死神提供局番

青下黒葉

episode.1 推しが死んだ

 テレビの画面に速報が流れたのは夜の20時くらいだったと思う。

『道田光(23)が交通事故により死亡』

 心臓がドクンと跳ねる。息が出来ない。何? どういう事? え、死んだ? 頭の中がクエスチョンマークで溢れていく。

 そんな訳ない。嫌だ。嘘だって。なんで。この間女と撮られてたじゃん、生きてたじゃん。来月からコンサート始まるのにさ。どうして。


今日、推しが死んだ。


「今、若者に大人気の道田光さんです!」

 彼に出会ったのは夜のバラエティ番組だった。爽やかな笑顔にフワッとした髪型、高身長スタイル抜群、アイドルをしながら持ち前のルックスでモデルも務めている。そんな彼に一目見て恋をした。彼の歌声は透明感に溢れ、聴いているだけで心が洗われるようだった。

 そんな彼が2週間ほど前に週刊誌に載った。『大人気アイドルの娯楽?!』という見出しで彼のプライベートが明かされたのだ。夜な夜な女性を選んで夜を過ごす。女性ファンが多い彼にとっては最悪のタレコミだった。それでも芸能界はそれをメディアに出すことはなかった。事務所が隠蔽したのだろう。彼をアンチする人たちはSNSにそれについていつまでも言い続けているが、ファンたちは何も知らないかのように彼を応援し続けた。

 そんな最中の出来事だった。

 事故は高速道路の降り口で起こった。女の運転する車に乗車していた道田たちは逆走する車に突っ込まれたのだ。逆走していた車の運転手は薬物を使用していたと、後の取り締まりで発覚したらしい。そのため事件当時の事ははっきりと覚えておらず、ドライブレコーダーに録画された映像をもとに事故処理を行っているそうだ。

 しかし、亡くなったのは道田だけだった。運転していた女はハンドルで頭部を打撲しただけ。そのため女の方も事件当時の事を覚えておらず、道田の死亡を伝えた時絶句したそうだ。道田は助手席に乗っていたから死んでしまったのだ。逆走車に気が付きハンドルを切ったものの、助手席部分まで避けきれておらず衝突したと報じられていた。女の後ろの席にでも座っていれば死なずに済んだかもしれないが。

 その事故の翌日、報道されたのは大量の後追い自殺だった。「光くんのいないこの世界に未練なんてない」というハッシュタグも出来てしまい、遺書にそう綴られている物が多いらしい。

「ホントに馬鹿。馬鹿じゃないの、1人の命じゃないのにさ。あの女がいなかったら光くん死ななかったのにさ」

 私は報道のあと泣きまくった。どれだけ泣いても涙が涸れることはなかった。私もいっそのこと死んでしまおうかとも考えた。推しのいない世界に私がいる必要ってなんだろう。そう考えただけでも虚しくなって消えてしまいたかった。

 クシャ。

 泣き疲れて倒れた所には、いつ届いたのか分からないようなチラシが大量に散らばっていた。

「邪魔」

 そう呟きながらチラシを蹴散らしていく。

「何これ」

 その中に1枚、ダークグレーのカードを見つけた。表を見ると死神のシルエットが施されたデザインが目に入る。

「……死神提供局番カード?」

『最近亡くなった方に未練のある、そこの貴方に。伝えられなかった事を伝えるチャンスを。どんな話もお聞きします。 死神提供局番は24時間対応致します』

 胡散臭いと思った。だけど、それでも、誰かにこの辛さを聞いてもらいたいと思った。

 トゥルルルル。トゥルルルル。

 コール音が聞こえ、この見た事もない番号が存在する事に驚いた。しかしそのコール音がこの世のものではないような、異世界と繋がっているような響き方にゾクゾクする。切ってしまいたい、そう思った時、繋がったのだ。

「こちら死神提供局番です。最近亡くなった方に未練のある、そこの貴方に。伝えられなかった事を伝えるチャンスを。どんな話もお聞きします」

 カードに書かれていたフレーズが男の人の声で再生される。やけに落ち着いた雰囲気に圧倒された。

「お電話ありがとうございます。何でもお話ください」

「えっ、あの先日大好きだった人が交通事故で亡くなってしまって、ずっと泣いている時にこのカードを見つけたんです」

「そうでしたか……。その亡くなった方はどんな人でしたか」

「とても素敵な人で、特に笑顔が好きだったんです。優しくてフワフワしてる笑顔なんです」

「それは凄く素敵な人のようですね」

「そうなんです! 道田光っていうアイドルなんですけど、なんで……」

 そこまで言って言葉が詰まった。再び涙が溢れてきたのだ。

「きっと彼を追いかけた人も数多くいるでしょう。貴方は偉いですね。きっと彼はファンの方に死んで欲しくなかったはずだ。それでも追いかけた人は必ずいる。貴方はそうしなかった。頑張りましたね」

