幸せの色

 次の日の朝起きると彼女が


「おはよう葵君」


と何事もなかったかのように挨拶をした。僕も


「おはよう、渚さん」


と返した。


「さて、秋人たちも起こさないとだね」

 

 僕たちより早く寝たはずの秋人と小桜さんはスヤスヤと気持ちよさそうに寝ている。


「秋人。起きろ朝だぞ」


 僕が秋人を起こそうとすると秋人は


「母さんあと五分」


と寝ぼけて言い、慌てて起きた。


「俺、今なんて言った?」


 秋人が僕に聞いてきたので僕は秋人の真似をして


「母さんあと五分って言ってたぞ」


と言うと秋人は


「油断した完全に家だと思ってた」


と言い恥ずかしくなったのかまた布団にこもった。


 向こうでは彼女が小桜さんを起こしていた。


 小桜さんも秋人と同じで朝が弱いのか布団をつかんで離さなかった。


 渚さんがやっとのことで小桜さんを起こした。


「あ~葵君おはよ~」


 小桜さんがまだ眠そうに言ってきた。


「おはよう、よく眠れたみたいだね」

 

 僕がそう返すと小桜さんは


「うん布団が気持ち良すぎてぐっすりだよ。眠気覚ますために顔洗ってくる」


 とふらふらした足取りで洗面所に向かった。


 秋人はまだ布団にこもっているので僕は布団をはがす。


「ほら桃さんも起きたから秋人も顔洗ってこい」


と秋人を無理やり起こした。


「分かったよ起きるよ」


 秋人はあーあ、めっちゃ恥ずかしいなと言いながら洗面所に行った。


 彼女が近づいてきて


「ねえ昨日のこと覚えてる?」


と聞いてきた。僕は


「うん。もちろん覚えてるよ」


と返した。


「じゃあやっぱり昨日のことは夢じゃなかったんだね。あの子が言ってたいみごって昔あった差別的な意味の忌み子のことだよね。この辺ってそんな風習があったのかな?」


「どうだろう?あったとしてもこの旅館が出来る前のことだろうからだいぶ昔なんじゃないかな」


「そうだよね。でもちゃんと向こうに行けてたらいいな」


「そうだね。向こうで友達いっぱい作れるといいよね」


 僕と彼女はあの子が幸せになることを願っていた。


「二人で何の話してるのー」


 小桜さんが彼女に飛び込んだ。


「ん~幽霊の話」


 彼女はそう言って小桜さんを床に下した。


「えっ幽霊…それは聞きたくないかも」


 顔を引きつらせて耳をふさぐようなそぶりをした。


「なんか幽霊って聞こえたんだけど誰か視たの?」


 秋人が小さく縮こまりながら戻ってきた。


 確か秋人も幽霊が苦手だった気がする。


「渚さんこの話はあとでにしよっか。幽霊苦手そうなのが二人もいるから」


 僕は秋人と小桜さんを見ながらそう言った。


「秋人君も幽霊ダメだったの?それは意外だったな」


 彼女はびっくりしていた。


「うん、幽霊とか視たことはないけど見えないものって怖くない?昔っからダメなんだよね」


 彼女は無邪気に笑った。


 話を横で聞いていた小桜さんは彼女に


「ねえそれより今、秋人君って」


 少し焦った顔をしながら聞いていた。


「え?だって葵君は下の名前で呼ぶのに秋人君は上の名前だと変な感じしない?」


 彼女は首をかしげながら小桜さんに返した。


彼女からは相変わらず何も見えないがこれはただの天然だろう。


 小桜さんもそれを感じ取ったのか


「た、確かにそうだね。うん、変な感じだよね。私も葵君って呼んでるし」


と笑ってごまかしていた。


 今ので思い出したが、僕は秋人と小桜さんが付き合えるようにしようと思っていたのに、今回の旅行では何もしてなかった。


 心の中で小桜さんに謝った。


 彼女は[桃はなんでそんなに焦ってるんだろう?]って顔で小桜さんを見ていた。


「じゃあ朝食食べに行くか」


 秋人が元気よく言った。


 朝食は大広間でバイキング形式になっているみたいで、移動しないといけなかった。


「そうだね。混んでくる前に行こう」


 僕は秋人の提案に乗った。


 朝食の会場に着くともう結構な人数が来ていた。


 僕たちは空いている席を見つけてそれぞれ好きな料理を取りに行った。


 僕は朝はそんなに食べないのでご飯とみそ汁、鮭を取って席に戻った。


「葵君それだけ?」


 小桜さんが僕の皿を見て言った。


「うん。朝はいつもそんなに食べてないから」


「ええ?もったいないな。私なんか何食べようか迷っちゃったから食べたいの全部取ってきちゃったよ」


