透明色
神木駿
はじまりの色
『僕には色が視える』
もちろん色なんてものは誰しもが意識せずとも見えているものだ。
でも僕の視えるは他の人と少し違う。
僕には人の感情が色で視えているのだ。
その人の後ろに雲のような形をしたものがあって、その中の色が視える。
情熱的に何かに打ち込んでいる人は炎が熱く燃え盛るような赤色、冷静に物事を考えている人の中には深い海の底のような青色が視える。
他にもいろんな種類の感情が視えている。こんな風に色が視えていると便利なことが多い。
単純に言えば他の人の心が視えているような感じだ。
その時の相手の気持ちに合わせて自分の行動を変えられる。
相手がどんなことを考え、どんな感情なのかを視ていれば自ずと正解の行動をすることが出来る。
でもそのせいか、相手が不機嫌にならないよう自分の意見を変えることが多くなってしまった。
だから周りにはなにを考えているのか分からないと言われることが多く、友達と呼べるのも数人しかいない。
けれど彼女と出会ってから僕の日常は変わった。
ここからが僕の本当の物語だった。
僕が彼女に出会ったのは高校二年の春。
クラス替えをしてまだみんなが新しいクラスになじんでいなかった頃だった。
僕は彼女を視て何か違和感を覚えた。
だが彼女はいたって普通の女子高生だ。
テレビに出てくる女優のようにきれいな顔立ちで、身長は他の子より少し小さいぐらいでロングヘアの髪がよく似合う。
友達とグループになって窓際の席ではしゃいでいる様子は、普通の女子高生と変わらない。
おそらく違和感をもっているのは教室内で僕だけだろう。
僕にも違和感はあるが原因が分からない。
そんなもやもやした状態のまま数日が過ぎた。
僕はその日、傘を家に忘れていた。
学校から帰る途中、僕は季節外れの夕立にあった。
『駅までもうすぐのところなのに運が無いな』
道路にいた人たちの間をすり抜けながら駅までの道を走っていたら、後ろでバシャと水しぶきをあげ盛大に転んだ音が聞こえた。
僕は雨がひどいし今の電車を逃したら二十分ぐらい待たないといけない。
しかもこんなずぶ濡れのまま二十分も待つのは嫌だと思った。
だけどさすがにこけて泥だらけになっている人を、そのままにはしておけなかった。
僕は振り返って
「あの、大丈夫ですか?」
そう言ってこけた人に手を差し出した。
「ありがとうございます」
彼女は僕の手を取り立ち上がった。
「あはは、思いっきりこけちゃいました」
服をはたきながら少し照れくさそうに彼女は笑って言った。
僕はこの時、こけたのが彼女だと気づいて驚いた。
彼女も僕の顔を見て
「あ、えっと、水篠君だっけ。恥ずかしいところ見られちゃったな」
笑いながら言った。
「血、出てるよ」
僕はそう言いながら持っていたハンカチを彼女に渡そうとしたが。
「汚れちゃうからいいよ」
彼女は遠慮してそういった。
しかし女の子が血を流しているのをそのままにするわけにいかない。
僕は雨でぬれたハンカチで彼女の膝を軽く抑えた。
「ありがとう」
彼女は恥ずかしそうにそう言った。
僕たちは土砂降りの雨の中そんなやり取りをしていた。
僕は駅が近いことにようやく気付いて
「とりあえず中に入ろうか。歩ける?」
僕が彼女に言うと
「うん。大丈夫。歩けるよ。ここにいると濡れちゃうしね」
彼女と僕は歩きだした。
駅に着いて電車の来るホームに向かっていたら彼女は、僕と同じ方向に来た。
「あれ?もしかして帰り道同じ方?」
僕が言うと彼女は
「もしかして水篠君もこっちの方なの?」
と聞き返してきた。
「うん。こっち側だよ」
「そうなんだ。今まで全然気が付かなかった。もしかしたら今までも知らずにすれ違ってたかもね。」
「そうかもね」
今日は先生に呼び出しをくらっててこの時間になったのは、なんか恥ずかしいから黙っておこう。
そんなことを考えていると、後ろから見覚えのある声が聞こえてきた。
幼馴染の山岡秋人だ。
「よう!葵。こんな時間にいるなんて珍しいな。先生に呼び出しでもくらってたのか?」
と笑いながら僕の核心を突く質問をしてきた。
「ああ、そうだよ」
僕は彼女に言わなかったことを簡単に言わされてしまった。
「ところで隣にいるのは星月さん?なんで一緒にいるの?」
僕にだけ聞こえる声で言ってきた。秋人は男友達は多い。
だが女子と話すのは苦手だという弱点がある。
普段は燦燦と輝く太陽のような黄色やオレンジ系の明るい色をしている。
けれど女子と話すときだけは紫や深い蒼といった暗めの色に変わる。
こんなにも色が変わるのかと僕は少し面白がりながら視ている。
「駅に来るまでの道でたまたま会ったんだ」
「えっとたしか山岡君だったよね。転んでたところを水篠君に助けてもらったんだ。」
「ああ、そうだったんですか」
彼女に目線も合わせず秋人は答えた。
少しの沈黙の後彼女が
「二人はすごく仲がよさそうだけどどんな関係なの?」
と僕らに聞いた。僕は彼女の方を見て答えた。
「こいつとは小学校のころからの腐れ縁ってやつかな」
「そ、そうなんですよ」
秋人は僕の隣で小さな声で言っていた。
「こんな見た目だけど女子と話すのが苦手な…」
そこまで言って僕は気付いた。彼女の違和感の正体に。
『色が視えていない』
いや視えていないという言い方は正しくない。
入れ物は視えているから中身が透明であるといった方が正しいのだろう。
色がはっきり視える秋人の隣に彼女がいるから気付くことが出来た。
『こんなことは今まで一度もなかった。どんなに感情を隠そうとしてもかすかに色が入っている。透明で色が全く入っていないなんてことは無かった。』
僕が夢中で考え込んでいたら
「おい」
「おーい、聞いてるかー」
秋人が僕に言っていた。
「あ、ごめんごめん、ぼーっとしてた。」
「おいおい俺が気にしてることを言っておいて何を考えてたんだよ。もしかして変なことでも考えてたのか?」
「そんなわけないだろ。何言ってんだよ」
そんなやり取りを見て彼女は笑っていた。
このやり取りが面白かったのだろう。
だけどやっぱり彼女の色が視えない。
また考えこもうとしたとき電車が来た。
原因を考えるのは後にして、前にいた二人と一緒に電車に乗った。
いつの間にか雨が止んで真っ赤に染まった空を見ながら電車に揺られていた。
夕日に染まった彼女の横顔は綺麗だった。
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