春の色

 部屋に戻ると秋人と小桜さんはまた床に寝転がった。


「「めっちゃおなかいっぱい」」


「二人とも…それ昨日も見た気がするんだけど」


 僕は寝転がっている二人を見ながら言った。


「昨日は温泉、今日はご飯で違うからセーフ」


 秋人は小桜さんに同意を求めた。


 小桜さんもうんうんとうなずき二人は仰向けになってごろごろしていた。


「セーフって。はぁ……もうちょっとしたら出るから準備はしといてよ」


 僕が二人にそう言うと、は~いと気だるげな感じで返事をした。


 やれやれと思い彼女の方を見て


「渚さんも準備しといて…」


と言おうとした。


 彼女は昨日僕があの子を見つけた場所にいて空を見ていた。


悲しげな顔をしているように見えたが、彼女は僕の声に反応して


「私はもう準備してあるから大丈夫だよ」


と僕の方を見て笑った。


「さすが渚。ついでに私の分も…」


「それは自分でやりなさい」


 彼女は笑顔で小桜さんに言った。


「うう、はい」


 さっきとは正反対の立場になってしまった小桜さんを見て秋人は笑っていた。


 二人が休んでいる間に僕は旅館の人に話を聞いてみようと思い、ロビーに向かった。


 受付のところにいる女性に


「あの…すみません。この辺りって昔どんな地域だったんですか?」


「どうしたんですか?突然」


「いやその昨日小さい女の子に会ったんですよ」


 と僕が言うと受付の人は驚いて、支配人の矢井田さんを呼んできてくれた。


「水篠様こちらへ」


 僕は促されるままちょっとした個室に入った。


 部屋に入るなり矢井田さんが


「女の子ってもしかして五・六歳の小さな子ですか?」


 と聞いてきた。


「えぇそうです」


 僕は答えた。すると矢井田さんは話し始めた。


「そうですか。この辺りは昔差別意識が強い集落だったらしく生まれてきた子の性別が村長の占いと違うと忌み子と言われ、知恵をつける前に山に捨てるということをしていたようです。そう言った子が何度か視えることがあるようです。私も一度だけ子どもを見たことがありますがどうにもできなくって」


 なるほど……そういうことかと僕は納得した。


 そんな理不尽な捨てられ方をして両親をずっと待っていれば、あんな悲しい色になるのも合点がいく。


 少しでもあの子が向こうで幸せになっていればいいなと僕は祈った。


 僕は部屋に戻り、あの場所を最後に見た。


 一輪の花が静かにそっと咲いていた。


 僕たちはチェックアウトを済ませるためにロビーに行った。


「あの、チェックアウトお願いします」


「はい、水篠様。今回は当館をご利用いただきありがとうございました。是非またご利用ください」


「こちらこそこんな素敵なところに招待して頂けていい経験になりました。また来ますね」


 秋人たちも女将さんに会釈をして僕たちは翡翠館をあとにした。


 その後僕たちは緑生い茂る山の中をゆっくりと下った。


「凄い良いところだったね」


 小桜さんが秋人に言った。


「ああ、特に料理がすげぇおいしかった」


 秋人は満足げにそう言った。


「確かに料理はすごいおいしかったよね」


 彼女も料理を思い出して笑顔になっていた。


「秋人と桃は少し食べ過ぎだったけどね」


 僕は二人を見ながら言った。二人は


「「あはは」」


 とごまかすように笑った。


 そんな話をしていたら駅に着いた。


 僕はまたみんなとこんな風に旅行に行けるといいな、なんて考えて帰りの電車に乗った。


 その日の夜みんなが携帯で撮ってくれた写真を見返していたら、見覚えのない写真が一枚あった。


 それは僕と彼女とあの子が笑顔で遊んでいる写真だった。


 そこに写る僕たちはまるで本当の家族のような温かい色をしていた。

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