 小桜さんの持ってきた皿を見ると、バイキングにあったほとんどのメニューが乗っていた。


「小桜さんは朝からそんなに食べて大丈夫なの?」


 山盛りになっている小桜さんの皿を見て言った。


「うん!大丈夫だよ。食べたらすぐに消化するから。それより今小桜さんって言ったよね。下の名前で呼ぶんじゃないの?」


 テーブルにお盆を乗せて言う。


「あ、またやっちゃった。上の名前で呼ぶのは癖みたいなのだから抜けきらなくって」


「でもそうだよね。いきなり呼び方変えたら混乱するよね。私もたまに混乱しちゃうよ」


「こ…じゃなくて桃さんもそんなことあるの?」


 また間違えそうになった。


「さん付けじゃなくていいよ。それより、私のこと何だと思ってるの?」


「じゃあ桃、はねえ~っとコミュ力おばけ」


 小桜さんの印象を率直に伝えようとした。


「コミュ力おばけって褒められてるのかな?」


 小桜さんは笑って言った。


「もちろん褒めてるよ。誰とでも仲良くなれそうな感じがする。実際女子が苦手な秋人が普通に話せてるのがすごいと思う」


「そう言われるとうれしいな」


 小桜さんは少し照れている色が視えた。


「何話してるの?」


 彼女が少量の料理を皿に盛って戻ってきた。


「葵君が私のことコミュ力おばけって褒めてくれたの」


 小桜さんは嬉しそうに彼女に話す。


「ああ、桃は確かにコミュ力おばけかもね。学校でも先生とか後輩とかいろんな人から気に入ってもらってるよね」


 彼女も小桜さんのことを褒める。


「ええ、そんなに言われると照れるよ」


 彼女は小桜さんをからかって楽しそうに笑っていた。


 そういえば秋人はまだ料理を選んでるのかなとバイキングの方を見た。


 すると山盛りになった皿を持った秋人がこっちに近づいていた。


「待たせちゃって悪かったな。どの料理もおいしそうで」


「大丈夫先食べちゃってたから。それより秋人それは盛り過ぎじゃない?」


 僕は山盛りになった皿を見て言った。


「ん?これぐらい余裕で食えるよ。むしろ葵はそんな少なくていいのかよ」


「僕は朝はそんなに食べないから…」


 僕が言い終わる前に秋人はすごいスピードで食べ始めた。


見る見るうちに皿に乗ってた料理が秋人の胃の中に入って行く。


 その様子を見ていた彼女は若干引いていた。


「秋人!もうちょっときれいに食べなよ。渚が引いてるよ」


 小桜さんもそれに気づいたようで秋人を止めた。


「あっごめん。おいしすぎてつい」


 秋人は一旦食べるのをやめて皿を置いた。


 彼女は引きつった笑いをしていた。


「もう秋人はさっきからそればっかり。いくらおいしそうでも限度があるでしょ」


 小桜さんが秋人に説教?ではないけどそれに近いことをしていた。


「ごめん。ちょっとはしゃぎ過ぎた」


 秋人は反省して食べるスピードを緩めた。


 僕は秋人が怒られているのがちょっとおかしくて軽く笑った。


「葵、今なんで笑ったんだよ。気付いてるぞ」


「ごめんごめん。秋人が怒られてるのが面白くて。秋人って意外と優等生だから学校とかでも怒られるようなことはあんまりしないからさ」


「まあ確かに怒られるようなことはしないけど、意外と優等生ってなんだよ。どこからどう見ても優等生だろ」


 秋人は小桜さんの方に目をやったが、小桜さんは首をかしげて言った。


「見た目はあんまり優等生には見えないと思うよ」


「まじか」


 秋人は彼女の方も見たが彼女も首をかしげて笑うだけだった。


「まあでも秋人はいいとこいっぱいあるから大丈夫だよ」


 小桜さんがすかさずフォローを入れた。


「それはほんと?」


 秋人が聞き返した。


「うん、ほんとだよ。人の嫌がることも率先してやるし、優しいし、気使えるし。まあ見た目だけじゃ秋人の良さは伝わらないよ」


 小桜さんは自分で言って恥ずかしかったのか段々と色が淡いピンクに変わっていく。


「え~そんなに言われると照れるな~」


 秋人の色はただ明るいだけだったから相変わらず鈍感だなと僕は思った。


 秋人もこの前の海で小桜さんのことを少しは意識してるとは思うんだけど、あと少し何か足りない気がする。


 何かきっかけがあればこの二人は進展しそうだな、なんて考えてたらみんな朝食を食べ終わったみたいだ。


「「ごちそうさまでした」」


 

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