第5話

 部屋の奥には重々しいカーテンが下がり、その前には玉座がある。そこに座っている初老の男性が国王だろう。若い頃はかなり逞しい体型をしていたのではないかと思わせる、がっちりとした威厳のある国王だった。

 その隣に座っている若い女性が、王太女かもしれない。国王とは違ってほっそりとした美人で、年はおそらく優衣よりも五つほど上だ。

 ふたりの傍には、魔導師らしい老人の姿。白いひげが顔のほとんどを覆い隠し、漆黒のローブを纏っている。まるで物語に出てくる賢者のようだ。彼が立会人の魔導師長イドロらしい。

 直前にジェイドから聞かされていた内容を思い出しながら、ひとりひとりに視線を向ける。

 そして国王の前には、ふたりの女性が並んでいた。彼女達が選出者候補のようだ。

(あ、本当にわたしひとりじゃないんだ……)

 心強いと思うと同時に、それなら自分ではなくてもいいのではないかと思う。優衣は複雑な心境になりながら、そのふたりを見つめた。

 ひとりは茶色の髪をした、真面目そうな女性だ。

 彼女もまた魔導師のローブを着ていた。王城にある魔法陣といい、この世界には魔法という存在がかなり浸透している様子だ。

 もうひとりは鮮やかな緋色の髪をした、派手な女性。

 赤い唇に蠱惑的な笑みを浮かべて周囲を見渡している。王城に不釣り合いな、露出が多めのドレスを身に纏っていた。

 そのふたりに対する、優衣の印象は。

(真面目な委員長タイプと、悪役の女性って感じね……)

 委員長タイプのほうは憐れむように、そして悪役タイプのほうは侮るような目をして優衣を見ている。その視線から察するに、残念ながらどちらともあまり仲良くなれそうにない。

「では審議会を始める。選出者候補は、推薦者と氏名を名乗りなさい。まず、右側から」

 優衣を伴ったジェイドが国王の前に進み出て、挨拶をしたことを見届けると、賢者風の魔導師イドロがそう言った。

 外見とは違い、よく通る若々しい声だった。

 その声に答えたのは、茶色の髪をした魔導師の女性のほうだった。

「はい。マルティと申します。推薦者は師であるキリア様です。魔族に関しての知識は、誰よりも豊富だと自負しております。この国のために、身を賭して働くつもりです」

 真剣な声だった。

 国王も、その隣にいる王女も神妙な顔をして頷く。

 次に名乗ったのは、その隣にいる妖艶な美女だ。

「私はミルーティ。推薦してくださったのは、ギータ王弟殿下です。この国のため、必ず優れた守護者を選んでみせます」

 その姿通りに艶やかな、色っぽい声だった。

 次に、全員の視線が優衣に向けられる。

「あ、ええと」

 どうやら名乗らなければならないようだ。ちらりと隣にいるジェイドに視線を移した。彼は小さく頷き、促すように優衣の肩に手を添える。

「わたしは優衣です」

「推薦者は魔導師ジェイドだな?」

 イドロの言葉にこくりと頷いた。

(推薦というか、強制的に連れてこられたんだけど……)

 訴えて助けてもらえるならと少し考えたが、国王と王太女は思い詰めたような顔をしているし、ふたりの選出者候補もそれぞれやる気に満ちた顔をしている。とても助けてもらえるような雰囲気ではなかった。

「異存がなければ、この三名で守護者選出を始める」

「お待ちください」

 イドロの言葉に被せるように声を上げたのは、悪役タイプのほう……。たしかミルーティと名乗った女性だ。

「彼女はどう見ても他国の人間です。他国の者を連れてくるのは禁止されているはず。国際規約違反ではないでしょうか?」

「違反などしていないぞ、ミルーティ」

 賢者風魔導師が口を開くより先に、ジェイドは反論する。そして優衣の黒髪を、他の者に見せつけるかのようにさらりと撫でた。

「他国から呼ぶのは禁止されているが、異世界から呼ぶのは禁止されていないだろう?」

「異世界、ですって?」

 この言葉に顔色を変えたのは、ミルーティだけではなかった。全員が驚愕を隠そうともせずに優衣を見つめている。

「そう。彼女は第一世界出身だ。この国の現状を話し、協力してもらえることになった」

(きょ、協力って……。そうしないと元の世界に戻さないって脅したくせに?)

