第52話 報酬をもらってみた


 原初の水クリスタル・イヴとの長く激しい戦いのあと。

 ローナは水竜族たちとともに門をくぐって、“ボス部屋”の中に入ってみた。


「「るっ、広いぞ!?」」


「むっ、海底にこのような空間があるとは……」


「わぁ……綺麗っ!」



 そこは、空色の世界だった。


 青空の下、どこまでも広がる静かな水面――。

 薄く張られた水が、鏡面のように空を映している。


 まるで――天空の鏡。


 天国と言われても信じてしまいそうな、神秘的な光景だった。


「海底なのに太陽があり、風があり、澄んだ水がある……不思議な場所だな」


「あっ、ここって……もしかして!」


「「る? なにか知っているのか、げぼく?」」


「はい! “あにめ”の“おーぷにんぐ”という宗教作品で、やたらよく題材にされるといわれている神々の聖地です! 聖地はここにあったんだ!」


「ほぅ……“聖地”か。たしかに、神々の力の残滓のようなものを感じるな」


「「よし! ルルたちも、ここを“聖地”と呼ぼう!」」


 というわけで、この空間の名前は“聖地”に決まった。

 正直、この“聖地”を見ることができただけでも、充分な報酬だったが……。



「「るっ? げぼく、なにかあるぞ!」」



「えっ?」


 ふと、ぱたぱたと走り回っていたルルが、なにかを発見してきた。


 それは――宝箱だった。


 だだっ広い水面の中に、ぽつんっと宝箱が置かれているのは、異様な光景だったが。

 同じような宝箱を、ローナは見たことがあった。


(そういえば……終末竜ラグナドレクを倒したときも、こんな宝箱が出てきたな)


 ということは――。


「たぶん、これは“ボスを倒した報酬”だと思います」


「「る? 報酬? 誰からのだ?」」


「えっと……世界からの?」


「「るっ!?」」


「私も一度しか見たことがないんですが……すごく強い敵を倒すと、世界がご褒美をくれるみたいなんです」


「ほ、ほぅ……世界からのご褒美か。ならば、それはローナ殿が受け取るべきだな」


「え、いいんですか?」


「当然ではないか。あの怪物を倒したのはローナ殿なのだからな。わしらにはそもそも手に入るはずのなかったものだ。それに……こんなものでは足りぬよ。わしらがローナ殿から受け――」


「「パパの話、長い! それより、とっとと開けろ、げぼく!」」


「あ、はい」


 ルル×2にせっつかれて、ローナはとりあえず蓋に手をかけた。

 前回の宝箱でも、中から神話級の装備“終末竜衣ラグナローブ”が出てきたが……。

 今回の敵は、ラグナドレクよりもさらに強い敵だった。


「い、いったい、なにが出てくるんだろ……」


「「めちゃうまい“つりぇーさ”に決まってる! わくわく!」」


「ふむ、あるいは……『怪物退治を一緒になしとげた仲間との絆こそが宝だ』というパターンかもしれぬな」


 そうして、ルル×2や海王に見守られながら。

 ローナがおそるおそる宝箱の蓋を開けてみると――。


 ぱぁああああ……ッ!! と。


 神々しい光とともに、中にあったものが浮かび上がってきた。


「むぅっ!?」


「「――るっ!?」」


「こ、これは……っ!」


 まばゆい光に目を細めながら、ローナはその小さな影を見すえる。


 どこか神聖さを感じさせる、ひらひらした薄い衣。

 芸術性とかわいらしさが高度に融合した一品。

 それは、間違いない――。



 ――――水着ビキニだった。



「「「………………」」」


 なんとも言えぬ気まずい沈黙が、辺りを満たす。


(……え? ど、どういうこと……?)


 ローナも混乱して、なにも言えなくなっていた。

 しばしの沈黙のあと、ルル×2がおそるおそる尋ねてくる。


「「……げ、げぼく? それはいったい?」」


「私にもわかりません」


「ど、どういうことだ? 我ら水竜族の悲願を達成した報酬が……その水着なのか?」


「そんなことはない……と思いますが」


 そもそも、『強敵を倒した褒美に水着をやろう』と考える意味がわからない。

 たとえ、水着がなんらかの装備だったとしても、強いとは思えないし……。

 と、ローナが混乱しながらインターネットで情報を確認すると。



――――――――――――――――――――

■防具/服/【原初の水着~クリスタルの夜明け~】

[ランク]SSS [種別]服 [値段]3290億シル

[効果]防御+1329 精神+3290

    水耐性+100% 水泳時、疲労減少(大) 


◇装備スキル:【水分身の舞い】(SSS)

[効果]自分の分身を2体作る(攻撃を受けるか3回行動で解除)。


◇説明:かつて、【原初の水クリスタル・イヴ】を封じた英雄が、【七女神】から与えられたといわれる神器。

 なぜ原初の水の報酬として水着が出てくるのか、なぜ【七女神】は英雄を水着で戦わせようと思ったのか……全てが謎に包まれているが、そんなことは水着の前ではどうでもいいことだった。

――――――――――――――――――――



(………………つっよ……)


 終末竜衣ラグナローブよりも、ずっと強かった。

 さすがは、レベル160のモンスターを倒した報酬の水着といったところか。


(いや、でも……なんで水着がSSSランク防具なの? なんで、水着を強い装備にしようと思ったの……? なんで、この薄い布で防御力が+1329もされるの……? どういう原理なの……?)


