1.2

 この『私立アリシア魔法学園』の学園長である『仮屋園朱里かりやぞのしゅり』と言う女性。実は旧姓『神之原朱里』と言って、あたしのおばぁちゃんの妹なのだ。


 おばぁちゃんがまだ、『神之原家』13代目当主をやっていた頃はしょっちゅう我が家にやって来て事務的な事をやっていた。だけど、当主をお母さんに譲った時からアリシアの学園長になったとか。


 昔から『神之原家』の当主になる人間はしっかりしているように見えて、何処か残念なところもあるから周りのフォローが無いと……

 と言うより、周りのフォローがあるからこそ当主をやれてるっておばぁちゃんもお母さんもよく言っている。


 14代目のお母さんが、お姉さんであるキラリんのフォローがあるのと同様に、おばぁちゃんには朱里おばちゃんが必要だったらしい。



 でも、この2人はしょっちゅう喧嘩をしていた。と言うよりは、おばぁちゃんの方が一方的に叱られてたのを幼心に見ていたのだけど。


 でも、結局はこの朱里おばちゃんも家族や一族にとっても甘々で、おばぁちゃんもいっつも頼りにして。と言うより、未だに感謝してるって言ってるし。


 お母さんが当主になってからあまり家には来なくなったけど、それまではよく来てくれてたからあたし達兄妹からすれば第二のおばぁちゃんなのだ。



「ん〜〜〜っ、志乃分吸収ぅぅっ! 若返るぅ〜っ!」



 何故か我が家や神之原一族、特に女性陣はあたしに抱きついては志乃分(養分)を吸いまくってくる。15歳の身でありながら、そのうちあたしは干からびてしまうんじゃ無いかと本気で心配になってしまう程だ。


 ちなみに、お父さんと次男の莉弥りいやはかなり遠慮がちに来るけど、長男の斗弥とうやは女性陣同様、いやそれ以上に志乃分を吸収しにやってくる。

 もしかしたら、そうやってあたしを潰しにかかってるのかもしれないし。


「あっはっはっ! 斗弥がかい? 無い無い、あの子は純粋に莉弥や志乃や由乃が大好きなだけっちゃ」


 まぁ考えてみれば早くから実家を出て頑張ってる斗弥は家に帰って来ると、必ず莉弥やあたしや由乃にハグをしにやって来る。それに、おばぁちゃんやお母さんやお父さんのお手伝いは嫌な顔ひとつ見せず率先してやってるし。


 斗弥が15歳で家を出てから週に2度はあたし達と電話連絡してるのは4年経っても変わらないし、2日置きにチャットするのも変わらない。


 実に弟妹思いなのは変わらないし、次男の莉弥もその影響を受けて2年前に家を出てから毎週電話連絡もしてるしチャットもしてるし。


「ほんと、あんた達は仲がいいねぇ。沙弥しゃみもいい孫を持ったもんだよ」


 そう言って、微笑む朱里おばちゃん。あたしは両手を後頭部に当てて、口を尖らせながら言葉を出した。


「そんな事より朱里おばちゃん、ホント久しぶり過ぎだよ。昔は毎日のように家に来てくれてたのに、最近ちっとも来てくれなしぃ」


 その言葉を聞いた朱里おばちゃんは、右手で後頭部を掻きながら言ってくる。


「去年から男子校の方の学園長もやらされることになっちまって、なっかなか時間が取れなくなったけね。全く、学園長がこんなめんどくっせぇ仕事って分かってたらせんやったっちゃけんどね」


 朱里おばちゃんの、この口調……



 和むわぁ……



 朱里おばちゃんはコッテコテの北九州弁使いで。この口調を聞いてて落ち着くのは、やっぱりあたしも北九州市民のDNAが色濃く染み渡ってるんだってことが実感出来る瞬間だった。


 おばぁちゃんも昔はもっと凄く使ってたのを思い出す。ただまぁ、おばぁちゃん自体も色んな人と接したりする事が多かったから徐々に薄れていったんだろうけど。


「朱里おばちゃんとこの家族、みんな元気にしとるん?」


 思わず北九州弁が漏れ出てしまったけど、あたしの質問に朱里おばちゃんは半笑いで答えてくれる。


「あぁ、旦那はとっくに逝っちまっとるし、息子共は嫁の実家の近くに行っとぉし。孫も全員男やったし、初期魔力も人並みやったけアリシアにも来れんやったけねぇ。でもまぁ元気にしとぉみたいやね」


 と言って、肩をすくめた。


 考えてみたら朱里おばちゃんとこの家族に会ったのも、確かおじぃちゃんのお葬式の時だけだ。確か、あたしと同い年の男の子が居たけど俯いてばっかりで一度も話した事も無い。


 それから直ぐにお母さんに代替わりしたから、その時から朱里おばちゃんはアリシアの学園長になったのだ。


 話があった当初は断ってたみたいだけど、今度はおばぁちゃんが支えるからって事で学園長に収まったそうで。


 おばぁちゃんも毎年10月に2週間程特別講師として学園にやってくるし、学園の重要会議の時はアドバイザーとして度々出席しているみたいだ。


「でもまぁ、またこうやって志乃といつでも会えるようになったけ退屈しなくてすみそうやね。たまにはお茶でも飲みにきぃよ」


 と言って微笑む朱里おばちゃんに、あたしは肩をすくめながら言った。


「大丈夫ぅ? 職権乱用じゃないのぉ?」


 すると、朱里おばちゃんは再びカラカラと笑いながら答えてくれた。


「いぃよいぃよ、そんぐらい。そうでもせんと学園長なんてやっとられんって言っちょぉきね。それに、せっかく志乃がおるんやけお話せんと」


 そう言って、ウインクを飛ばしてきた。何だかホントおばぁちゃんと話してるみたいだし、まるで実家に居るような感覚になってしまってちょっと嬉しいかな。

 そんな朱里おばちゃんが、突然悪戯っぽい顔で言ってくる。


「ほんで、早速やらかしたって聞いたっちゃけど、きっちり仕留めたんやろ?」


 情報早いなぁと思いつつ、でもまぁ学園長なんだから報告はいの一番だろうしねと思いながら、あたしは答える。


「まぁね。訓練場では蹴りを1発お見舞いしてやったけど、此処に来る時にあんまりムカつかせるもんだから手加減バリバリの『殺気』を飛ばしてやったかな」


 そう言うと、朱里おばちゃんは机に戻って1枚の紙を持ち上げて言った。


「剛堂牙門は地元でも札付きの悪やったらしくって、両親も手をやいとったみたいでね。そんでも初期魔力は申し分なしやし、更生の余地は充分あるっち言う事になったけんね。やけん、アリシアでみっちりシゴいちゃろうって思いよったんやけど、どうやら志乃に先を越されたようやね」


 そう言って、肩をすくめた朱里おばちゃん。あたしも苦笑いで返す。

 と、あるものに目が行きトテトテその場所に近づいて確認する。


 それは、来客用のティーセットが置かれている棚の端っこにある、見覚えのある黄色いマグカップだった。あたしはそのマグカップを眺めながら声を出す。

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