 その言葉が聞けて嬉しかった。そうだよ。きっと光くんもファンに死んでほしいなんて思ってなかったはずなのに。皆もついて行く必要ないのに。

「そんな貴方に提案があります」

「……提案?」

「貴方のような方だったら運命を変えられる事でしょう。貴方に、彼の余命宣告を行ってもらいたい。貴方が死神となって彼に余命宣告をするのです」

 正直理解が出来なかった。余命宣告って医者がするようなやつでしょ? それを私が? 死神になって? そもそも、

「そもそも、彼はもう死んじゃってるんですよ? どうやって余命宣告なんて……」

「その彼が亡くなられたのは昨日ではありませんか?」

「……はい」

「それでは、私が時間を2日前に戻して差し上げましょう。眠る彼に余命を伝えるのです。時間は3分。大事に使ってくださいね。定められた運命は、本来変えられないものなのですから」

 電話はプツンと音を立てて切れ、視界が暗くなった。意識も遠くに引っ張られ全身から力が抜けた。

 目を覚ました時、目の前には知らない光景が広がっていた。オレンジ色に光る電気が部屋をほのかに明るくさせ優しい音楽が静かに鳴っていた。そして目の前には道田光がいる。信じられなかった。でも疑っている暇もないと思わされたのは、目の前に3分のカウントダウンが表示されているからだ。

「道田光」

 名前を呼んでみる。彼は眉間に皺を寄せ体勢をコチラに向け直しながら微かに目を開けた。始めは訝しげにこちらを見ていたがその異様なシルエットにはっきりと目を覚ましたようだった。

「誰だよ!」

 布団が跳ね起き壁際に逃げる。

『寝起きもめちゃくちゃ可愛いじゃん』

「道田光、貴方の余命は1日です」

「は、は?」

 寝耳に水。まさにこういう事なのだろう。

「明日貴方は女の車に乗るでしょう。そして貴方は助手席に乗ります。でも高速道路の降り口で事故に遭います。逆走車に衝突するんです。信じられないかもしれないけど、本当に。その事故で死ぬのは貴方だけ。ちなみに、貴方の死を知ったファンの子たちも後追い自殺をするの」

「ま、待てよ」

 完璧に動揺している彼は顔を真っ青にして震えている。

『子犬みたい。可愛い』

「明日、なんで俺が女の車に乗るって分かるんだよ。しかも明日は県外の水族館まで高速で行くなんて……。ファンクラブでも発表してない事なのに」

 タイムリミット 1:00

「ごちゃごちゃ言わないで! 実際起こる話なの! お願い、行かないで。死んでほしくない。また笑ってほしいの。お願い」

 タイムリミット 00:40

「推しがいない世界なんて生きていけないの。貴方は1人の人間だけど、1人の命ではないの。皆が光くんに明日を生きる希望をもらってるから。お願い、明日はどこにも行かないで」

 タイムリミット 00:20

 彼はどう思っているのだろう。いきなり現れた死神が余命宣告して泣きながらお願いをしているなんて。

「私は運命を変えたくて少しだけ未来の世界から来ました。光くんの余命が1日ではなくなることを願っ──」


 クシャ。

 仕事から帰ってきて倒れた所には、いつ届いたのか分からないようなチラシが大量に散らばっていた。

「疲れてるんだから邪魔しないでよー」

 そう言いながらチラシを蹴散らしていく。

「あれ、この景色どっかで見た気がする」

 テレビでは、昨夜起きた事故について報道しており1時間ほど交通渋滞が発生した事を伝えていた。

「この事故による"死亡者"はいないとの事です」

「……光くん。……あれ、なんで光くんのこといきなり思い出したんだろう。最近見れてないからかなー。ライブでも見よっと。来月からまたコンサートだもんね」


 トゥルルルル。トゥルルルル。

「こちら死神提供局番です」

「またそちらのお客様が運命を変えたと、連絡を頂いのですが」

「申し訳ありません。今回の件につきましては被害者が多いようでしたので、そちらのお仕事が多くなると思いまして」

「お気遣いありがとうございます。しかし、運命を変えることで余計仕事が増える職員もおりますので、ご理解お願いします」

「承知致しました」

「まぁ、今回は気づかないうちに幸せが継続された方が多いようですので良しとしましょう」

「そうですね。今回の方は上手くやってくれたようです」

「まあ、未来を変えられるのは事故の場合のみですが。それがいい方に変わるのか悪い方に変わるのかは貴方の見定め次第ですが」

「慎重に行動いたします」

「お願いしますよ」


episode.1 End

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る