第53話 うぃんうぃんになってみた
――地上の人間と、“うぃんうぃん”になりませんか?
ローナがそう提案してからは、一騒動があった。
というのも、『ローナ以外の人間と関わるのは不安だ』という水竜族の声が少なからずあったためだ。
なんでもこの国では、1000年前に人間と関わったことで大きな戦争が起きたらしい。そのときに水竜族は海底の道を閉ざし、人間との交流を完全に絶つ道を選んだのだとか。
ローナを見たことで、水竜族たちの人間への不安は少し解消されたものの……。
やはり、人間への苦手意識をすぐに克服するのは難しいだろう。
しかし、そんな水竜族たちを説得したのは――ルル×2だった。
『――ルルは地上を見てきた』
『地上の人間は、みんな悪いやつらだって思ってた』
『だけど、みんなルルたちと同じように生きていた』
『猫っていう化け物もいたけど……うまいものがたくさんあって、たくさん家があって、たくさん人がいて』
『げぼくみたいな、いいやつもいて』
『つまり、ルルがなにを言いたいのかというと……』
『『食い物が欲しくないかーッ!!』』
『『『うぉおおお――ッ!! 欲しいぃいい――ッ!!』』』
『ルル……いつの間に、そんなに大きくなってっ! おぉぉんっ! ルルぅうう! パパ、見てるぞぉおお――っ!』
『『パパ、うるさい』』
そんなこんなで、反対意見などもあったものの。
ひとまず試験的に、ローナが信頼している相手と交流を取ってみようという話になったのだ。
一方、その頃。地上では――。
(……遅いわね、ローナちゃん。いえ、あの子のことだから心配はないと思うけど……)
ローナの帰りを待っていたアリエスは、『わたしは未成年者に飲酒をすすめました』と書かれた紙を首からさげながら、不安げに海辺を行ったり来たりしていた。
ローナの帰りが遅くなるにつれ、さすがのローナでも海底王国へ行くのは無謀だったように思えてきたのだ。
水中でモンスターに襲われたら、地上と同じように戦えるとは思えないし……。
なにより、『人と水竜族がかつて戦争をしていた』と書かれている文献も見つかったのだ。
無事に海底王国にたどり着けたとしても、水竜族たちに襲われてしまうかもしれない。
(あぁ~っ! やっぱり、引きとめるべきだったかしら……うぅ~)
と、アリエスが、がしがし髪をかいていたところで。
「「「――あっ、いたいた! アリエスさ~ん!」」」
「……え、ローナちゃん?」
背後から、てててっという足音とともに、ローナの声が聞こえてきた。
いつの間にか、ローナは無事に海から上がっていたらしい。
アリエスはほっとして、声のほうへとふり返り――。
「ローナちゃ……んんんッ!?」
――絶句した。
ありえないものが見えた気がしたのだ。
しかし、アリエスが目を何度こすっても、見えるものは変わらず……。
「「「……? どうかしましたか?」」」
「い、いえ、どうかしてるのはローナちゃんというか……なんでローナちゃん、3人に分裂してるの?」
「「「あっ、これは装備スキルの検証をしてたらこうなりました! お気になさらずに!」」」
「そ、そう……まあ、ローナちゃんが変なのはいつものことだし、これぐらい驚くことでもないか……」
「「「……?」」」
ローナがきょとんと首をかしげる中、アリエスはいろいろ慣れたように気を取り直す。
「それで、わたしになにか用かしら? やっぱり、海底王国アトランへの道がわからなかったとか?」
「「「あ、いえ! アトランには普通に行けました!」」」
「そ、そう」
おとぎ話の国に行っている時点で、普通でもなんでもない気がするが……。
ローナとの会話でそこをツッコんでいたら話が進まなくなるので、アリエスは黙って続きをうながした。
「「「ただ、そこで『これからは人と水竜族で交流を取りたいね』という話になりまして! それで、地上の人間代表として、アリエスさんに来てほしいなぁ、と!」」」
「うんうん……うん?」
「「「じゃあ、さっそく行きましょう! あっ、ドワーゴさんもつれて行きたいですね! ちょうど水竜族の人たちは、鍛治についても興味があるみたいで……」」」
「いや、ちょっ……待って? えっ? 行くって、海底王国アトランに? えっ、待っ――」
「うぉおおっ!? なんだ、ローナの嬢ちゃんが3人――!?」
そんなこんなで、状況を理解していないアリエスとドワーゴを、海底王国アトランまで運んでいき――。
それから、20分後。
海底王国アトランの中には、ぽかんとしたように立ち尽くすアリエスとドワーゴの姿があった。
「……マジかよ、おい。マジでおとぎ話の海底王国アトランじゃねぇか、ここ……」
「いや、というか……人と水竜族の交流って、かなりの歴史的大事件よね? わたしが地上の人間代表って……えぇ……」
ちなみに、ドワーゴは海が苦手なようで、道中もずっとそわそわしていたが……。
海底王国アトランに入るなり、恐怖感などはどこかへ吹き飛んだらしい。
「う、うぉっ!? なんだ、ここにあるもんはっ!? どれもこれも古代技術の結晶じゃねぇか!?」
と、年がいもなくはしゃぎだした。
