わるいこの夢
角霧きのこ
1
目の前には、たった今渡されたばかりの答案用紙がある。『合計点』と書かれた欄には、赤ペンで七十一と書いてあった。
「ねえねえ、
私の隣に勢いよく着席しながら、美琴が問いかけてくる。
「うーん……あんまり、よくなかったかな」
用紙の数字を見せる前に、美琴の方から覗き込んできた。一瞬後に、えーっ、と声が上がる。
「七十一点じゃん、高っ! あたしなんて、ギリギリ五十点代だよ」
「でも、今回は……八十五点以上取れって、言われてたから」
言葉を返しながら、無駄に大きい紙を折りたたむ。
「あー、親から?」
「そう」
「ふーん、厳しいねー。秋姫は十分優等生なんだから、そんなに気にしなくていいのにね」
優等生なんかじゃないよ。声にする代わりに、軽く笑って返す。答案用紙を鞄にしまい終えたとき、美琴がまた席を立っていった。少し離れた席の友達に呼ばれたらしい。大きな紙をがさがさ言わせながら、賑やかにお喋りしている。
机の横に吊り下げた鞄に、目を落とす。ざらついたグレーの生地に包まれて、私の答案用紙は静かにしている。帰ったら、これを見せなければいけない。お父さんとお母さんに。きっと、また怒られるんだろうな。せめて、この前みたいに叩かれないといいな。今日は何回バカって言われるんだろう。……ああ、嫌だな。帰りたくない。
ため息をつきながら、ペンケースを開ける。取り出すものは、小さなハサミと、要らないメモを一枚。メモ用紙を半分に折りたたんで、ハサミで細く、短冊状に切っていく。特に意味があるわけではない。単に、暇潰しのようなものだ。こうしてただ紙を切っているときは、暗い気分も忘れて無心になれる。
……はず、だったんだけど。今日はどうも上手くいかない。小さな短冊をいくつ切り出しても、ぐるぐるとネガティブな考えが巡る。ああ、帰るの嫌だな……でも、テストが返却された日はすぐ帰ってこいって言われたし……うーん、ダメだ、もうやめよう。
小さくなったメモ用紙とハサミを、ブレザーの右ポケットに突っ込む。紙くずを捨てに行くのも面倒くさい。適当にかき集めて、左ポケットに入れた。綺麗になった机に突っ伏す。二の腕で耳を塞ぐようにして、光の射さない視界を、更に瞼で遮る。こうしていると、教室の騒々しさから距離を置ける気がするんだ。
あーあ、このまま、どこか遠くへ行けたらいいのになぁ……――。
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