに気付いたらしく、慌ててボレロの胸ポケットから生徒手帳を引っ張り出した。
もどかしげにページをめくり、最後の見開きにプリントされた学生証を確認する。
「う、そ…………」
絶句する“少女”。
そこには、制服を着た“彼女”自身の顔写真が貼付され、「中等部二年C組 東雲市歌(しののめ・いちか)」とプリントされていた。
何もおかしな点はないはずだ──“彼女”が、本当に“東雲市歌”であるならば、の話だが。
「あぁ……ついに、名前まで…………」
そう。
ガクリとうなだれ、よろけながらかろうじて近くの椅子に座り込む“少女”は、本当は東雲市歌などという名前ではない。それどころか“少女”ですらないのだ。
全体に細身で、身体の線が出にくい制服を着ているため、パッと見には気づきづらいが、注意深く観察すれば“彼女”の肩幅が14歳の女の子にしてはかなり広く、全体にがっしりした骨格をしていることがわかるだろう。
胸は貧乳を通り越した無乳とも言える状態で、ハイソックスとスカートの間に垣間見える足のラインも、綺麗ではあるが女性にしては少々直線的過ぎる。
“彼女”がバレー部所属であることを勘案すれば、あるいはそれほど不自然なことではないのかもしれないが……。
「いったい、どうしてこんなコトに……」
力なくつぶやく“彼女”、いや“彼”は、この悪夢が始まったときのことを思い出していた。
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