恋は十人十色
煌烙
臆病な僕の叶わない恋
僕が君に出逢ったのはいつだったろう。
確か、僕の親友と委員会が一緒で、その親友に頼まれて君に伝言しに行った時だ。
じゃあ、僕が君を好きになったのはいつだったろう。
君と挨拶を交わすようになって、たわいの無い話を沢山して。
君のコロコロと変わる表情とか、可愛くて透る声とか、さらさらで艶やかな黒髪とか、綺麗で真っ直ぐな
気が付けば僕は君に恋をしていた。
君が居るだけで世界は虹のように色んな色をしていて。
だけど_____。
君の瞳には僕は映らない。映るのは僕の横に居る親友の方。君の視線の先に居るのは、いつだってアイツだ。
そして君は僕が君の好きな人を知っている事を知らない。
一度、君がアイツの事を僕に愚痴った時、君は頬を膨らませて言った。
「もう、ホント
君がアイツを好きなのを知った上で僕は答えた。伝わる筈ないと分かっていながら、言えずにはいられなくて__。
「ぼ、僕は
たった一言言うだけなのに僕は凄く緊張した。僕の言葉を聞いて君は一瞬驚いた顔をして、直ぐにクスッと笑った。
「はははっ。私も
「……えっ?」
君の言葉に僕は自分の顔の熱が一気に上がるのを感じた。
僕の思い過ごし……?なんて思った僕が馬鹿だった。君はきょとんとして言う。
「えっ?友達としてっていう意味でしょ?」
ここで本当の事を言える勇気があったのならよかったのだけれど、僕は臆病だから、君への想いを誤魔化した。
「……そりゃ勿論。友達以外の意味なんてないじゃん」
ああやって誤魔化した事を凄く後悔しているんだ。だけど、君との関わりが無くなってしまう方が嫌だった。友達として傍に居られればいいと思っていた。だけど、いつだってアイツを見る君がいて、アイツが羨ましくて仕方がなかった。
君の瞳にはアイツだけが映っている。
あれから1年、僕は親友とも彼女ともクラスが離れたが、あの2人は同じクラスになった。それでも僕の日常は変わらないまま。
僕は彼女を見つけていつも通りに声をかける。
「湊ちゃん、おはよう」
「あっ、奏。おはよう」
そう言うと君は笑顔で返してくれる。君に挨拶されるだけで、名前を呼ばれるだけで僕は嬉しくて仕方ないんだ。でも、当然親友のアイツが近くにいる訳で。
「あれっ、
「西川!あ、アンタに関係ないじゃん!奏は私と友達だから挨拶くらい普通よ普通!」
そうやってアイツにからかわれる君は必死に弁解して、強がってる。だって君はアイツが好きだから。全部知ってる。その上で僕は平常心で会話に入る。
「ちょっと、
「何で奏が謝るの!?謝るの西川だし!」
「俺、別に何も言ってないけど?」
「西川、ホント最低!」
「へいへい。奏、先行ってんな」
新が行った後に湊ちゃんは聞こえないような声で呟いた。
「…………最低なのに、好きなんだよなぁ」
「えっ?」
はっきり聞こえたくせに。
悲しそうな顔した事に気付いたくせに、もう一度聞こうとした。聞きたくないのに、だ。だけど、君は僕が聞こえてないと思って誤魔化す。
「あ、いや、何でもない!じゃあ、私も行くね!」
「あっ、うん」
そうして僕は君が僕を見ていない事を自覚して、いつものように胸が苦しくなるんだ。
叶う筈のない恋を、僕はまだ追いかけてる。
いつも通りに下校時間の五分前を知らせるチャイムが鳴り響いた。帰り支度をしようと教室に向かうと、隣の教室のドアの前に一人の女子生徒が立っていた。
それが誰かすぐに分かって声をかける。
「湊ちゃん?何してるの、そんな所で。入らな……」
続きが言えなくなってしまった。
だって、教室の中で親友の姿があって、僕の隣の席の
教室の中を見て、彼女の瞳は涙で溢れてたから__。
驚いて僕は音を立ててしまった。僕は湊ちゃんの手を取って廊下を走って教室から離れた。見られた事に気付かれるのはまずいと思ったけど、それ以上に君をあの場から離さなきゃと思った。
ここまで来れば大丈夫だと思う所で止まって僕は湊ちゃんを横目で見る。こんな時まで彼女の泣いている姿が綺麗だとか思ってしまう。かといって、どんな言葉をかければよいのか分からない。
すると、湊ちゃんは震える声で言った。
「奏は……知ってた?」
「へっ?」
「あの子の事…………。ごめん、奏に言っても意味ないよね…はははは……」
力無く無理に笑う彼女を見て僕は戸惑いながらも返した。
「あ、あの子、僕の隣の席の子だよ。でも、新とそういう関係とは聞いてなかったから、驚いた…」
「…………そっか」
湊ちゃんはそう言ってまるで無理に笑って終わらせようとする。
「ごめん、ありがと。奏がいてくれて助かった。帰るなら帰っていいよ」
まるで突き放すかのように言った彼女に耐えきれなくなって僕は彼女を抱き締めた。そのまま無意識に本音を呟いていた。
「……何で、無理して笑うの?あんなの見て辛いのに何で笑うの?」
「ちょっと、奏……?」