 わけがわからなかった。


(う、うーん、神様たちは水着が好きなのかな……? まあでも、防御力が強化されるのはうれしいし服の下に着とくかなぁ。さすがに、水着で攻撃力は上がらないだろうしね……ん?)


 そこでふと、ローナはとある一文を見つけた。



『装備スキル【水分身の舞い】使用時、攻撃の威力やヒット回数が3倍になる』



(…………なるほど)


 とりあえず、ローナの火力がさらに大幅強化されそうだった。



         ◇



 それから、水着とは別に、海王からも褒美を与えるという話になり――。

 ローナはアトラン城の宝物庫へと案内されていた。


 扉を開けると、そこに広がっていたのは――黄金の山だった。

 見わたすかぎりの、黄金、黄金、黄金……。


「…………ひゃぁ……」


 ローナは思わず、ぽけーっと立ち尽くす。

 そんなローナに、ルル×2がなぜか得意げに言ってきた。


「げぼく、ルルの国を救ってくれた礼だ!」

「ここにあるお宝、全部持ってくがいい!」


「い――いえいえいえっ! そこまでもらうわけには!」


「いや、遠慮することはないぞ。ここにある財宝は、わしらの先祖が地上から持ってきたものらしいが……どうせ、わしらには使い道がないのでな」


「「るっ! お宝なんて食えないからな!」」


「そ、そう言われましても……」


「そもそも、ローナ殿は自分がなにをしたのかわかっておらぬのか? 国どころか世界の危機をも救ったのだぞ? この国を丸ごとわたしても報いることはできぬよ」


「く、国を丸ごと……」


 その言葉を聞いて、ローナは今になって、自分のやったことの大きさを実感してきた。

 ハメ技で楽したとはいえ、ローナは世界を滅ぼすほどのモンスターを倒したのだ。


 まあ、だからといって『じゃあ、いただきます!』と言えるほど、ローナの肝は太くないのだが……。

 お金は欲しくても、さすがにこの量ともなると気が引けるのが本音だった。


「え、えっと、私としては……お宝をもらうよりも、アトラン料理をたくさん食べてみたいなぁ、と」


「……う、うーむ、料理か」


 なぜか、海王に微妙そうな顔をされてしまった。


「い、いや……すまぬな。本来なら、期待に応えたいところだが……うちは食料不足で……」


「「るぅ……この国、ひもじい」」


「正直、ここしばらくはワカメと昆布しか食っておらん……」


 くきゅるるるぅ……と。

 父と娘が同時にお腹を鳴らし、溜息をつく。


(そういえば……さっきも水竜族の人たちが『食料不足』って言ってたな)


 あのときは、まだ水竜族たちからも警戒されていたので、事情は聞けなかったが。


「なにかあったんですか?」


「まあ、近頃は外のモンスターが強くて、まともに魚がとれなかったということもあるが……そうでなくとも、このような閉鎖的な都市で、都市住民の腹を満たすだけの食料を得るのは難しいのだ。魚の養殖や海藻栽培も試してはみたが、土地不足でそれも頓挫してな……」


 海王から事情を聞いてみると、そもそもこの国では物資全般が不足しているらしい。

 燃料も貴重なためろくに鍛治や錬金もできず、海水はあっても生活や産業に使えるような水がない。


 そのため、古代からあるものを保護魔法でだましだまし使うか、地上にこっそり出てきてガラクタを拾って使う……という生活になっているのだとか。


「な、なるほど……」


 どうやら、海底王国アトランは、まだまだ問題が山積みらしい。

 水竜族にとっては褒美が財宝で済んでくれたほうが、ありがたいということだろう。


(う、うーん。それを聞いちゃうと、食料事情もなんとかしてあげたくなるけど……こればかりは、どうしようもないのかなぁ。モンスターのドロップアイテム産の食べ物はそこそこ持ってるけど、今後ずっと食料を供給するのは難しいし……って、ん? ドロップアイテム? 今後ずっと?)


 そこでふと、ローナの中でひらめくものがあった。


「あっ、そうだ!」


「「る? どうかしたのか、げぼく?」」


「はい! ひとつ、ご提案なのですが――」


 そして、ローナは告げる。



「――地上の人間と、“うぃんうぃん”になりませんか?」





――――――――――――――――――――

というわけで、これが今年最後の更新となります。


いや、今年がもう終わるっていまだに信じられないんですけどね……なんか少し前まで夏だったような気がするというか。


とりあえず、今年1年もいろいろありましたが、来年は今年以上に更新頑張れたらなーと思います。


それでは、みなさん良い年末を!

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