死神委員会 ~迷える魂裁きます。~

淡木彩

自業自得

「こりゃ、殺されても仕方ないですね」


 都内のとある雑居ビルの一室。

 全身黒ずくめの金髪の男が、足元に横たわる死体を興味深そうにのぞき込む。

 金髪男は何やらぶつぶつと独り言をつぶやき、胸元から取り出した黒い手帳にペンを迷いなく走らせる。

 死亡者の名前は渡辺隆司わたなべりゅうじ

 生前の職業は政治家。

 年齢は60代後半。

 性別は男性。

 死因は首を絞められたことによる窒息死。

 死亡推定時刻は本日午前2時頃、今からおよそ10時間前。

 犯人は20代前半の女性、男性を殺害後に自ら警察へ出頭。

 その後の取り調べによると犯人が犯行に及んだ動機は……

 手を止めることなく淡々たんたんとメモを取る金髪男は、手帳に視線を落としたままふと口を開く。


「渡辺さん、なぜあなたが殺害されたのか分かりますか?」


 金髪男の足元で横たわる男性のかたわら、生気せいきなくたたずむ黒い霊が一体。

 自らの死体をうつろな瞳で見つめ、乾いた声で答える。


「分カラナイ……」


 そうですか、と金髪男は一言返すと少し間をおいてから次の質問を続ける。


「それでは、あなたを殺害した相手について覚えはありますか?」

「知ラナイ……」

「殺害される数時間前はどこで何をされていましたか?」

「分カラナイ……」

「んー、なるほど……、それでは……」


 そんな調子で金髪男はその後も亡霊にいくつか質問をするが、その度に似たようなやり取りがただ繰り返されるばかり。

 時間にしておよそ3分ほど経過したところで、金髪男は一度会話を止める。


「んー……、まぁわずかですが自我はまだ残っているみたいですね」


 何かを納得した様子で金髪男はそれまで走らせていたペンを止めた。

 そしてもう片方の手に持つ手帳をペンと共に胸元にしまい、無用になった両手を後ろ手に組む。

 コホンとわざとらしく咳払いをしてみせ、それから金髪男は亡霊へおもむろに話し始める。


「まずは取り調べのご協力ありがとうございます」


 正面に佇む亡霊へ軽く会釈えしゃくをした後、金髪男は右手を自らの胸にえて霊体へ爽やかな作り笑顔を浮かべる。


「名乗り遅れました、僕は死神委員会・魂保安部に所属する死神です」

「本日は訳あって渡辺さんの生前調査とそれにともなう地獄審査にやって参りました」


 死神は言い慣れたフレーズを流れ作業のようにつらつらとべた後、そのまま淡々とした口調で本題に入る。


「実は今回死神委員会の方から渡辺さんへ調査依頼が降りてまして、それが結構優先度高めの依頼だったんで、勝手ながら死後すぐに生前調査させてもらったんですけど」


 そう言うと死神は頭をきながら亡霊を何やらけむたそうにチラチラと見る。


「あのー渡辺さんね、あなた生前に様々な悪事を働いたせいで沢山の人たちから嫌われてますね」


 若干じゃっかんあきれ気味の死神はどこかともなく1枚の書類を取り出し、そこに羅列られつされた文字列を右手の指を折りながらを一つずつ挙げていく。


 暴力団と結託けったくして民間人から強請きょうせいした多額の金品を選挙で不正利用。

 自らが県知事選で当選するため他の有力候補を暗殺。

 県知事に就任後は多数の政治家を恐喝きょうかつしその多くが退職。

 その後も書類に羅列された悪事をつらつらと述べ、その数が10に達したところで死神は書類から視線を外し、再び両手を後ろ手に組み直した。


「まあ、この通りあなたは自らの私利私欲を満たすためだけに生前多くの罪を犯してきたわけですね」


 ひと呼吸おいて、死神は言葉を続ける。


「それとここを訪れる前、あなたを殺害した犯人の過去についても調査しましたが、彼女もあなたの悪事の被害者だったようです」

「人の命を奪うことは決して許されることではないですが、他人を陥れ人生を奪うことも許されない行為です」


 

