ナツキとユウキ

森下千尋

第1話

第一話

場面・ナツキの部屋


ナツキ「今日は特に収穫なし、か」


薄暗い四畳半、

私はモンスターを狩る為に縦横無尽に走り回る。

もちろん画面の中の話だ。

引きこもりも三年経つと、我ながら板についてくる。

石の上に三年、ならず。

四畳半そしてゲームの中にも三年、だ。


画面上を見ながら、傍らに置いたポテチを口に放り込む。

『バリッ、ボリッ』

むしゃ、むしゃ……。


ナツキ「ウマッ。クゥーッ、生きてるぅー」


絶妙な塩加減に、濃厚なチーズがアクセントとなっていて美味しかった。


ナツキ「一息いれますか」

ナツキ「このポテチには、強めの炭酸を合わせたいな」


冷蔵庫へ向かおうと席を立った瞬間、

『ピロンッ』

テーブルの上にあるスマホが鳴った。


ナツキ「…………誰だ?」


ユウキ「生きてる?」

ナツキ「死んでる」

ユウキ「返事はや、生きてんじゃん」

ナツキ「生きてちゃ悪いわけ」

ユウキ「生きてて嬉しいよ笑」

ユウキ「ただ、死んだように生きないでね」

ナツキ「なにそれ、説教かよ」


定期的に姉のユウキは連絡をくれる。

妹を心配しているのは分かっていたが、

大学に入る為に上京して、

ろくに友達の一人も作れず、すぐに中退し

『世の中には自分にしか出来ない何かがあるはずだ』

という大義名分を抱え、

そのままただの引きこもりに成り下がってしまった私には

引け目しかなかった。


ユウキ「いい加減、そろそろ外に出たら?」

ナツキ「考えとく」

ユウキ「それで何年経ったことやら」

ナツキ「何なの?」

ナツキ「今ちょっと忙しいんだけど」

ナツキ「用がないならまた今度に」

ユウキ「ナツキにはいないの?」

ユウキ「もう一度会いたい人とか」


ナツキ「は?」

ナツキ「意味わかんない」


ユウキ「マジな話」

ユウキ「いないの?」


会いたい人……。

両親と姉以外には久しく連絡を取っていない。


ユウキ「お父さんとお母さんいなくなったら」

ユウキ「あんた一生ひとりだよ」

ユウキ「いいの?」

ユウキ「良いわけ、ないよね」

ユウキ「恋人も、友達もいないなんて」

ユウキ「どうやって生きてくの」

ナツキ「うるさいよ!」

ナツキ「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れっ!」


ユウキ「まあ、引きこもりの寂しい人生だから」

ユウキ「会いたい人も、いないか」

ナツキ「聞いたところで」

ナツキ「ユウキに関係ないよね」

ユウキ「関係ない」

ユウキ「けど、会わせてあげてもいい」

ナツキ「は? マジ意味わかんない」

ユウキ「あんたが会いたいっていう人」

ユウキ「探して、絶対に会わせてあげる」


ユウキ「その代わり」

ユウキ「わたしが見つけ出したら」

ユウキ「あんたはそこから外に出ること」


ナツキ「余計にわかんない」

ナツキ「別に、家からなんてすぐに出られるし」


ユウキ「あっそう」

ユウキ「なら出てごらんよ」


ナツキ「…………」


食べものや生活で使用するものは全部ネットで買っている。

外に出る必要はない。

そう決めつけてから、本当に一切外へ出なくなった。

ベランダに洗濯物を干すひと時だけが

私は世界と繋がっていると信じることができる。


カーテンの隙間から外を覗く。

アパートの目の前には公園があって

子供が無邪気に走り回っていた。

夕日が傾いて一日が終わりへと向かっている。


昔から姉は勉強も運動も出来た。

クラスでも活発で男子からの人気もあった。

出来過ぎた姉とのバランスを取るように、私が産まれた。

地味なわりに勉強は出来ず、

愛想がなくてバイトは三回クビになった。

一生懸命走ったところで不格好な姿をからかわれた。


笑われる。

非難される。

相手にされずに無視される。

すべてが嫌で

狭い部屋の中、わたしは息を潜め暮らしている。


…………ひとりだけ、いた。

会いたい人が。


ナツキ「……たけうちくん」

ユウキ「えっ?」

ナツキ「竹内くんって言ってるんだよ!探せるんでしょ」

ユウキ「竹内くんって?」

ナツキ「…………」

ユウキ「わかった。探してみる」

ユウキ「いや、絶対見つけるから。その時は」

ナツキ「外でも何でも出てあげるよ」

ユウキ「良かった。じゃあ少し待ってて」

ユウキ「また連絡する」


意味がわからない。

ユウキのただの暇つぶしなのか。

何にせよ、探せるとは思えない。

竹内くんがどこで何をしているか、私にも分からないし。

そもそも最後に会ったのはいつだろう。

私は記憶を遡る。


竹内晶と初めて出会ったのは、高校の図書室だった。



場面・高校 図書室


アキラ「その本、借りんの。借りひんの」


放課後の図書室、

私は調べものがしたくて

本を山のように机に積み上げ読み漁っていた。


アキラ「なあ、聞いてる?」

アキラ「その本借りひんのやったら、おれ読みたいんやけど」

ナツキ「えっ、わたしですか?」

アキラ「他に誰がおんねん」

確かに、周りに他の生徒は一人もいなかった。

ナツキ「ど、どうぞ」

アキラ「ええの? おおきに」

アキラ「今じぶんが読んでんのもおもしろそうやな、見せて」

ナツキ「いや、わたしに、話しかけないほうが、いいですよ」

アキラ「何がなん」

ナツキ「いや、本当、友達が、減りますよ」

アキラ「それ、ほんま、笑っても、いい?」

私の話し方を真似して、彼はアハハと笑った。

ツーブロックにした茶色い髪が爽やかで眩暈がした。

きっと、

じゃんけんで負けたやつが、

オオタナツキと喋ってくる。

そういう遊びなのだ、

合点がいって耳まで赤くなる。

アキラ「なあなあなあなあ」

アキラ「いま、四回話しかけたから四人友達減ったかな」

ナツキ「はっ?」

アキラ「そういうルールじゃないん?」

ナツキ「いや言ってる意味が」

アキラ「友達が減りますよ~、って言ってるのも自分ルールなんやろ」

ナツキ「だから言ってる意味が」

アキラ「ほんなら、おれ無効化!」

アキラ「いや、あかんで。これはおれルールやって今決めたから」

アキラ「あ、やば。下駄箱に友達待たせてたんやった」

アキラ「いつもここにおんの? また、おもろい遊びあったら教えてな」

ナツキ「もしかして、あなた、バカ、なの」

アキラ「でもこれで下駄箱に友達おらんかったら」

アキラ「すこし笑えるなあ」

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