第92話 迷宮最深部に入ってみた

漫画4巻が最近、DMM少年コミック日間1位取ってたみたいです! ありがたい!

――――――――――――――――――――




「ふわぁ……す、すごいっ!」


「うむ、これは壮観じゃの」


 “恐怖の館テラーハウス”の最深部の部屋に入ったローナたち。

 そんな彼女たちの前に広がっていたのは――巨大な書庫のような空間だった。


 はるか空へと続いているような書架の塔。

 壁にはぎっしりと分厚い本がつめこまれ、宙に浮かんでいる無数の紙灯籠が、ぼんやりと背表紙の群れを輝かせている。


「す、すごい数の本ですね。まるで、神々の書架インターネットみたい……」


「ふむ……まあ、ダンジョンは誰かが見ている夢の中みたいなもんじゃし……迷宮最深部ここは、たいていダンジョンを作ったやつの心象世界になるからの。そやつは、よっぽど知識欲に取り憑かれておったんじゃろうな」


「ほぇー」


 テーラがなにを言っているのか、ローナにはよくわからなかったが……。


「とりあえず、ここにある迷宮核を取れば、モンスターも出なくなるんでしたよね?」


「そうじゃな。それで、この家は完全にわれのものになるのじゃ。して、肝心の迷宮核は…………うげぇなのじゃっ!?」


「ど、どうかしましたか、テーラさん?」


 いきなり変な声を出したテーラの視線の先を追ってみると。

 部屋の中央にある迷宮核――の前に立ちはだかるように。


 ――ひとりの少女が浮かんでいた。


 修道服のような黒衣を身にまとい、宙に浮かびながら本を読む少女。

 どうやら、テーラはその姿に見覚えがあるらしく。



「ど、どうして、おぬしがここにおるんじゃ……闇の女神ロムルーよ」



 と、その少女の名を呼んだ。


 七女神の1柱――闇の女神ロムルー。


 それは、世界創造に関わった七女神……その最古参の1柱。

 夜の世界や、死後の世界をつかさどり、霊魂を管理する冥界の女王だ。


 そんな神のいきなりの降臨に、ローナはというと。


「あれ、テーラさんのお知り合いの神様ですか? こんにちはーっ!」


「おぬしって、不動の心の持ち主じゃよね」


 すっかり神との邂逅にも慣れてきたローナであった。

 一方、闇の女神ロムルーは、冷たい目でローナたちを見下ろすと――。




「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」




「いや、なにも言わんのかい」


 迫真の無言だった。

 無言のまま、ロムルーは白紙の本に、かりかりと羽ペンでなにかを書き始める。


「………………」


「お、おーい?」


 かきかき。かきかき。


「あ、あれ……もしかして、われってシカトされてる?」


「あのー? あっ、私はローナって言うんですけど……」


「………………」


 かきかき。かきかき。かきかき。


「いや、なんじゃ、この時間……とっとと迷宮核取りたいんじゃが」


「そうだ、せっかくなのでお茶の用意しますね! ロムルーさんもいかがですか?」


「…………(こくこく)」


「いや、もらうんかい」


 というわけで、女神2柱とのお茶会が始まり――。

 しばらくして、ロムルーがようやく手元の本をこちらに見せてきた。



『A.ここは 余の管轄のひとつ』



 かきかき……。



『★主な目的:迷える霊魂の救済 研究資料の分析 生物兵器の封印の管理★』



 かきかき。かきかき……。



『Q.貴様こそ なにをしている 邪神テーラ?』



 まさかの筆談であった。

 そして、彼女はこの家の管理人ならぬ管理神のようだった。


「なにをしてって、ここはわれのハウスじゃぞ! われが自分の家でなにをしようが勝手じゃろ!」


「………………」


 かきかき。かきかき。かきかき。



『Q.まさか ここの研究資料と

   生物兵器を 狙っている?』



「? なんの話じゃ?」


 かきかき。かきかき。かきかき。



『A.なんの話かは 決まっている

   ここに到達した ということは

   博士の手記も 読んでいるはず』



「は、博士の手記じゃと? ローナよ、なんのことかわかるか?」


「うーん、全然わからないですね」


 まったく思い当たるものはなかった。



『A.しらばっくれても 無駄

   貴様らの企みは お見通し』



「た、企みじゃと!? い、いったい……ローナはなにを企んでいると言うのじゃ!?」


「なんで、私なんですか?」


 かきかき。かきかき。かきかき。かきかき……。



『A.ここは 魔族や終末竜が作られた

   1000年前の大戦の 元凶の地

   ありとあらゆる 禁忌の知識が ここにはある(続く)』



「えっ……われの家、そんなことになっとるの?」


 かきかき。けしけし。かき。かきかき……。



『A.邪神どもに 知られれば

   地上侵攻に 利用されるのは 必定(続く)』



「いえ、あの……私たちはこの家に住みたいだけでして」


 かきかき。かきかき。けしけし。かきかき……。



『A.なればこそ 貴様らを

   この地に居座らせるわけには いかない!(終わり)』