「以上の調査結果から渡辺さん、あなたは――」


 死神は気取ったように目をつむり口元に薄ら笑みを浮かべてみせる。

 そして右手をゆっくりと前に突き出し、人差し指で亡霊をはっきりと指さした。


「あなたは! 地獄行き、で……す……?」


 瞑った目を見開き、真っ直ぐに亡霊の佇む方を見つめる死神。しかし視界の中にその姿は存在しなかった。

 代わりにそこにあったのは先程までの静かに佇む亡霊の姿はなく、宙に浮遊する50cm程の濃密で赤くドス黒い塊。

 激しく燃え上がるその異様な存在は、室内全域に確かな悪意を発していた。


「コロス、コロス、コロス……」


 人影の時の冷たく無感情な声とは売って変わり、まるで怨念おんねんのこもったような低いうめき声から強烈きょうれつな嫌悪感が感じられる。

 そのおぞましい瘴気しょうきに当てられた死神も思わず一歩足を引く。


「やはりち始めましたか」


 人間の肉体には誰しも魂が宿り、生前の悪事が重なるほどその輝きは純度を失っていく。そうしてけがれた魂は死後赤黒く染まり、悪霊となって人間に害をなす。

 死神にとってそれは最も回避しなくてはならない事態であり、今回も例外ではない。

 当然死神はこの依頼を引き受けた時から、そういったケースも想定していた。

 依頼遂行中も時より亡霊が見せる不穏ふおんな空気に内心ハラハラしていた。

 できればその予想は外れて欲しいところだったが。


 死神は後ろ手に組んだ両手を解き、目の前の魂を凝視ぎょうしした。

 こうなった場合、次に起こす行動は一つ。

 全力で魂の悪意化を防ぐこと。

 死神は委員会からの依頼内容を脳内で上書きし、目の前の魂を救済きゅうさいする思考に頭を切り替える。

 見たところ、幸いまだ完成な悪霊と化してはいないようだ。どうやら魂の生前の宿り主である渡辺隆司の人としての自我が糸一本で意識を繋いでいるようだ。

 死神の意志に呼応こおうするかのように、メラメラと燃える魂が突然激しく揺らめき出す。


「コロス……痛イ……痛イ……コロス……コロス……苦シイ……助ケテ……コロ、コ……タ、ズケテ」


 自らの悪意に支配された意識の片隅で、それでも消えまいと必死に食らいつき、無様ぶさまにもがき抵抗する男の意志がそこにあった。

 それは自らの罪を認めようとしない滑稽こっけいな姿か、はたまた自らを殺した者への恨みからくる憎悪ぞうおか。

 おのれの悪意に苦しみ、それでもまだ堕ちたくはないという人間の汚さが死神にはとても美しく思えた。


「すぐに救済しますから、もう少し踏ん張ってくださいね」


 視界の中央、激しく燃える魂に瞳の焦点しょうてんを合わせ、死神は集中力を一気に引き上げる。

 その高まりに応じて死神の全身が青く発光し、まばゆいほどに圧縮された光が甲高かんだかい音色を響かせ室内を白く照らす。

 次の瞬間しゅんかん、死神の指を鳴らす合図とともに光が一瞬で弾け、死神の体を中心にして周囲へ波紋はもんのように拡散した。その光は目に見えるあらゆるものを青く染め、死神の威光いこうにあてられた魂もその色を青く染め断末魔だんまつまのような叫びを上げる。


 時間にして数秒、永遠にも感じる光の波が収まりやがてその光が完全に止めんだ頃。

 ゆる やかな静寂せいじゃくが訪れた室内には赤黒い塊は存在しなかった。


「とりあえず悪意化は防げたようですね」


 死神の足元で横たわる男性の傍ら、安堵あんどの表情を浮かべる半透明の黒い人影が一つ。


「私は助かったのか……」


傍らに横たわる自らの肉体を見つめ、男はそれから長い間、その顔を上げることはなかった。


 + + +


「んーっ、終わったー!」


 座り慣れたリクライニングチェアに腰掛け、両手を上にあげて疲れたと言わんばかりに大きく伸びをする。

 右手に持ったホットのコーヒー缶を開け一気に口へ流し込む。

 ここは冥界にそびえる死神委員会の本部。

 その中の魂保安部に所属している僕は、先程の任務を終えて自身のデスクに戻ってきたばかり。

 デスクの上に置かれた1枚の報告書を眺めながら、大きなため息を吐いた。


 一連の出来事の後、渡辺さんは意外にもすんなりと自らの罪を認め、大人しく地獄に連行された。

 まぁ、連行されている時の顔は青ざめてげっそりしてたけど。


 そんなことを思い返していると、後方から誰かがけ足でこちらに近寄ってくる。


「聞きましたよ! 先輩あの任務1人で成功させたんですか!?」


 声のする方を振り返ると、そこには瞳をキラキラと輝かせた黒髪のさわやかイケメンが立っている。

 彼はこの部署の新人で、僕が教育係を任された後輩。まだまだ初々しさはありながらも、その働きっぷりには僕も一目置いている。


「あぁ後輩くんか、まぁな!今回も何とか失敗せずに済んだよ」


 先輩風を吹かせる僕に、後輩はますます瞳をキラキラさせて「今度その任務の話聞かせてください!」と純粋じゅんすいな好意を僕に向ける。


「おう!でもかっこよすぎて気絶するなよ!」なんて冗談を返し、後輩くんと和気わきあいあいなムードを過ごしていると、後ろの方からコホンと咳払いが聞こえる。


 ん?とふたりしてその方向を振り向くと、青髪緑眼の可愛らしい女性がスーツ姿で立っている。

 彼女は僕の先輩の死神で、魂保安部の事務を担当している。僕がこの部署に配属されたばかりの頃から何かとお世話になっていて、いまでも何かあると相談に乗ってもらったりと頼りにさせてもっている。


「楽しそうなところごめんね、実は2人に任務依頼が届いてるの」


 そう言うと女性は1枚の書類を僕に渡し、任務内容を簡単に伝える。

 任務の難易度は高いものではなく、新人の後輩くんを同行させるにはうってつけ。

 一通り説明を終えた後、先輩は「よろしくね」と可愛らしいな笑顔を見せ、その場を去っていく。


 先程から隣で任務内容を聞いていた後輩くんは、僕との任務と聞いて「よっしゃー!」とウキウキな表情でガッツポーズを作っている。

 教育係とはいっても、普段から後輩くんの任務を同行するということはあまりなく、別行動を取っていることが多い。

 理由は単純に死神の手が足りていないということにはなるが。


 期待の眼差しで僕を見つめている後輩くんを横目に、ぬるくなった缶コーヒーを一口あおる。

 本音は任務終わりでもう少し休憩したいところだけど、まあこんな喜んでる後輩くんの期待を裏切れないよな。

 まあ僕も最近は後輩くんと別行動が多くて、まともに話す時間もなかったし。サクッと終わらせて男二人水入らず語り合うのもいいか。

 ふぅ、と小さく息を吐き、僕は右手に持ったコーヒー缶の残りを全て飲み干す。

 疲れの残る身体によし!と喝を入れ、後輩くんと目を合わせる。


「んじゃ、次の任務行きますか!」

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死神委員会 ~迷える魂裁きます。~ 淡木彩 @awaki_sai

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