 思わず声を上げそうになったが、ここで言い返しても彼が考えを変えることはないのは先ほど思い知ったばかり。言葉で反論しても無駄だ。

 口は災いのもと。

 仕方なく愛想笑いをする。

「優衣は第一世界の人間だと?」

 イドロが確認すると、ジェイドは頷いた。

「それが真実なら、規約違反者はいないようだ。あらためてこの三名で、守護者選出を開始する」

彼はあっさりとジェイドの言葉を受け入れ、そう宣言した。

「三十日ごとに定期報告会がある。選出者候補は、必ず参加すること。守護者が決定した時点で、この審議は終了となる」

 それからはいくつか注意事項があった。

 国民に被害が出るような魔族を連れ込んではならない。

 他の候補者を害するような行動をしてはならない、など。

 マルティは真面目そうに誓約しますと告げる。

 ミルーティは両隣にいるマルティ、優衣を見つめ、わざわざ邪魔をするまでもない、と言いたげに笑う。そして促され、ようやく誓約の言葉を口にした。

「ええ、誓うわ」

(態度がいちいち嫌味な……。さすが悪役)

 そんなことを思っていた優衣も、ジェイドに急かされて同じように誓約することになった。

 審議会が終わるとマルティ、ミルーティ、そしてジェイドと優衣は謁見の間から退出する。

「お互い、この国のために頑張りましょう」

 部屋を出てすぐに、そう言ったのはマルティだった。真面目そうな彼女に優衣も答えようとしたとき、くすくすと笑い声が響く。

 ミルーティだ。

「お互い、ねぇ……。魔族と戦うつもりなら、あなたでもいいんでしょうけどね。夢中にさせて守護契約を結ばせるのは、どう考えても無理ではないかしら」

 露骨に馬鹿にしたような顔をしてマルティを見つめる。

「まともに男と会話したこともないような女に、魔族を誘惑することができるとでも?」

(うわぁ……。本物の悪役だった。典型的な嫌な女だ)

 外見はとても美しいが、性格はかなり悪いようだ。ジェイドといい、この世界は綺麗な人ほど性格が悪い傾向にあるのかと思ってしまう。

 あまりにも尊大な態度に、見ていられなくて視線を反らした。

「なっ……」

 マルティはその言葉に激高してミルーティに詰め寄るが、他の選出者候補に危害を加えたら失格よ、と言われて悔しそうに唇を噛み締めた。

「まぁ、礼儀も知らないような女よりはましだろう」

 さらりとそんなことを言ったのは誰かと思えば、優衣の隣にいたジェイドだった。  

(な、なんでわざわざ波風を立てるようなことを……)

 ぎょっとして思わず隣を見れば、彼は不遜な顔をしてふたりの女性を見ている。

「な、何ですって。私が誰に推薦されたと思っているの?」

「ギータ王弟殿下だろう? 最近、若い伯爵令嬢に夢中だそうじゃないか。飽きた愛人を魔族に押しつけるつもりのようだが」

「なっ!」

 ミルーティがマルティに投げつけた言葉はたしかにひどかったが、こっちも相当ひどいことを言っている。案の定、ミルーティは顔を真っ赤にして手を振り上げる。

 あ、殴るつもりだ、と思った瞬間、景色が変わった。

「え?」

 あまりにも急なことで、身構える暇もなかった。くらりと眩暈がして、慌てて手を伸ばすと、誰かがしっかりと支えてくれた。

 ジェイドだ。

 どうやらここは街中のようで、移動魔法で逃げてきたらしい。

「……さすがにアレは、ひどいのでは」

「事実を言っただけだ」

 思わずそう言ってみたが、彼はまったく悪びれず、そのまま歩いていく。こんな街中ではぐれたら大変だ。優衣は慌ててそのあとに続いた。

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