第17話 過去と銃撃

 窓の無い地下を照らすコンピューターのディスプレイの光。多数の機器が奏でる冷却ファンと水冷システムの駆動音が空気を静かに揺らす。

 ウィリーとユリネは現実世界で目を覚ました。ログアウト出来たことにここまで安堵したことは今までに無かっただろう。別に仮想世界で殺されても死ぬわけではない。だが強制スキンシップ判定によるID提示は位置情報も開示される。この秘密基地の場所がバレてしまえば、すぐに現実世界の体が危険にさらされるのだ。それを考えれば、ウィリーとユリネは敵に囲まれた仮想世界からの「生還」を果たしたと言えるだろう。

「ふぅー……」

 いつもは感情の起伏に乏しいユリネも、さすがに疲れた様子で、頭に被った仮想世界接続用補助デバイスを脱ぎながら汗をぬぐう。ユリネが使う補助デバイスは少し変わっていて、ゴテゴテとしたバケツのような物を頭からすっぽり被るという物だった。それを被って椅子に座りながら仮想世界に入るのがユリネのスタイルのようで、人間のログイン方法としてはかなり珍しいやり方だ。

 ウィリーはポッドの接続モードを解除し、立ち上がって確かめるように手足を動かした。知性イルカの場合はポッドに通信機能が備わっているので、安定した場所で座り込むなどしてから接続モードにすることでそのまま仮想世界へのログインが出来るようになっている。接続中にOFFになっていたアバターを再び表示させ、ウィリーは美少女の姿で安堵のため息を付いた。

「はぁー危なかったねぇ。でも、アイツを倒したから、しばらくは安全だね。」

「そうでもない。落ち着いてログアウトしてから入り直せば、すぐに戻る。」

「え、そうなの?」

「位置情報と認識がずれただけだから。レイヤー2レベルの権限があれば、全身の位置情報をバラバラにして固定した上でログアウト不可にして、二度とまともに動けないようにも出来るけど……」

「あはは、さらっと怖いこと言うなぁ。でもレイヤー2の権限ってアイツが持ってたやつだよね?本当はそんな事も出来るんだ。」

「たぶん本来の管理者から委譲されてる。使いこなしていなかった。」

「だよねぇ、レイヤー2なんて、本来はORCAシステム管理局の局長クラスだよ。あんな頭悪そうなヤツが持ってるわけないよね。」

「……動きは良かった。現実世界では強いかも。侮ると危険。」

「でも所詮は人間でしょ?それより、先輩大丈夫かな?」

 もうアルはとっくに病院に着いているはずだった。ウィリーが連絡を取ろうとすると、ユリネに止められた。

「危険な状況でこっちから連絡すると、危ないかも。」

「うーん、そうかもね。向こうからの連絡を待とうか。先輩病院で一体何してたんだろ?はぁ……二人が帰ってきたら夕飯にしようね。」

 ユリネは無言でうなずいた。


                  ◆ ◆


 男の構える銃が吹き飛ばされ、遅れて鋭い音が響いた。僕がそれを銃声だと認識したのは、床に弾き飛ばされた銃が転がった後だった。

「!」

 銃を撃ち落とされた男は腕を押さえながら急いで壁際に移動する。他の男とシロキさんも、すばやくエレベーターホールの柱の陰に隠れた。僕とアルだけが呆然と同じ場所に立ち尽くしていた。

「ふむ……この暗さで扉の隙間を縫っての正確な狙撃、イルカだ。軍用レベルの装備だ、しかも。」

「代表代理。ここは引きましょう。」

 今まで一言も喋らなかった男達の一人が、シロキさんに向かって言う。

「そうしよう。ファイルは回収した。生きていればやり直せる。」

 頷いたシロキさんの言葉を合図に、男たちがシロキさんの周囲を固める。一人が駐車場の外に向かって何かを投げた。床に転がったそれから煙が噴出し、駐車場内に広がっていく。二人の男が銃を構えながら、ワンボックスカーに走った。シロキさんが僕のほうをちらりと見たのに気付き、言いたいことがあったはずの僕は口を開いたが、上手く声が出なかった。

