天使の歌
明るい日の差す鳥籠の中。
ひとつの音に反応して歌う鳥。
その中に一人、翼も無く、歌いもしない鳥がいた。
彼女の名前はドゥンケル・ハイト。
烏のような黒い髪と、深緑色の目を持っている。
声が出ない訳ではない。話すことは出来るのだから。
ただ歌わない。
「歌わなくちゃ、貰い手がいなくなるのにね」
周りにいる鳥が囁き、嗤う。
実際、歌の綺麗な鳥から貰い手が決まっていく。
ハイト以外は皆、誰よりも早く貰われていこうと日々歌声を磨き、自分を磨いた。
それでも、何と言われようと、ハイトは一瞥くれてやっただけで視線を戻す。
真っ直ぐ前だけを見て、彼女は媚びる事なく、信じられる人を待っていた。
いつまでも売れ残り、それでも決して歌おうとしない鳥は、鳥籠から出された。
どこへ行くのかも知らないまま、ハイトは店主についていった。
店の裏側にある扉から押し出されてしまった。
素足に感じるのは、ざらついた土の感触。
「捨てるなら俺にくれないか」
裏口に出た途端、足元から聞こえた声に驚いた店主は、ボロ布を纏った男を見た。
金は取れそうにない。
「好きにしろ」
その一言とハイトを残し、店主は店へと戻っていった。
ハイトは身構えたが、男からの敵意は感じられず、優しい響きの低い声がハイトを新しい家まで導く。
男の名はリヒトという。貧しいが優しさのある人だった。
共に過ごすようになって、ハイトは彼を信頼するようになった。
でも、まだ歌わない。
歌の事となると、いつも「まだその時じゃない」といって歌おうとしなかった。
その後、三十年ほど二人は一緒にいたが、リヒトがハイトの歌を聞いたのは生涯で一度だけだった。
ある朝、いつもなら傍にいるハイトがいなかった。
彼女を探すために町中歩き回って、疲れて帰ったねぐらに見慣れないものがいた。
緑、赤、青、紫……様々な色から成る黒い翼。振り向いた深緑色の目が、戸口で立ち尽くすリヒトを見る。
「おかえり」
三十年前から全く変わらない容姿には差ほど驚かない。そういうものだと知っているから。
彼女が歌わないのにも、なにか理由があったのだろう。
いつの間にか悟っていた。
翼を背負ったハイトが音を発する。
優しく、静かに響く声がリヒトを包み込む。
「迎え…か」
呟きにハイトが頷くのを見て、歌声が広がっていく中、彼は体から力が抜けていくのを感じた。
「さよなら。リヒト」
歌い終わったハイトはそういうと、動かなくなった彼を残して飛び立った。
終
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