第24話
「だからか、お前の身体は冷たくて心地良い。しばらくこうしていれば、いつもよりも早く治りそうだ」
「……えっ」
そんなことを言われてしまえば、どんなに恥ずかしくてもこの腕を振り払えるはずがない。
ジェイドの身体は過剰な魔力に侵されているらしい。
だから魔力のない優衣を心地良いと感じているようだ。例えるなら、熱の帯びた身体に氷嚢を当てているようなものか。
彼を助けることができるのなら、嬉しい。
でも恋心を自覚してしまった相手に、ベッドの中でしっかりと抱きしめられるという今の状況は恥ずかしすぎる。
そのまま眠ってしまったジェイドの腕の中で、優衣は羞恥心と困惑で、どうにかなってしまいそうだった。
「どうしよう……」
恥ずかしい。でも、彼を助けたい。
その繰り返しで頭がぐるぐると回る。
そんな優衣とは裏腹に、そのまま二時間ほど眠ったジェイドは、すっかり元の彼に戻っていた。
不遜で強引で、こちらの言い分をまったく聞いてくれない、無駄に顔の良い魔導師。
そんな彼の顔色が少し良くなっていることに気が付いて、ほっとする。
(どうしてこんな人、好きなんだろうなぁ)
我ながら趣味が悪いのではと思うが、好きなものは仕方がない。
「ティラを呼ぶ。審議会に行く準備をしろ。……ああ、ルシェーも連れて行くか」
「え、ルシェーも?」
「一度、守護者候補になっているからな。ついでに移動魔法も使わせる。優衣も準備を急げ。間に合わなかったら、その恰好のまま連れて行くぞ」
「え、それだけはやめて!」
前にも聞いた言葉だ。そして、ジェイドなら確実にそうするだろうと確信が持てる。
自分が優衣を抱きしめて離さなかったくせに、ひどい話である。
でも弱っている姿を見るよりは、振り回されているほうがましだと思ってしまう。
恋心とは、厄介なものである。
慌てた顔でやってきたルシェーに、謝罪した。
「ルシェー、また巻き込んじゃったみたい。ごめんなさい」
「う、うん。僕は、多分大丈夫……」
引き攣りながらもそう答えたルシェーだったが、王城はあまり怖くなかったらしい。たしかに少し不安定だか、力は強いとジェイドが言うくらいだ。魔族でもない人間などは、恐ろしくも何ともなかったのだろう。
何とか準備を整えてジェイドの元に向かう。
彼は確認するかのように優衣の全身に視線を巡らせると、小さく頷いた。どうやら合格だったらしい。
「そろそろ時間だ。行くぞ」
「あ、うん」
ルシェーが優衣に向かって手を差し伸べてきたので、しっかりと握る。
「ジェイドも手を握ってもらっていい? 少し、コントロールに不安があるから」
嫌そうな顔をしながらも、ジェイドもルシェーの手を握る。
「自分で魔法を使うよりはましだろうけど、少し気分が悪くなるかもしれない」
「わかっている。時間がないから急げ」
「……うん」
不安そうな顔のまま、ルシェーが転移魔法を使う。
浮遊感。そして空間が歪んだような感覚のあとに、見覚えのある魔方陣の部屋に出た。
「よかった。成功した」
ルシェーがほっとしたように言ったが、もしかして失敗する可能性もあったのだろうか。帰りが少し不安になりながらも、ルシェーに手を取られて王城の中を歩いた。
広い廊下は人ひとりおらず、静まり返っていた。前回よりも緊迫した空気なのは、魔族の襲撃が続いているからか。
審議会は最初のように淡々と進められた。
ミルーティもマルティも守護者候補を連れていなかった。夜会でミルーティが連れていた守護者候補は、ルシェーを怖がって逃げてしまったらしい。
まだ二回目の審議会とはいえ、国王も王太女も落胆を隠そうとしない。
当然のように、ルシェーを連れた優衣に期待の視線が集まることになる。
(どうしよう。ルシェーだって本当の守護者候補じゃないのに)
ただ優衣が魔族の力に慣れるように、ジェイドの命令で傍にいてくれるだけだ。
「私もまだ、承知してもらっていませんから」
そう言って愛想笑いを浮かべるだけだ。
ちらりと隣に座るジェイドに視線を移す。
前回とは違って、今回の彼はおとなしい。ミルーティを挑発することもなく静かに座っているだけだ。
顔色があまり良くないので、まだ体調が悪いのだろう。
ルシェーが魔法を使うと気分が悪くなるかもしれないと言っていたことを思い出して、思わず彼の手に触れた。
やっぱり優衣を抱きしめて眠っていたときよりも、体温が上がっているようだ。せめて少しでも彼の苦痛を取り除くことができればと、審議会の机の下で手のひらを重ねる。
審議会もそろそろ終わり、次回の日程を確認していたとき、それは起こった。
国王も王太女もいるこの部屋の扉が、先触れもなく乱暴に開かれた。
「!」
あまりの勢いに驚いて、優衣はびくりと身体を震わせる。
前回と同じように進行役をしていた魔術師イドロが、声を上げる。
「何事か。国王陛下の御前であるぞ」
「……も、申し訳ございません。ですがクリステの町が、魔族に襲撃されています!」
呼吸も覚束ないほど息を切らした騎士が、恐ろしい事実を告げる。
「何だと?」
国王が立ち上がり、瞬時に緊張感が走った。
クリステの町とは、たしか王都に近い大きな町だったはすだ。
しかも襲撃したのは、複数の魔族だという。
辺境の町ではなく王都のすぐ近くということで、それを聞いた者達はすべて動揺している。
「すぐに、魔導師団を派遣しろ」
「……無理です。昨日までの戦闘で、王立魔導師は一人残らず魔力弊害で倒れています。戦える者はひとりもいません!」
そう答えた騎士の言葉に、国王は苦渋の顔をした。
魔力弊害とは、昨日のジェイドのような症状なのだろう。王立魔導師団という大きな組織の全員が倒れたなど、尋常ではない。優衣はジェイドに守られた安全な場所で呑気に暮らしていたが、国の状態はそこまで悪化していたのだ。
「今は騎士団が足止めをしていますが、魔族相手では長くは持たないと思われます」
騎士の言葉に、イドロが覚悟を決めたように告げる。
「……陛下。陛下と王太女殿下は、念のため王都をお離れください。クリステには、私とマルティが向かいます」
「えっ?」
イドロの言葉に、マルティはひどく動揺して声を上げていた。
平常時ならば、国王の前でそんな失態を犯すような彼女ではない。さらにマルティは両手をきつく握りしめると、助けを求めるように周囲を見渡す。
「わ、私は選定者だから。危険な場所に行くわけには……」
「あなたなんか、何の役にも立っていないじゃない。せめて魔導師として、国の役に立ったらどうなの?」
そんな彼女に辛辣な言葉を投げかけたのは、ミルーティだ。
「あなただって役に立っていないのは同じでしょう? 頭が空っぽで外見しか取り柄のないあなたと違って、私には将来があるのよ」
「何ですって?」
「ふたりとも、国王陛下の御前であるぞ」
イドロの叱咤に、ミルーティとマルティは睨み合いながらも口を閉ざす。
優衣は呆然とふたりの様子を見ていた。
ミルーティはともかく、マルティがこんなことを言うとは思わなかった。
「マルティ。お前は確かに選定者だが、国が滅びてしまえば意味のないものだ。もう戦える魔導師はいない。覚悟を決めて私と一緒に来なさい」
「……嫌。嫌よ。私はまだ、死にたくないの」
マルティは何度も振り、イドロの申し出を拒絶する。
そんな様子を良い気味だと言わんばかりに笑みを浮かべて見ていたミルーティも、イドロが口にした国が滅びるという言葉に、途端に青ざめる。
「国が滅びる? そんな、大袈裟に言っているだけよね? だって……」
先ほどのマルティのように周囲を見渡し、国王も王太女も暗い顔をして黙り込んでいる様子を見て言葉を失っている。
「ど、どうにかならないの? ジェイド……」
ミルーティが縋るように見上げたのは、先ほどから何も言わず、ただ目を閉じて優衣の手を握りしめているジェイドだった。
「あなたなら、何とかできるんじゃ」
「無理よ。今朝まで高熱で倒れていたのに。魔法を使えるような状態ではないわ」
優衣はその手を握ったまま、何も言わないジェイドを庇う。
彼はゆっくりと目を開き、自分を見つめる複数の視線を見返した。
けれど何も言葉を発さず、また瞳を閉じてしまう。
普段の態度があれだけに、不調なのは誰の目にも明らかだ。
「僕が行こうか?」
不意にそんなことを言ったのはルシェーだった。彼はジェイドと優衣を庇うようにして、ふたりの前に立つ。
「ルシェー?」
「今のところ、この国を守るために守護者になるつもりはないけど。でも、優衣とジェイドは守りたいからね。気配を察するに、あまり強くないみたいだし。僕でも倒せるよ」
ルシェーはそう言って、にこりと笑う。
「だから優衣は、ジェイドと一緒に先に帰っていてね」
「えっ」
この言葉とともに、景色が変わった。
魔法で転移させられたと気付いたのは、繋いでいたジェイドの手に力が込められたからだ。
「ジェイド、大丈夫?」
「……相変わらず転移魔法が下手だな」
文句を言いながら、優衣の手を取って額に押し当てる。先ほどよりも気分が悪そうで、心配になった。
「ルシェーは大丈夫かな?」
「あの程度の魔族に、ルシェーが負けることはない」
ジェイドがそう言ってくれたので、とりあえず彼のことは大丈夫だと信じる。
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