「あ、あの……!」

「紗由なんて知らないよ。生きているかも、死んでいるかも。満足かい?これで。」

「……」

「代表代理、お早く。」

 男に促され、シロキさんは煙の中に駆けていく。僕はその後ろ姿を見つめるしかなかった。視界の橋で、僕と同じようにアルが立ち尽くしている。どうやら通信が入ったようで、アルは誰かと話し始めた。

「ムロメさん……すみません。もしかして、これは…えっ、ここに?」

 地下駐車場にタイヤの鳴く音が響き、煙が広がる地下駐車場に大きなバンが勢いよく飛び込んできた。キュキュキュという音と共にくるりと向きを変えると、バンの後部が開き、大きな影が飛び出した。続いて、影からパパパ、という軽快な音と光の点滅、その後に金属を叩くような音が続いた。煙で良く見えないが、銃撃をしている事は分かった。シロキさん達が応戦しているのか、パン、パンと、短い音が混じる。

「ミカゲ。」

 僕を呼ぶ声でハッと我に変えると、アルが横に来ていた。僕は思わず後ずさった。その時、僕は初めて自分が震えていることに気がついた。

「……俺は何もしないよ……ムロメさんの仲間が直々に迎えに来たんだ。俺は失敗した。ごめんな、俺の判断のせいで、余計に危険な目に会わせてしまった。」

 ポッドの水槽の中のアルは、目を閉じ、じっと動かなかった。ポッドの手は力なく垂れ下がっている。アバターが表示されていれば、感情を読み取り、うなだれる姿を表示したことだろう。

 ドアの閉まる音と、タイヤの擦れる音。小さくなっていくモーターの高周波が、シロキさん達の2台のワンボックスカーが去っていくことを告げていた。

 薄くなった煙の向こうから、アルやウィリーのポッドよりも一回り大きいポッドに入ったイルカが現れた。水槽部分は半透明のプレートに覆われ、太い腕部分には銃のような物が付いている。足の関節部分は複数のプレートに覆われ、所々から伸びるチューブもメッシュの金属で覆われており、明らかに普通のポッドより頑丈に作ってあることが見て取れた。胴体の水槽部分の上部にはカメラのレンズのような物や、アンテナのような物が生えていた。

「ボウズ、軍用ポッドを見るのは初めてか?」

 大きなポッドから、低い声がした。半透明のプレート越しにこっちを見つめるイルカの姿は、アルよりも二回りは大きく、水槽は少し窮屈そうに見えた。

「ムロメさんの仲間ですね。ありがとうございます。」

 ぼんやりと大きなポッドを見つめていた僕の横で、アルが言った。大きなポッドはアルの方に向き直り、手を腰に当てて言った。

「俺はダニゥエルィェテルだ。上手く発音出来ない人間にはダニエルと呼ばれている。インテルフィン教団に雇われた傭兵だ。作戦は先ほどプランBに移行し、浦幌御影の直接回収が俺の任務だ。……とにかく一旦ここを離れるぞ。」


 初めて乗ったこの時代の車の印象は、大きく僕の時代と変わらなかった。違いと言えば、ガソリンや軽油で動くエンジンは既に骨董品扱いで、モーターで動く電気自動車が一般的になったくらいだった。運転はダニエルとは別の知性イルカが運転席で行っていた。類人猿戦争の引き金になったということで、AI人工知能の研究は厳しく規制され、おかげて一時期夢想されていた完全自動運転の時代が訪れることはなかった。

 走るバンの荷室で、僕はアル、ダニエルと一緒に座っていた。荷室には窓が無く運転席とも壁で区切られており、まるで護送車や現金輸送車のようだと思った。病院の駐車場を出たところで、アルとダニエルの姿が公共アバターに変わった。ダニエルの公共アバターは筋肉質で短髪の黒人男性の姿に軍服というもので、声と喋り方から感じた僕のイメージ通りだった。

 現在、バンは街の郊外を通る幹線道路を走り、わざと大きく遠回りをしながらアルの秘密基地へと向かっているところだった。地下駐車場はシロキさんの仲間が事前に人払いでもしていたのか、無関係な人を銃撃戦に巻き込むことは無かったようだ。職員が駆け付けて騒ぎになる前に、僕らは急いで地下駐車場を離れた。この後、念のため途中で車を捨てて乗り換えてから、アルの秘密基地に隠れ、明日、インテルフィン教団が僕を迎えに来るのだと言う。

 僕はアルとダニエルに、シロキさんと話した内容や、なぜ病院にいたのかを説明した。僕が勝手に動いたせいで騒ぎになり、アル達を危険にさらしてしまったという罪悪感を打ち消したくて、僕は淡々と全てを話した。話しながら、さっきシロキさんに言われたことが頭から離れなかった。

 —―やはり子供だね、君は。

 ――答えを教えてくれると思っている、誰かが。

 ――そして答えてくれる人が周りにいないから、次は過去にすがる。だから簡単に動かせた。

「コードV、最高管理者権限、遺伝子ロック、被検体13号……!!なんてことだ!もしかしてムロメさんは全部知ってたのか?だからミカゲを保護しろと俺に言ったのか?そもそもあの人の本当の目的は最初から……」

 アルは僕の話を車に揺られながらじっと聞いていたが、僕が話し終わると同時に頭を抱えて叫んだ。

「……アルは何も知らなかったの?」

「ああ。きっと知らされなかったんだろう。その方が都合が良かったんだ……なんてこった。俺は、無邪気に、何も考えずに、自分が、主人公にでもなったつもりで……」

「アル……」

 僕らの会話を聞きながら、ダニエルはその大きな体で、姿勢よく座って目をつぶり何も言わなかった。自分の仕事以外の事には干渉しない、という事らしかった。

「ミカゲ。俺の事も話そう。それで少しは信用してもらえるかな?」

 すっかり自信を無くした顔で、アルは僕の事をまっすぐ見つめてきた。だが、僕は答えに窮してしまう。信じたいものだけを信じたのは僕なのに。

 言葉に窮する僕から目をそらし、アルは言葉を続けた。

「まず、ムロメさんの事を話しておこう。これから会う事になるだろうしな。あれは、今から半年程前だった――」 


「ウィムアルゼムィンスェ君。君の噂は聞いているよ。私は室米瀧むろめ たきという者だ。君をぜひとも支援したい。」

 あの頃、俺はORCAシステムのハッキングを夢見て仮想空間で抗いながらも、その目標に対して結果らしい結果は何も出せていなかった。ちょっとは他人より知っている程度の知識と、引っ込みの付かなくなった意地で何とか食い繋いでいた。ポッドの修理、改造とか、軽い企業スパイみたいなこともやっていた。次第に、何か手段で何が目的だったのか、わからなくなってきた。俺はまっとうに働きたくない言い訳に夢を使っているんじゃないかとね。実際そういう側面はあっただろう。このままじゃいけないと思っていた時に、あの人が現れたんだ。

 資産家のムロメさんは、個人的な興味からORCAシステムの公開されていない情報に興味があって、有望なハッカーを見つけては秘密裏に支援していると、そう言っていた。どこから俺のことを知ったのかわからないが、ある日あっちからコンタクトを取って来たんだ。

 仮想世界で初めて会ったときは、美しい女性の姿をしていた。そういう趣味のやつにはたまに会うし、今時珍しくも無いんだが、よく見るとちょっと違った。

 アバターの関節部分に溝や隙間がわざわざ作ってあった。俺はマネキンを想像したが、後から聞いた話だと、球体関節人形というやつを模していたらしい。ビスクドールとか呼ばれているやつだ。有名なデザイナーに特注で作ってもらったホビーアバターだそうだが、口も表情も動かないのに美しい顔で、だけど少し……いや、かなり不気味なアバターだったよ。

 詳しい話をするために直接会おうってことになって、ムロメさんの家に行った。重くて灰色の、寒い冬だった。

 この国には似つかわしくない洋風のお屋敷で、レンガで作られた塀には植物が絡まってるし、入口にある照明はわざわざガス灯を模していたり、ミステリー小説の洋館って雰囲気がぴったりだった。ムロメさんはそこに一人で住んでいるっていうんだぜ。ますますミステリー小説の犯行現場だ。この時点で相当な変わり者だと思ったが、事前にかなり良い支援条件を提示されていたから、とりあえず話だけでも聞こうと思って中に入った。

「ウィムアルゼムィンスェ君、ようこそ、私の家へ。さァ、中へどうぞ。」

 身なりの良い細身の老紳士が俺を出迎えた。だが、俺はその背後からこちらを見つめる無数のガラスの瞳に圧倒されていた。

 洋館の中には、無数の人形が居たんだ。

「えっと、ムロメさん、これは……」

「私の娘達だよ。おや?人形は嫌いかい?」

「い、いえ、決してそういうわけでは……すみません、少しびっくりしてしまって。」

 正直、この時点でもう帰りたいと思ったが、やっぱり支援の話は魅力的だったから、踏みとどまった。

「フフフ、私を異常者だと思うかい?」

「い、いえ、そんなことはないですよ。」

「人でないモノを愛するのは、それだけで狂気だと思うかい?」

「……」

 無言で向かい合うイルカの俺と人間の老紳士を、無数の人形達が見つめているんだ。異様だったよ。

「人では無い君も、そう思うんだろう?気にすることは無いとも。集団の『普通』から外れた個体を警戒するのは、生物として当然だ。」

「何をおっしゃりたいのでしょうか?これは、何かのテストですか?」

「はっはっは、とんでもない。」

 老紳士は、その見た目からは不釣り合いな明るい笑い声を上げた。

「私の思想の話だよ。君を支援する理由でもある。理由の無い支援ほど信用できないものは無いだろう?私は、姿を偽ってまで他者と同じであることを是とする今の社会を嫌悪しているんだ。」

「つまり、そんな社会を作っているORCAシステムを嫌悪しているということですか?」

「まあ、そんなところだね。優秀な君に、この虚構に満ちた世界の秘密を暴いてほしいのだ。さァ、私の部屋に行こう。詳しい内容を話そうではないか。」

 アンティークの家具に囲まれ、暖炉があたたかな光を放つ部屋には、やっぱりたくさんの人形が並んでいたよ。手のひらに載るようなものから、人間と同じくらいの物まで、その大きさは様々だっだ。だだ、すべてが例外なく少女の人形だった。

「私は人間が大嫌いでね。そして、人間のふりをするイルカは人間の次に嫌いだ。イルカがイルカのままでいられる世界にすべきだと思わないかね?」

「はあ……」

「今のこの世界は醜い。この子達はそんな私を苦悩から救ってくれるのだよ。」

 老紳士は一体の人形をひざの上に載せ、その髪をブラシでとかしながら言った。暖炉の光で照らされる表情は――とても穏やかだった。

 部屋のどこを見ても、人形のガラスの目がこちらを見つめているんだ。俺はなるべく目線を合わせないようにしながら、支援の話を続けた。提示された支援内容は破格のものだった。金銭面に加え、地下の隠しラボと設備も提供してくれるという。だが、一つ気になる項目があった。

「あの、この、助手の貸出し、というのは?」

「ああ、それか。百合音、挨拶をしなさい。」

 すると、今まで壁際に並んでいる大きな人形だと思っていたモノの一つが、ゆっくりと前に出て、声を発した。

「はい。」

 助手の貸出しとは、つまりユリネの貸出し、だったんだ。ゴシック調のドレスを纏った無表情なユリネは人形たちに完全に溶け込んでいて、俺は人間がいるとその時まで本当に気付かなかった。老紳士は自慢の孫娘を紹介するようにニコニコとした笑顔で言った。

「この子も私の娘の一人だ。とっても高性能な、ね。」

 俺は周りの人形も全部動き出すんじゃないかと、思わず部屋を見回してしまったよ。当然そんなことは無く、人形みたいな人間はその一人、ユリネだけだった。

「あはは、む、娘さんでしたか……すみません、気がつかなくて。」

「はっはっは、驚かせてしまったかな。これでも引き取った時に比べると大きくなって、人間らしくなってしまった。残念なことに、生きてる人間は成長してしまうんだ。」

 最後の言葉は心底残念そうな言い方で、どうやら場を和ませるジョークという訳ではないようだった。俺は少しめまいがしてきたが、なんとか頑張った。

「え、ええと、彼女が助手として手伝ってくれるのですか……しかし、先ほどおっしゃった高性能とは?」

「詳細は伏せるが、彼女の知能は仮想世界とORCAシステムに対して非常に適性が高いんだ。きっと良い助手になるよ。」

 ユリネが無言でお辞儀をした。

「自分の世話は自分でするようにしてあるから、手間はかからない。ぜひ、上手く使ってくれたまえ。」

 老紳士は満面の笑みで、娘と呼んだ少女をさも道具のように差し出した。

 確かにユリネは高性能だった。ムロメさんの支援とユリネの能力のおかげで、俺の研究は劇的に進歩して夢に近づいた。そして、ついにORCAシステムのレイヤー4ならハッキングして管理者権限を取得できるようになった。

