嬉しい再会

1.1

 

『私立アリシア魔法学園』は北九州市小倉南区道原の山奥に広大な土地を持ち、様々な施設を要している。


 まずは先程、入学式で使用された大講堂やアリーナを含む各闘技場に、大小4つの訓練所にバス200台乗用車1万台も止められる駐車場がある。全体の広さ的にはミクニワールドスタジアム(ミクスタ)が8個分くらいだろうか。


 次に、あたし達が昨日までいた寄宿舎と陸上競技用のグランドが男女用に2つ。


 一昨日に行われた魔力計測会場は日頃は実戦形式の訓練が行われる野外フィールドであって、そこには300人を収容できる待機所が上下2箇所ずつの計4箇所あるのは前章で説明した通り。


 魔力測定の時は場所を区切って会場にしていたみたいだけど、本来の野外フィールドとしては直径12キロの円形状になっているとか。


 余談ではあるけど、『私立アリシア魔法学園』は日本三大魔法科学園のひとつであり、個々の魔力の向上を重んじる為に魔力を全力で出せるように人里から離れた場所に設けられているらしい。


 その結果、一番下界に近い大講堂ですら学園専用のバスで25分程の中継所に降りて、そこから別の専用バスに乗り換えて更に山道を下る。


 菅生の滝から道原貯水池を経由し、紫川を沿うように移動して国道に辿り着くまで1時間以上かかるのだ。まぁ飛ばし屋なあたしのお母さんは、この道を30分で走破するんだけど。



 そして今、あたし達は『私立アリシア魔法学園』の女子校舎を含む広大な敷地で、本年度新入生240人が大講堂から10分のバス移動を終えて本校舎までの光景を眺めながら佇んでいる。


 校門から校庭前までは大型のバスが20台は余裕で止まれそうな駐車場。校庭から校舎までは植物園の様な芝生や花壇があちらこちらにあって、その周辺にはベンチが数脚置かれていた。


 駐車場側からは第1校舎しか見えないけど、学園の見取り図ではこの奥に第2校舎がある。その奥が運動場。

 運動場を挟む形で右側に体育館があり、左側には1階に室内プール場と食堂施設が備わった2階建ての講堂があった。


 更に、学園横の道路を5分程徒歩で移動した先に女子寮があるようだ。



 あたし達は駐車場で待っていた先生方に連れられて講堂に入り、クラス毎に割り振られた席に着いて明日からの学園生活の話を聞いている。



 1クラスに40人の6クラス。



 喜ばしいことに、あたしの前の席にカノっちがいて、あたしの後ろの席にはツクが座っていた。他にはいないだろうかと探してみると、ハヅキチとなるぴょん、そして真浄寺咲奈しんじょうじさなが同じクラスのようだった。


 後から聞けば、須藤ツインズが同クラスでマイマイとさくらも同クラスらしい。どうやら寮での同部屋同士は同じクラスになっているようだった。


 ちなみに、ここ何十年も寮での個室は使われた事が無いらしく、今年も個室申請は無かったらしい。



 講堂での話は15分程度と短く、本来なら教科書類や体操服等を受け取るはずだったとか。何かの手違いで荷物が届かなかったらしい。


 という訳で、寄宿舎から持ってきた荷物だけ持ってこの後に行われる入寮式へ向かうべくクラスごとで移動を始める。そして、いよいよあたし達のクラスが講堂を出た時だった。突然、あたしを呼び止める声が聞こえた。



「神之原志乃さん、学園長がお呼びです。此方へ」



 声がした方に視線を向けるあたし。そこにはシンプルな黒のビジネススーツに細いメガネを掛けた女性の職員が、他の生徒が進行している方とは逆の方向に手を向けていた。


「学園長が……ですか?」と呟くと、こんな時には必ず突っ込んでくるのが関西人の性なのだろうか、ハヅキチがいやらしい声で言ってきた。


「なんやなんやぁ志乃、また呼び出しかいな。さっきの変なのにしろ学園長にしろ、モテる女は辛いなぁ。んで、何したん?」



 好奇心丸出しである。



 いやぁ……


 あたしは別に何にもしてないし、さっきの訓練場での事は申請書を出してるから公式だし。大講堂前での出来事は手を出した訳でもないし。



 殺気は出したけど……



 すると、ビジネススーツの女性職員はあたしを促すように声を出した。


「入寮式もありますので、お時間は取らせませんとの事です。此方へ」


 まぁ、そう言われたところで断れる訳でもないし。あたしはハヅキチに肩をすくめるだけで答る。

 近くで控えていたツクやカノっちやなるぴょんに「後でね」と言って軽く手を振り、女性職員の後を着いて行った。



 講堂から第1校舎に移り、校舎の真ん中辺にある職員専用のエレベーターを使って最上階の4階に降り立った。そして、学園女子校側の事務員を名乗った女性の後に着いて廊下を歩く事暫し。


 東側突き当たりの扉の前で止まり、扉横に備え付けられたインターホンのボタンを押して事務員の女性が声を出す。


「学園長、神之原志乃さんをお連れしました」


 それから2秒ほど遅れてインターホンから短く、「どうぞ……」と声が出てくる。


 インターホン越しでも分かるくぐもった緊張感のある返答に、職員の女性の背筋がピンッと正される。強ばった右手でドアノブに手を置いて右手を下に押し込んで扉を開けた。


『カチャ』じゃなく『ガチャッ』と音が鳴るだけで、この扉は見た目以上に厳重に作られているのだろうと想像出来る。しかも、開かれる扉は普通の扉より厚みがあった。

 インターホンを使うと言うことは、防音効果も高そうだ。


 まぁ、学園長の部屋だけあって重要な会議が行われるのだろうから厳重な作りになっているのだろう。扉を完全に開ききると、正面には社長室にでもありそうな大きな机があった。

 机上には電話型モニターホンと書類数枚しかなくスッキリと整理されている。


 その奥に立っていた初老女性……にしては若々しい学園長が机を回り込むように移動し、あたし達の真正面に立って此方に厳しい視線を向けていた。


「失礼します」と言って、一礼した事務員の女性の後からあたしも部屋に入り込む。学園長は女性を見た後にあたしに視線を送り、そしてまた女性に視線を戻して声を出した。


「ご苦労。ところで、教科書類の方は間に合ったのか?」


 と、何だか怒った口調で言い、事務員の女性は頭を少し下げて答えた。


「申し訳ございません、本日学園で渡される教科書類と新入生用の体操服は事務側の手違いで入荷が遅れてしまいまして、新入生に渡すことが出来ませんでした。先程の連絡によれば後1時間程で到着するそうで、直接女子寮の方に運ぶように手配致しております」


「そうか……」と言って学園長は目を瞑り、ゆっくりと目を開けてから言葉を続ける。


「分かった……以後気をつけるように。下がりなさい」


「はい」と言って、深々と礼をした事務員の女性は一歩下がり、「失礼しました」と声を出して入口まで移動して扉をゆっくりと閉めた。


 あたしの目の前では険しい目付きの学園長が女性を目で追い、扉が閉じていくのを変わらぬ目付きで眺めている。


 ガチャッと、重厚感タップリの音がして暫し……



「志乃ぉっ!!! 久しぶりぃっ!!!」

「朱里おばちゃぁんっ!!! 久しぶりぃっ!!!」



 っと、弾けるように笑顔になり、ぶつかり合って抱擁する2人なのだった。

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