バイタルサイン

バイタルサイン

カムパネルラ、君が亡くなって一年が経ったよ。

今日は君のお父さんのところにいるんだ月命日だからね

僕の父さんも来ているよ、漁から帰ってきたんだ。

二人からもういいから遊んでいらっしゃいと言ってもらったんだけど、僕は烏瓜の灯籠を見るだけで泣いてしまいそうになるよ



カンパネルラ、ザネリのことを君に伝えるかどうかはとても迷ったよ。

でも、君が助けた命なんだから知らせるべきだと思ったんだ

彼は相変わらずだよ

あの日から2日くらいはいつもより大人しくしていたけれどそれ以降は仲間とつるんで遊んでいるし僕には相変わらず悪口を言ってくる

いじわるは皆されているから八つ当たりではないと言わせてほしい君が助けた命がこんなふうに消費されているのが耐えられない。



カムパネルラ、ザネリはあの日誰かに川に突き落とされたんじゃないか。君はそれを助けたんじゃないか。



カムパネルラ、学校を卒業したよ。

それと印刷所に入社することになったんだ今までアルバイトだっただろう。

これから忙しくなるからブルカニロ博士との実験も今日で最後になったよ

最後まで君がどうなったのかは教えてもらえなかったな天上の魂を観測するのは難しいようだよ



カムパネルラ、印刷所の同僚と結婚することになったんだ。

僕が子供のころはあの活版印刷所は男性ばかりだったけれど今は殆ど女性ばかりだ女の人のほうが手先は器用に思うけれどそのおかげか作業は昔よりかなり効率よく進んでいるよ

そこで働いていた女性と結婚することになった。

姉さんが結婚したときははしゃいでいるのを見てそんなに嬉しいものなのかと思ったけどすごく嬉しいね

こんな気持ちは知らなかったよ。



カ厶パネルラ、二十歳の同窓会があったから行ってきたんだ。

ザネリも来ていた

随分派手な格好できたから場に合わない格好で来るなと追い返されてしまったけれど

僕も馬鹿だったよそんなこと聞いても無駄だとわかっていたのに君のことを聞いてみたんだ

3年前君を助けたカンパネルラを覚えているかってね

忘れたと言われたよ

ラッコの上着のことは覚えていたみたいだけれど

いや彼なら忘れていると思ったのに聞いた僕が悪かったのかもしれない


僕にはまだ本当の幸をわからないよ


ただカ厶パネルラが隣にいなくてもどこまでも歩いて行ける気はするんだ



カムパネルラ僕父親になるんだ。

駄目だ書いてみたけどまだ全然自覚がわかないよ



今日父さんはなんでお空に手を伸ばすのと息子に言われてしまったよ

友達に伝えたいことがあるんだと言ったら父さんの友達はお空にいるのと聞かれてしまってね

もう癖みたいになってしまっていたから意識していなかったけれど僕は最近君にどうしても伝えたいことがあるみたいだ。

妻と息子と僕で食卓を囲むときなんかに心がすごく温かくなるんだよ


今すごく幸せなんだ。


カンパネルラ、あの列車で君は自分の行いに戸惑っていたように見えた

僕も本当の幸がなんなのかわからなかったんだ、ただ君が隣にいなくても歩き続けられると思っただけで

僕が見つけた幸を伝えたいんだ。



カンパネルラ、息子が来年から学校に通うんだ。

僕たちが通ったあの学校だよ

僕らが学んだあの場所はまだ続いているんだ

校舎は10年前に改築工事があったけど別棟にあった理科室なんかはそのままだよあの列車に乗った日、天の川の講義を受けたのを覚えているだろうか

僕の息子も同じ場所で同じ講義を受けるんだろう。



ザネリが死んだよ。

還暦の同窓会に居なかったからマルソに聞いてみたんだ

ザネリは色々なところから借金をしていたらしいね川で見つかったそうだよ

その川があのとき君が彼を助けた場所だったんだ。酷い皮肉だよ。

ここら辺で水辺と言ったらあそこしかないからね

あの場所で君の遺体は見つからなかったのに

あいつは君の命を踏み台にして好き勝手生きたんだそして最後の最後まで見つけてもらえた。

僕は本当のところ今の今までザネリのことが許せなかったんだ

今日やっと許すことができた

彼が死んだからではないと思う。



カムパネルラ、ケンタウル祭がはじまるよ。

僕はもうベッドで動けないけれど枕元には孫が見舞いで忘れていった星座早見表が置いてある

今日の日付にしてみるとあの日旅した空が現れるよ

窓から川を流れる烏瓜の明かりがぼんやりと浮かんでいる。

窓を開けると懐かしい香りがする。

銀河鉄道の夜を思い出すよ。


バイタルサインモニターの数値が急速に低下していく。


ピッ、ピッ、という規則的な音を掻き消すように遠くから列車の来る音が聞こえる。


僕は手を伸ばしてみる。

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バイタルサイン @murasaki_umagoyashi

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