第六章 ギュッと、しちゃった

地下鉄のエスカレーターを昇りきると、私は目的の場所に向かってヒールの音を立てて小走りになっていた。


待ち合わせの時間まで、それほどの余裕はなかったから。

急ぐ足取りで、私は10年前のことを思い出していた。


※※※※※※※※※※※※※※※


「えっ・・・・?」

驚くヤツの声を私の胸で押しつぶしていた。


気が付くと可愛いサル顔を私はギュッと抱きしめていたのだ。

可愛い小さな男の子が愛おしくて堪らなかったから。


ヤツは戸惑いながらも私の背中に両腕を廻していた。

温もりが互いの全身を包み暫らくジッとしていた。


ハッと気づいて身体を放した。

ヤツの目尻に光る涙がいじらしく、また、ギュッとしたくなった。


よく見ると、ヤツの鼻先と頬に絆創膏が。

その訳を聞いて、私は噴き出した。


「昨日、ここで予行演習したんだ・・・」

「だって、ヘッドスライディングなんか、地面じゃ痛いし、芝生でも結構、擦りむいたし・・・」


私の胸はキュンキュンしていた。

同時に脳裏に浮かぶヘラヘラ顔の山田に向かって、拳を握りしめていた。


(お前のせいじゃないぞ、山田っ!)


そして、また彼をギュッとしながら心の中で呟いた。


(コイツだから・・・可愛い、コイツだから)


それ以来。

二人は恋人同士になった。


学校からの帰り道。

一緒に歩く程度の仲だったけど。


私は嬉しかった。

世界中で、一番、幸せだと思ったんだ。


本当に・・・。

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