 ムロメさんがイルカ中心主義者団体のインテルフィン教団の幹部だということを知ったのは、支援を受けるようになって少し後だった。だが、俺は潤沢な資金と設備で広がっていく自分の世界の続きが見たくて、そんな事は大したことじゃない、と思うようにしたんだ。


「そして、先週だ。旧友のウィリェシアヴィシウスェに会うという口実でミカゲにコンタクトして保護しろ、と言われたのは。疑問は当然あったが、ORCAシステムの謎の解明に繋がると言われて、引き受けた。あんまり根掘り葉掘り聞いて機嫌を損ねたら支援が打ち切られる、と思ったのが本音だよ。言っておくが、お前達を襲って家に火をつけた奴らは俺とは本当に関係ない。あれは偶然だったが、結果としてミカゲを保護することに成功したというわけだ。だが今にして思えば、ムロメさんはどこからかコードVの実験の事を知り、計画的に俺に近づいたんだろう。共存派がミカゲ達を襲うだろう事も予想していたのかもしれない。こうして直接傭兵を送り込めたのに最初からそうしなかったってことは、俺は他の勢力の出方を見る緩衝材のような役割だったのかもな。何も知らないまま、おだてられて上手いこと使われていたってことだ!」

 アルの語尾に、隠しきれない怒りがにじんだ。その怒りの矛先が、決して室米だけに向けられたものではないことを、僕は自分の感情と重ねて理解した。まんまと良いように使われた自分の不甲斐なさへの怒りだ。

 だが同時に、僕はあることを思い出していた。僕はシャツをまくって、隠していたファイルを取り出した。

「アル、これを見てくれ。こっちのファイルだ。僕を治療――と称して実験に使った鹿追という医者の部屋にあったんだ。」

「なんだ?百合音……まさかあのユリネか……?被検体10号って、おい、どういうことだ?」

「わからないよ。別人かも知れないし。室米って人がユリネを引き取ったって言ってたけど、インテルフィン教団とシロキさん達は敵対しているような感じだったよね……」

「一体どういうことだ?ユリネはスパイか何かってことか?」

 その時、今まで走り続けていたバンがゆっくりと停止したのが分かった。じっと目を閉じていたダニエルが顔を上げ、目を開く。

「運転席、どうした?何、検問?病院の件で警戒線が引かれたのか?てっきり隠滅すると思ったが。」

「どうしたんですか?検問って?」

「状況によっては強行突破する。どこかに掴まっていろ。」

 ダニエルはそう言うと、運転席との通信に耳を澄ませた。窓が無いために外の様子は分からなかったが、おそらく運転席のイルカが警官とやり取りをしているのだろう。僕も運転席側に意識を集中していた。

 だから、バン!という音と共に車の後部のドアが開いた事に、反応が遅れてしまったのだ。

 振り向いた僕の視界の中で、人影が素早く車内に足を踏み入れ、手に持った光る物を突き出していた。

「!」

 僕の前にアルが飛び込んで来た。その後、ガーンと大きな音がバンの内部に響き、耳がキーンとなった。ようやく事態に追いついた僕の脳が認識したのは、銃を持った旭と、僕の前で崩れ落ちるアルだった。

「クソッ!やられた!」

 ダニエルがその太い腕を振るって突撃するが、旭は後ろに飛び退いてかわす。銀色に光る拳銃がダニエルに向けられ、その後、ガーンと、大きな音が3回響いた。

「ちっ、こっちは装甲付きか。軍用かよ。」

「早く、車を出せ!」

 ダニエルの言葉で、バンが急加速した。検問を振り切って強行突破をしたのだ。警官達の怒声が遠ざかるのを聞きながら、僕はアバターが消えポッドの姿になったアルを見て、震えていた。アルの本体が入っている水槽には大きな穴が開き、そこから赤く染まった水が流れ出ていたからだ。

「ダニエルさん、早く病院に!」

 ダニエルは目を伏せ、首を横に振った。

「残念だが、彼はもう死んでいるよ。」

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