「一人で泣こうとかって思わなくてもいいんだよ。僕は無理して笑う湊ちゃんを見たくない……。僕にくらい頼ってよ……」
そう言うと彼女は僕の腕の中で今まで抑えていた気持ちを泣きながら告げた。
「……あんなの、見たく……なかった」
「うん」
「悲しくて、辛くて……仕方ないよぉ」
「うん」
「ずっと、好き……だった…」
「…うん」
君の言葉一つ一つが僕の胸に刺さる。
君の想いは知っていた、けれど君の口から聞くと改めて君は僕を見てない事を思い知らされる。
しばらく泣いて落ち着いた湊ちゃんが僕から離れて赤くなった目で告げた。
「ありがと、奏…。スッキリした」
「うん…」
「あーあ、失恋しちゃったな。好きな人居る人を好きになるなんてね…。奏みたいに優しい人にすればよかったなぁ」
そうやって君は少し吹っ切れたように言った後、僕は無意識に口を開いた。
「……じゃあ、僕にしてよ」
「…えっ?」
「湊ちゃんが次に好きになる人、僕にして」
戸惑って驚いた顔をする君の綺麗な瞳を真っ直ぐ見つめて言った。
「湊ちゃんが好きだ」
君が困るのなんて分かってる。
泣いた君の顔を見て、どれだけ君が好きか今やっと分かった。
伝えずにいるのは後悔する気がするから。臆病は、もうここでさよならだ。
君を絶対泣かせない。
君を絶対傷付けたりしない。
君を毎日笑顔にさせる。
今日のあの一つの出来事でそう強く思った。
俺の言葉を聞いて酷く動揺して湊ちゃんはどもりながら言う。
「……ちょ、ちょっと、奏。ふざけすぎ。冗談なんでしょ?」
いつもの僕なら以前のようにここでまた誤魔化していただろう。だけど、もう誤魔化さないって決めたんだ。
「冗談、じゃない。僕は本気で湊ちゃんが好きだ」
「………う、嘘。だって私は………」
「新が好きなんでしょ?ずっと前から知ってるよ。ずっと僕は湊ちゃんを見てたから。でも、それでも僕は君の恋が叶えば、幸せならいいと思って今まで言わなかった。君に好きな人がいたから言えなかった。密かに思っているだけでよかったんだ。でも、今日あんな事があって思ったんだ。僕は君を絶対泣かせないって」
僕は緊張しながらもはっきりと自分の言葉で彼女に想いを伝えた。湊ちゃんは戸惑って僕に言った。
「そ、んな…急に……。だって、奏は私の友達で……」
「突然こんな事言ってごめん。今直ぐ返事が欲しい訳じゃない。只僕の気持ちを知ってて欲しかったんだ。だけどね湊ちゃん」
僕は一度言葉を切って大きく深呼吸して湊ちゃんに告げた。
「絶対、湊ちゃんを振り向かせる。今は新の事で辛いの知ってるから、君の気持ちの整理がついたら僕の事、考えてくれないかな?」
僕が話し終わると湊ちゃんは戸惑いながらもこくんっと首を縦に振った。
彼女の仕草を見て僕は笑った。
「ありがと、湊ちゃん。じゃあ、僕帰るね。また明日」
「……うん、また明日ね」
俯いたまま湊ちゃんは僕に挨拶を返した。
その場を立ち去って僕は下駄箱で足を止めた。
明日、彼女との関係が終わるかもしれない。
彼女と友達でいられなくなるかもしれない。
もう二度と話す事もなくなるかもしれない。
急にそんな事を考えて僕は苦しくなった。
想いを伝えたのに、あるのは不安だけ。大好きな彼女がもう二度と僕にあの笑顔を見せてくれないなんて思うと怖くて仕方ない。
だけど、その一方で僕は清々しい気分だった。
後悔しているのかいないのか分からない。そんな気分だった。
次の日、僕は緊張して登校した。
湊ちゃんにちゃんと挨拶できるだろうか。
湊ちゃんは僕に挨拶を返してくれるだろうか。
色々と考えながら歩いて下駄箱に靴を入れた後、挨拶をされた。
「お、おはよう、奏」
「み、みみみ湊ちゃん!?お、おはよう!!」
ばっと振り返ると湊ちゃんだった。まだ心の準備ができていなかった僕は声が裏返ってしまった。恥ずかしいと思っていると湊ちゃんはクスッと笑った。
「ふふっ、慌てすぎ。その顔私が話してくれないって思ってた?」
「…………ちょ、ちょっとだけ……」
正直に言うと湊ちゃんはまた笑った。
彼女の笑顔を見られて僕は嬉しくて仕方なかった。
すると湊ちゃんは僕を真っ直ぐ見て告げた。
「奏。私、西川の事まだ引きずってる。だけどね、奏の事、ちゃんとこれからは一人の男の子として見るから。だから、振り向かせてね」
「えっ、あの、湊ちゃん!?」
湊ちゃんの言葉に驚いて僕は慌てる。
そんな僕を見て湊ちゃんは少し意地悪に笑った。
「ほら、返事は?」
そんな小悪魔のような君に僕は平静を装って答えた。
「……み、湊ちゃんを、振り向かせてみせます!!」
そう言った僕に君はいつもの笑顔を見せた。
君を振り向かせる為に僕は精一杯頑張るよ。
だから、覚悟して。
臆病な僕の「叶わない」と思っていた恋が実るのは、もう少し先の話。
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