「あの、地上の鍛冶士の方ですか? こちらの槍を見ていただきたいのですが。少しガタが来ていまして……」
「――ああん!?」
「ひっ!?」
「なんだこりゃ!? こんなの国宝級じゃねぇかっ! こ、こんな槍の形状、思いつきもしなかったぞっ! な、なるほど、そういうことか……や、やべぇ、鍛治のアイディアがどんどんわいて来やがるっ!」
「は、はぁ……」
「ああもう、我慢できねぇ! 鍛冶場はどこだ!? ここにある武器、全部オレに修理させろ!」
「あ、あの、武器だけではなく、鍋や家具などの日用品もガタが来ていまして……」
「ああん、日用品だぁっ!?」
「ひっ、ごめんなさいっ!」
「だったら、ちょうどいい! ちょうど在庫を処分したいと思ってたところだ! うちに大量にあるから、また今度持ってきてやる!」
「え……? あ……ありがとうございます!」
そんなこんなで――。
ドワーゴのほうは、さっそくいつもの調子を取り戻して、水竜族となじみ始めたようだ。
(うん、ドワーゴさんは大丈夫そうだね。ただ、アリエスさんのほうは……)
と、ローナはアリエスのほうを見る。
アリエスは今――港町アクアスの代表として、海王と面会していた。
「わ、わた、わたしは、港町アクアスの代表のアリエス・ティア・ブルームーンでしてぇ……水竜神殿で巫女もしているので、海王様のことは伝承などでかねがねぇ……ふひ……ふひひ」
どうやら、アリエスのいる水竜神殿では水竜族が信仰の対象らしい。そのせいか、アリエスはガチガチに緊張して、先ほどから気持ち悪い笑みを浮かべていた。
その様子に、海王が不安そうにローナに耳打ちしてくる。
「ろ、ローナ殿? 本当に大丈夫なのか、この人間は? なにやら『未成年者に飲酒をすすめた』という紙を首からさげているが……」
「だ、大丈夫です! アリエスさんはいい人ですよ!」
「これが、いい人間……なのか?」
「未成年者に飲酒をすすめてるのに……?」
「やはり、人間はやばいのでは……?」
「なんなら、ローナ殿が一番やばいしな……」
さっそく、水竜族の人間に対するイメージがマイナスにかたむきだしていたが。
「しかし、ブルームーンというと……水竜神殿の巫女一族か。まだ存続していたのだな」
「へっ、ご存知なのですか?」
「ああ……過去にいろいろあったのでな。しかし、まさか水竜の巫女とこうして対等な席に着く日が来るとは……先祖が知ったら喜びそうだ」
と、海王が穏やかに微笑む。
その顔を見て、アリエスもだんだん緊張がとけてきたらしい。
「それで、ローナちゃん? どうして、わたしがここにつれて来られたのかしら?」
「あっ、それはですね――」
と、ローナが事情の説明をした。
「まず、海底王国アトランは、食料が不足していますが……港町アクアスでは、水曜日のドロップアイテムのおかげで食べ物がたくさん余っていますよね?」
「うむ」
「ええ」
その言葉に、海王とアリエスがこくこくと頷く。
「それから、港町アクアスは今、復興のためにお金が不足していますが……海底王国アトランでは、使い道のない財宝をたくさん余らせていますよね?」
「うむ」
「ええ」
ふたたび、海王とアリエスがこくこくと頷く。
つまり――。
「お互いに余っているものを出し合えば――“うぃんうぃん”ですごいんです!」
「「お、おおおっ!?」」
ローナの言葉の意味はわからずとも、なんとなくニュアンスは伝わったのか。
アリエスと水竜族の双方から歓声が上がった。
「しかし……こんなキラキラしているだけの
「い、いえいえ、海王様! その金貨1枚があれば……このツボいっぱいの魚が買えますよ!」
「そ、そうなのか!? こんなの
「うちも倉庫いっぱいにドロップアイテムの魚が積んでありまして……商人も来ないし、次の水曜日になったらまた魚が増えるしで、このままでは腐らせてしまいそうで……」
「な、なんともったいない! では、ここにある金貨で、ありったけの魚を頼む!」
「ひ、ひぃぃっ!? こ、こんなお金見たことないぃ……っ!」
と、アリエスは最初ビビりっぱなしだったが……。
くわしい取引についての話になると、そこは仕事をしていて慣れがあるのか、アリエスがてきぱきと話をまとめていってくれた。
そうして、お互いが納得いく形で、取引がまとまったところで。
アリエスと海王は、がしっと握手をかわした。
「ありがとう、人の子よ。これで、我が国の食料事情は改善されるだろう」
「い、いえいえ! こちらも大助かりですので!」
「しかし……ふっ。まさか、人とまたこのように手を取る時代が来るとはな。ローナ殿には本当に感謝してもしきれぬよ」
「ふふふっ、そうですね」
「む? もしかしても、おぬしもローナ殿に……?」
「はい、わたしのほうは――」
「なるほど、やはりローナ殿は、人間の中でも特殊――」
と、なぜか途中からローナトークで盛り上がりだす2人。
とにもかくにも、人と水竜族の交流というのは、もしかして軽はずみな提案だったかと不安もあったが……。
(うん! とりあえず、うまくいきそうだね!)
と、ローナはほっと胸をなで下ろしたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます