第2話◇死刑宣告? 追放処分?




 数日後の夜、父が家に戻った。


 そして俺は父の執務室へと呼び出されたのだった。


「【蒐集家】か」


 引き締まった体をした、壮年男性だ。

 後ろに撫でつけられた青の髪、鋭利な眼光、そこらへんの盗賊であれば一睨みで失神しそうな圧力。


 【剣聖】を前世に持つ、我が家の当主である。

 彼は執務机に腰掛けた状態。側近が横に控えていて、俺は父の正面に立っていた。


「申し訳ございません」


 謝っておく。

 期待外れには違いないだろうから。


「元より期待などしておらん」


 それならわざわざ呼び寄せて貴族の生活送らせた挙げ句、儀式を受けさせたりしないでもらいたい。


 俺がこの家で暮らすようになったのは三年前。

 母を亡くして行き場がなくなったタイミングだったし、食うに困らない生活は助かったが。


 ここから追い出される展開になったら、今度こそどうやって生きていこう。

 そんなことを頭の中で考える。


「鋼鉄の森に出没する怪狼かいろうを知っているか」


 突然、父がそんなことを言い出す。

 それでも俺はすぐに頷き、応じる。


「怪狼に縄張りを追いやられた魔獣によって、領民に被害が出ているのだとか」


 兄のニコラスからそんな話を聞いていたのだ。


 怪物並に凶悪な狼が、領内の森を支配しているようだ、と。

 魔力を使う獣を魔獣と呼ぶが、怪狼は馬鹿みたいにデカイ上に、強力な魔法も使えるという。


「それをニコラスに討伐させる」


「竜さえ屠る兄上であれば、怪狼といえどひとたまりもないでしょう」


 この会話何? と思いながら、ひとまず合わせる。

 貴族はこういう、遠回しな会話が多くて疲れる。


「貴様には、怪狼討伐の補佐を命じる」


 ――は?


「私が、ですか」


 明らかに、戦いに使えないと判明した妾腹の子。

 そんな俺に、兵士が束になっても敵わない怪狼退治に行けと言う。

 その意図はなんだ。


「補佐とはいえ、死地に赴くことには変わらない。これを達成すれば、【蒐集家】といえど我が息子として領民にも受け入れられよう」


 それを素直に受け取れるほど、俺は純真ではなかった。

 たとえば、無能な三男は化け物退治で死んだということにしたいのではないか、とか。


 そんなことを考えてしまう。


 裏で殺して逃走や病死と発表するのでは、不名誉だったり怪しかったりするが。

 実際に兄と共に化け物退治に向かう姿を色んな人に見せた上で生きて帰ってこなければ、『前世に恵まれないながら勇敢に散った息子』として、みんなにアピール出来る。


 たった三年しか貴族暮らしをしていない俺だが、我が子さえ道具扱い出来るのが貴族だというのは理解しているつもりだ。

 残念ながら、この考えを否定する材料を、俺は持っていない。


「どうした。何か問題が?」


 父の視線を受け、俺は応える。


「力を尽くします」


「出立は三日後だ」


 俺は頭を下げ、父の執務室を後にした。


 ――そんなに悪くない展開なんじゃないか。


 一番最悪なのは、内々に処理されること。

 この本邸の中でひっそり始末しよう、なんて思われるのが一番面倒だった。


 父の前では従順ぶっていたのも効いたか。

 仮にも貴族の血を引く者。不名誉な前世を背負ったことを恥に思い、自ら死地に赴くことも躊躇わない――とか、そんなふうに思われていたのなら幸いだ。


 これでひとまず、『鋼鉄の森』に到着するまでは死なない。

 そのあとどう逃げるかだが、これは少し悩ましい。


 兄の性格からして俺を直接手にかけることこそないだろうが、父の思惑を無視できるような人じゃない。

 つまり、俺を逃がしてくれるか分からない。


 ドラゴンを殺せるあの人から逃げるのは、かなり難しいだろう。

 まぁ、なんとかするしかあるまい。


 廊下を進んでいると、曲がり角からこちらを覗く目を見つけた。


「リュシー」


 名を呼ぶと、ぴょこっと飛び出してくる。

 氷のような青の長髪、くりっとした瞳に、ぷにっとした頬。

 七歳の妹、リュシーだった。


「こんばんは、おにいさま」


「あぁ、こんばんは。どうしたんだい?」


 彼女は不安そうに、廊下の向こうを見つめている。

 父の執務室がある方向だ。


「おとうさまとのお話、だいじょうぶでしたか?」


 半分しか血の繋がっていない兄に、この子はとてもよく懐いてくれている。

 とてとてと近づいてきた彼女の前に屈み込み、俺はそのすべらかな髪を撫でる。


「うん、大丈夫だったとも」


「ほんとうですか? おこられたりしませんでしたか?」


「あはは、リュシーは心配症だね。大丈夫、怒られなかったよ」


 暗に死ねと言われたかもしれない、というだけだ。


 きゅっと首に手を回されたので、少し躊躇ったが、そのまま彼女を抱き上げる。

 すると嬉しそうに、俺の胸元に額をこすりつけてくる。


 次男が意地悪だからか、あるいは外の世界からやってきた俺が珍しかったのか、リュシーは出会った当初から俺のところへやってくることが多かった。


「おにいさま、今日も前世のお話、してくださいますか?」


 儀式を受けた夜に、話をしてあげたのだった。

 妹からすれば、まったく知らない世界の話だ。

 俺にとっても、前世クロウの主観でしか体験できなかった世界だが。


 過去生継承の儀には、成功率向上のために様々な術式が施されている。

 その作用か、引き継げる『能力』以外の知識はあまり引き出せないようになっているのだ。


 たとえばクロウは『すまほ』とか『ぴーしー』なんて道具を使用していた。

 その形状や機能はある程度『記憶』で分かるものの、仕組みを知ろうと頭を捻っても、該当する知識を引き出すことは出来ないのだ。


 クロウが知らないだけかもしれないが、たとえ知っていても無駄らしい。


「もちろんいいとも。君の寝物語として役立つのなら、儀式を受けた甲斐もあるというものだ」


「ふふ、おにいさまったら」


 過去生継承の面白いところは、前世の自分にかかわる能力や出来事が、異能ギフトとして手に入ることだ。


 兄ニコラスの剣は刃こぼれせず、どれだけの血を浴びても切れ味が落ちず、また防衛戦においては彼の全能力が数倍以上に引き上げられるという。


 父の場合は逆に超攻撃的な異能ギフトで、刃を一閃させて大地を割ったことがあるという。


 そんな家からすると、【蒐集家】はそれは外れ扱いされるというもの。


 俺の異能ギフトは――真贋審美眼。

 偽物と本物を見分け、美しいものと醜いものを見分け、価値のあるものとないものを見分ける。


 こんなもの、目利きの商人ならば長年の経験で培えるもの。

 しかし、これは家に報告したものでしかない。


 実は、もう少し出来ることがあるのだ。



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