嘘つき暴言バーゲンセール

エリー.ファー

嘘つき暴言バーゲンセール

 パソコンの上に、踊る妖精を見つけた。

 基本的に、踊りながら日本の政治家の悪口を言って真夜中を通り過ぎていく。

 何が楽しくてそんなことをしているのか分からない。たぶん、暇なのだ。自分の人生に降り積もった時間を解消する手立てがないのだ。分かりやすい壁に泥を投げつけて、僅かばかりの跡が付くことを楽しんでいるのである。きっと、ストレスを抱えていて、それがどこかに消え失せることもなく、むしろ自分の体に跡を作り、いつか消えるはずだと願っているのだ。

 そんな日など来ないのに。

 最近、戦争があった。

 遠くの国で起きた。

 妖精は黙ってしまった。

 話すことなど何もないという風であった。

 ある日、日本の政治家が何か発言した。

 妖精は少しだけ笑顔になったが、またすぐに無表情になった。

 日に日に妖精は小さくなっていくようだった。

 私は心配で話しかけようとしたが、妖精の言葉が分からない。通信教育で習おうかとも思ったが、思った以上に費用がかさむ。これでは、手も出ないというもの。

 妖精を見守りながらも、どことなく疲れている自分に気が付くのだった。

 ある日、妖精は消えてしまった。

 その代わりのように、私の周りの人たちが日本の政治家の悪口を言うようになった。最初こそ、笑って聞いていたが段々と不愉快になった。誰のことであっても、悪口や陰口など耳に好き好んで入れるようなものではない。

 私は一人でいることが多くなった。

 電化製品売り場、地下のトイレ、自動販売機の裏、廊下の隅、図書館の屋根裏。

 静かで湿っていて、自分を感じられる場所ならどこでもよかった。

 ある日。

 私は自分の姿を鏡で見た。

 そう、妖精になっていたのだ。何をすればいいのか分からないし、何がきっかけで妖精になったのかも分からない。人間に戻ることができるのだろうか。不安がつきまとう。

 近くに妖精が住んでいるという噂を聞いて、東武東上線の上りに乗って二つ先の駅で降りた。

 森が見えた。

 空気が美味しく感じられた。

 妖精になったのだから、こういう場所に住むのが良いのかもしれない。引っ越しを検討した方がいいだろうか。

 そんなことを想っていると、ハーレーに乗った老人がこちらに向かってきているのが分かった。髭は長くへそのあたりまであり、太い腕には月のタトゥーが彫られていた。不思議と優しそうに思えた。

「よう、あんたか。俺に会いに来たのは」

 よく見ると老人は人間ではなく妖精であった。ただし、神聖さは皆無である。俗にまみれているのだろう。

「今日は、よろしくお願いいたします」

 近くの喫茶店に入り、コーヒーを御馳走してもらった。

 話した内容は、大したものではない。

 妖精の寿命が短いこと。嘘をつきすぎると体がかき消えてしまうこと。人間との恋愛はご法度だということ。麦茶を飲むと調子がよくなること。等々。

 二時間ほど話して、そろそろ帰ろうかと思った時である。

「妖精になったら、何か愚痴でも吐くといい。すっきりするぜ。人間じゃないんだから、色々なしがらみから解放されたことを実感した方がいい」

 私は近くに大きな公園があると聞き、そこに向かって飛んでいくことにした。

 もう、妖精のままでもいい気がしていた。

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