第10話 置いてきぼり
サエのことをしばらくはここの人間にまかせ、周囲の様子を見たいと思った俺は、崩れたビルの上にいる。
ここがこの辺りでは一番高い場所だ。
周りから明かりが消えている瓦礫の街に、何か黄色く光る場所がある。
少し遠いが行って見ることにした。
魔法強化された体も随分慣れてきた。
今の全力はチーターくらいでは走れていると思う。
黄色い光の正体は魔方陣だった。
円の中に見たことも無い文字が書き込まれている。
何の魔方陣だろうか。
悩むまでも無い、勇者の移動用の魔方陣だろう。
明日ここから、勇者様がゾクゾク湧いてくるのではないか。
効果があるかどうか分らないけど、でかいコンクリートの塊を上に置いてやった。
牛程の塊だけど今の俺には楽々持てた。
もう一度高い場所から探したが、この近くには魔方陣は無いようだ。
診察が終ると、サエは別のテントに移されていた。
テントの中に入ったサエは元気がない。
風も無いのに入り口がバサバサゆれた。
まるで人が入ってきたように。
「……お帰り」
サエは少し間を開けて言って見た。
「よう、これ」
おれは、避難所の机から勝手に持ってきた乾パンをサエに渡した。
「声は出さないんじゃ無いの?」
「ここは、死体だけだ。誰も聞いていねーさ」
サエのいるテントは霊安室の様になっている。
腹に鉄の棒が刺さっている者や、両足が切断されている者など酷い状態の遺体が多い。
「実はお腹が空いていたの」
ポリポリ、うまそうに乾パンを食べ出した。
水だけは2リットルのペットボトルが枕元に置いてあった。
「あなたも食べる?」
「おれはいらねえ」
「そう、実はあげる気なかったのよ。お腹ペコペコで全部食べたい気分。うふふ」
サエは悲しそうに笑った。
こんな所にいれば、自分がどんな状態か馬鹿でも分る。
「なにかガドさんには、お礼をしたいのですが、なにかありますか」
「そうだな、胸でも揉ましてもらうかー」
「えっ……! ………… それでいいなら……」
「冗談だよ、いいなんていう奴いねーよな、えっ、なんて?」
「くすくす、いいって言ったの。ちっちゃいけど、どうぞ」
う、うそだろ、触りたいのはいつでも触りたいけど、いいなんて言われるとは思わなかった。
サエの顔はテントに一個だけ置いてある懐中電灯に照らされて、少し赤くなっているように見える。
そういえば埃だらけだった顔が、ぬれたタオルで拭いたのか綺麗になっている。
埃が付いていないサエの顔は、あいには届いていないが、かなりかわいい。
「本当にいいのか」
良いって言われると、かえって触りにくい。
念のため再確認だ。
「いいよ」
おれは、どうして良いのか分らねえから、リンゴでも掴むような手つきでサエの胸に近づけた。
鼻の穴から熱い息が出てやけどしそうだ。
サエの胸に俺の手が微かに触れる。
「ぎゃあああーー。いたい、いたい」
なんか悲鳴を上げている。
「ご、ごめんなさい。肋骨が何本も折れていて、触られると思ったら力がはいって、すごくいたかったの、今度は我慢するからどうぞ」
「痛いのを我慢している女の胸なんか、さわれるかーーー!!」
「少なくとも俺は触れねーー!」
くそーー、目の前に触ってもいい胸があると言うのに、触れねーなんて。
俺はサエの胸に全ての神経を集中して見つめていた。
「ごめんなさい。私いままで男性に触ってもらった事無かったの、折角生まれてきて最期に一度、好きになった人に触ってもらいたかったの」
「……」
「……」
今、サエのやつなんか言ったか。
胸に集中しすぎて、大事な何かを聞き逃してしまった気がする。
「明日私は、置いて行かれるのでしょ。こんなことなら、家でおかあさんと一緒に死にたかった。うっ、うっ」
「ぎゃーーはっはっ。やっぱガドは最低野郎じゃー」
サエの上に、ちっちゃい、ばあさんと、あいが出て来た。
爆笑してやあがる。雰囲気ぶち壊しだ。
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