第23話◇モルテ




 マーナルムが牢屋の鍵を破壊するのを、少女は不安そうに眺めていた。


 だがマーナルムが優しい笑顔と共に手を差し伸べると、しばらく戸惑いの表情を浮かべてから、そっと手をとって牢屋から出てくる。


 そこで、俺は自己紹介がまだだったことに気づく。


「俺はロウで、この綺麗なお姉さんがマーナルムだ。君の名前を教えてくれるか?」


「……モルテ、です。ご主人さま」


 なるべく柔らかい声音を意識するが、彼女の表情は強張っていた。


「そうか、モルテ。よろしくな」


「は、はい……」


「大丈夫だモルテ。あるじ殿はとてもお優しい方だから、怖がることはない」


 マーナルムがフォローしてくれるが、彼女の状態を思えば、そう簡単に会ったばかりの他人を信じられないだろう。


 それは仕方のないことだ。


 ほんの少しずつでも、距離を縮められるよう努力するしかない。


「モルテは知ってるか? この世には、不思議な道具が沢山あるんだ」


 俺は革袋から一つの鍵を取り出す。


 そして、モルテが閉じ込められていたものとは別の牢の前に立ち、錠に鍵を差し込む。


 見た感じ鍵穴は合わないように見えるが、何の抵抗もなく入っていった。


 そして、鍵を捻った瞬間。

 牢の扉が、木製扉に変身した。


「えっ」


 モルテも、これには素直に驚いたようだ。


 鍵を抜きながら、俺は説明する。


「『帰郷の鍵』というんだ。これを使えば、家に帰るのが楽になる」


 ――『帰郷の鍵』

 ――『帰郷の扉』とセットで使用する。

 ――鍵穴のついている扉に差し込めば、その扉を『帰郷の扉』に繋げることが出来る。

 ――一度繋げた後は、次に扉を閉めるまで空間は繋がったままとなる。ただし、同時に二箇所と繋げることは出来ない。

 ――特記事項・現在、この世界には『帰郷の鍵』を受け付けない鍵穴が存在する。

 ――希少度『A』


 とある遺跡を探索した際に発見した魔法具だ。


 これを使えば、空中要塞の自宅への一瞬で帰ることが出来る。


 扉を開くと、広い玄関ホールが見えた。


「行こう、モルテ。紹介したいやつが沢山いるんだ」


「まずはシュノン殿ですね。モルテも、彼女とはきっと仲良くなれると思います」


「だな」


 シュノンのコミュニケーション能力は非常に高い。


 おそるおそるといった様子で扉に近づいてくるモルテ。


 扉の向こう側を覗き込み、牢屋とはまったく違う景色が広がってることに呆然としている。


 まず俺が扉をくぐり、安全であることを示す。


 数分掛かったが、モルテは意を決したように、そっと足を踏み出した。

 ドキドキした様子で周囲を見回している。


 一瞬で異なる場所へ移動した、ということへの実感が湧かないかもしれない。


 あるいは牢屋から出られた実感が湧かないのか。


 最後にマーナルムもやってくる。


 扉は開いたままにしておく。

 まだ向こうでやり残したことがあるのだ。


「むむっ、ロウさまの匂い!」


 遠くからそんな声が聞こえたかと思うと、数秒後にはシュノンが玄関に駆けつけていた。


 走っていた筈なのに物音はなかった。

 彼女いわくメイド流疾走術だそうだ。


 俺と共に五年分成長した筈だが、シュノンの背丈はあまり変わっていない。


 今も昔も小動物系だ。ただし胸部の破壊力だけは増している。栄養が全て一箇所の成長に回されているのかもしれない。


 これを言うと怒るので決して口には出せないが。


「お帰りなさいませ、ロウ様。それにマーナルムちゃん。そしてそして~新しい美少女ちゃん!」


「ひゃうっ」


 シュノンのテンションについていけずビクッと震えるモルテ。


 しかしシュノンは挫けない。

 モルテに視線を合わせるように膝を曲げ、にっこりと笑いかける。


「私はシュノンといいます。とっても可愛い貴女のお名前は?」


「も、モルテです」


「モルテちゃん! お名前も可愛いですねぇ。お風呂に入って身体がぴかぴかつるつるになったら、もっと可愛くなると思いますよっ! お風呂嫌いですか?」


「わ、わからないです……」


「なんとっ! 確かにこのあたりの国だと、お貴族様でもない限り入らないっていいますもんねぇ。でも此処では誰でも入っておっけーなんです! 入りませんか、このチャンスに! お風呂、入っちゃいませんか!? それとも……シュノンとお風呂は嫌ですか?」


 シュノンの勢いに押されたのか、モルテは首をふるふると横に振った。


「嫌ではないってことですね?」


 今度はこくこくと頷くモルテ。


 シュノンは、にぱーっと太陽みたいに輝く笑みを浮かべた。

 あらゆる疑いを溶かす、天性の人たらし。


「ではでは参りましょう~。いいですね? ロウ様」


「あぁ」


 俺はシュノンに答えてから、モルテを見る。


「そいつより優しいやつを、俺は知らない。大丈夫だよ、モルテ」


「は、はい」


 シュノンがモルテの手を引いて、屋敷の奥に消えていく。


 他のメイドが集まってくる前に、俺とマーナルムは扉をくぐって洞窟内に戻った。


「……シュノン殿はさすがですね」


「本当にな」


 モルテの身体を見た時、あまりの姿に俺達は言葉を失ってしまった。


 だがシュノンはそういった驚きを一切表に出さず、モルテに微笑み掛けた。


 あいつは、そういうことが出来るやつなのだ。


あるじ殿が世界一優しいと評するわけです」


 マーナルムがぼそりと呟いた。


 ……おや?

 確かに先程、似たようなことを言ったが……。


 マーナルムにしては珍しく、拗ねているのだろうか。


「マーナルムより頼りになるやつを、俺は知らないよ」


 一応、思っていることを伝えてみる。


「! …………ありがとうございます」


 必死で抑えようとしているのだろうが、耳がひくひく動いているし、尻尾が緩やかだが確実に揺れている。


 喜んでもらえたようだ。

 そんな彼女を微笑ましく思う。


「お前も身体を洗いたいだろうが、もう少し付き合ってくれ」


あるじ殿の為ならば、地の果てまでも」


「ははは。今回はそこまでじゃないが、その時は頼むよ」


「必ずや最後までお供します」


 決意が重いな。


 そんな会話をしながら、俺達は盗賊の首魁のところまで戻る。



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