「えぇっ!?」


 ここまで来て、まさかの管理神による立ち退き要求だった。

 それから、ロムルーが話は終わりだとばかりに、筆談用の本をぱたんと閉じると――。


 ――ぱら……ぱらぱら……ぱらぱらぱらぱらぱら……と。


 書架中にある無数の魔導書や羊皮紙が一斉に舞い上がり、ロムルーの周りで渦を巻き始める。


「…………ほぅ?」


 一方、テーラはまったく動じることなく、にぃぃっと不敵に笑うと。


「くくく……まさか、この邪神テーラに立ち退き要求をするとはのぅ。管理神じゃかなんじゃか知らんが……もちろん、われは抵抗するぞ――肘で」


 と、ロムルーに肘を突きつけた。



「「――――――――――」」



 まさに、一触即発の空気。

 この家の居住権をかけて、今にも神々の戦争が幕を開けそうだった。


(な、なんか、大変なことになったなぁ……)


 最初はただ新居を見に来ただけだったのに、まさかこんなことになるとは……。

 ローナにとっては、わりと毎度のことであった。


(まあ、神々は目と目が合ったらバトルするらしいしね。とりあえず、ティーセットはアイテムボックスにしまっておこっと)


 と、ローナがいろいろ慣れたように対応し始めた一方で。

 テーラに啖呵を切られたロムルーは、白紙の本に羽ペンを走らせ、返す言葉をつむぐ――。


「………………」


 つむぐ。つむぐ。つむぐ……。


「………………」


 つむぐ。つむぐ。つむぐ。つむぐ……。


「………………」


 つむぐ。つむぐ。つむぐ。つむぐ。つむぐ。つむぐ。つむぐ。つむぐ。つむぐ。つむぐ……。




「――お……おっせぇのじゃああああッ!!」




 テーラがキレた。


「さっきから、いちいちおっそいのじゃ! たいした文字数もないくせに! 普通に自分の口で話さんか!」


「……っ……っ」


 筆談用の本を取り上げられ、取り戻そうとぴょんぴょんする闇の女神ロムルー。


「テーラさん、待ってください! ロムルーさんはまだボイスが実装されてないし、しばらく実装予定もないそうです!」


「どういうことじゃ!?」


「私にもよくわかりません」


 そう言っているうちに、ロムルーが本を取り返し、かきかきと羽ペンを走らせた。



『A.なぜか 最近 しゃべれなくなった

   あまり 会話しないけど とても不便』



「ですよね……」


「な、なんか、ごめんなのじゃ」


 そんなこんなで、ロムルーもしょぼーんとしてしまい……。

 なんだか、バトルするような空気ではなくなってしまった。



『A.声を失ったのは おそらく

   余への信仰の 減少が 原因』



「いえ、ボイス未実装が原因だと思いますが」



『A.闇の女神は もともと 人気がないのに

   どこぞの 地の女神が 邪神堕ちしたせいで

   余への信仰が そのクソ邪神に 奪われた』



「い、いや、それは営業努力の差じゃろ! われはただ、若者の流行を取り入れたり、新生活シーズンにお得な『新規ご入信キャンペーン』や『信仰お乗り換えキャンペーン』をやったりして、幅広い層の信者こきゃくを――――あっ」



『Q.信仰お乗り換えキャンペーン とは?』



「……………………」



『Q.信仰お乗り換えキャンペーン とは?』



「いや、それは…………ごめんって」




『A.ゆ゛る゛さ゛ん゛』




「めちゃくちゃ怒っとる……どうしよう……」


 テーラがおろおろする。


「の、のぅ、ローナ? とりあえず、いんたーねっとでこやつの信仰とか取り戻せない?」


「うーん、とりあえず調べてみますね……えっと、信仰を強めるには、“おんらいんさろん”や“自己啓発せみなー”を開くといいそうです!」


「それは……なんかやめとくのじゃ」


「あとは、闇かぶりがダメってことなら、テーラさんが地の女神に戻るとか――」



「い……嫌じゃ! 七女神かんりしょくになど戻りとうない! 地の女神に戻るぐらいなら、“肘をつかさどる女神”になるのじゃ!」



 即答だった。

 やはり、信仰というのはなかなか難しい問題らしい。


 そもそも、闇の女神はもとから人気がないというし……テーラが肘をつかさどったところで、ロムルーの信仰や声が戻ることはないだろう。


(うーん。管理神ロムルーさんに嫌われたままだと、この家に住めないっていうのもあるけど……やっぱり、このまま筆談だけっていうのは、ロムルーさんにとっても不便だよね。できれば、なんとかしてあげたいなぁ……)


 とはいえ、インターネットに『ロムルーの声は存在しない』と書いてある以上、ローナにはどうすることもできないわけで――。



(……ん? ? そういえば、インターネットって――)



 そこで、ローナは、ぽんっと手を打った。


「そうだ、いいことを思いつきました!」


「おおっ、本当か!」


「……?」


 その場にいた2柱の女神の視線が、ローナに向く中――。

 やがて、ローナはその言葉を告げる。



「――“こぴぺ”を使いましょう!」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る