第39話 イフォネの町へ転移してみた


 ローナがファストトラベルの検証をしていた頃――。

 イフォネの町の周囲は、戦場になっていた。


 市門へと迫ってくるのは土人形のようなモンスターの大群。

 そして、その大群に立ち向かっているのは、町の冒険者たちだった。


「はぁ……はぁっ! まだ全盛期には及ばない……けどっ! 雷槍術――稲妻突き!」


 最前線に立っているのは、最近まで冒険者を引退していた衛兵ラインハルテだ。


 ばりィイイ――ッ! と。

 ラインハルテの槍が稲妻のように戦場を駆けめぐり、モンスターたちを蹴散らしていく。

 さらには。


「焼け滅びなさい! 獄炎魔法――エリミネイトフレイムッ!!」

 

 冒険者ギルドマスターのエリミナの手から、膨大な炎が放たれる。

 炎は敵陣で大爆発を起こし、一瞬でモンスターの大群をのみこんでいき――。



「やったか!?」「勝ったな、がははっ!」「圧倒的じゃないか、我が軍は!」「この状況で俺たちが負ける確率は……“ゼロ”か」「ちょっと風呂入ってくる」



 わっ、と。

 その場にいた冒険者たちから歓声が上がった。


 前衛――疾風迅雷のラインハルテ・ハイウィンド。

 後衛――焼滅の魔女エリミナ・マナフレイム。


 地方最強クラスのタッグの強さに、一瞬だけ楽観ムードが生まれるが……。




「――――ぬるい、な」




 ぶォン――ッ! と、勢いよく炎が振り払われた。

 煙が晴れた先に立っていたのは、溶岩でできた巨人だった。


「う、嘘っ!? 私の獄炎魔法を食らって無傷っ!?」


「ぐごご……我は溶岩魔人ラーヴァデーモン。上位の魔族なり。溶岩の下位互換である炎なんぞでは、我に傷ひとつつけられぬわ」


 下等な人間を見下すように高笑いをする溶岩魔人。


 魔族とは、力に溺れて神々と戦争をした古代人の姿だといわれている。

 すでに滅びたとされているが、もしもそんな魔族が復活したとしたら……。


 ――世界が終わる。


 エリミナの頬に、つぅっと冷や汗が流れる。


「エルフをも支配した人間がいるというから、少しは楽しめるかと思ったが……やはり虫けらは虫けらか。まあよい、この町に封印を解くための“呪文”がないことは、すでにわかった。もはや――用済みだ」


 溶岩魔人がつまらなそうに指を鳴らすと。

 ふたたび、ぞぞぞぞぞ……と配下のモンスターたちがわいてきた。


「そ、そんな……きりがないっ!」


 ラインハルテは荒く息を吐きながら後ずさる。

 すでに今までの戦いで体力もMPも底をついていたのだ。


「まさか、あの魔族を倒さないかぎり、ずっとわき続けるのか!?」


「だ、だが、Aランクスキルでもダメージが通らないんだぞ……?」


「ぼ、僕が少しでも時間を稼ぎます! その隙に、町民たちの避難を……っ!」


 と、決死の表情で槍をかまえるラインハルテ。

 しかし、冒険者たちは誰も動けない。ただその表情には絶望の色が広がっていた。


 それでも、わずかな希望を信じて、その視線は――エリミナのほうへと向けられる。

 地方最強ともうたわれる魔女エリミナ。

 彼女なら、なにかをしてくれるのではないかと。


 一方、エリミナはというと――。


(……どうして、こうなったの)


 冷や汗を流しながら、心の中で自問自答していた。



(なんで……なんでよぉおおっ!? なんで私がギルマスの代だけ、こんなのばっかなのよぉお……っ!? おかしいでしょぉおっ!? 呪われてるの、私っ!? あぁああっ、くそぉおおっ! あのとき退職しとけばよかったぁああっ!! エリミナ、もうおうち帰るぅうううう――ッ!!)



 エリミナはただ、自分のありあまる才能にあぐらをかいて、ぬくぬくエリート人生を謳歌できればそれでよかったのに。

 なんだか、ローナ・ハーミットが現れてからというもの、全てがおかしな方向に進んできている気がする。


(……こうなったら、最後の手段ね)


 エリミナはふぅっと息を吐くと、溶岩魔人に向かって口を開いた。


「ねぇ、魔族。ひとつだけいいかしら?」


「ほぅ? なんだ、人間よ」


「……この町はどうなってもかまわない。だから、私の命だけは助けてくださ――」



「残念だったな、魔族! こっちには、たったひとりでググレカース家に反逆した誇り高いエリミナ様がいるんだぞ!」

「この誇り高いエリミナ様が、魔族なんかに負けるわけないだろうが!」

「さあ、誇り高いエリミナ様! やっちゃってください!」



(やめろぉおおお……っ! 私にヘイトが向くだろうがぁああッ!!)


 しかも、なんとなく命乞いできない空気になってしまった。


「ぐごごご……エリミナ・マナフレイム、か。貴様のことは聞いている。目先の欲に溺れず、ググレカース家を裏切った誇り高き人間だとな」


「……え? ふ、ふぅん? ま、まあ、当然のことだけど? 私ってエリートじゃないことはしない主義だし? ちなみに、参考までに他にどういうことを聞いているか教えてくれてもいいのよ?」


 褒められて満更でもなくなってきたエリミナだったが。


「ほぅ? そうか……実に惜しいな。貴様だけは力を与えて生かしてやろうと考えていたが」


「…………え?」


「我らは“魔女”の称号を得た人間を、高く買っている。Aランクスキル持ちである貴様ならば、すぐに魔族の中でも幹部になれただろうが……」


「待って、その話くわしく」


「ぐごごご……残念だ、誇り高き魔女よ。かくなる上は、この町とともに滅ぶがよい」


「ま、待って、もうちょっとお話しましょう!? ね!?」



「――さあ、真の絶望を教えてやろう」



「待ってぇえっ! それより待遇面のこととか教えてほしいなぁ、なんて!」


 しかし、エリミナの声はもはや溶岩魔人には届いていなかった。


 ひゅぉおおぉォオオオ……ッ! と。


 溶岩魔人の手の中に、膨大なマナが集まりだし、暴風となって周囲に吹き荒れる。


「な……っ! なんて、マナの量なの!?」


「……ぐっ!? 前が見えな――」


 エリミナたちごと、イフォネの町を焼き払おうとしているのだろう。

 その力の奔流に、光と風が暴れまわり、多くの冒険者たちがまともに立っているどころか、目を開けていることすらままならない。


(こうなったら、最後のMPを振りしぼって、少しでも相殺するしか……っ!)


 エリミナも負けじと魔法を構築し始めるが。

 しかし、目の前のマナはそれ以上の速度で、どんどん膨れ上がっていき――。



「………………うそ、でしょ……」



 その人智を超えたマナの量を見た瞬間、エリミナの心がついに折れた。

 エリミナの目に映るのは、天をつくほどのマナの光。


 そして、その光の中心にいたのは――。




「――おおぉっ! 本当にイフォネの町だ! ……って、エリミナさん? わぁっ、エリミナさんだぁ! あっ、ラインハルテさんも! こんにちは~っ!」




 ――なぜか、いきなり降臨してきたローナ・ハーミットだった。



(……な……なんでよぉおおおお――ッ!?)



 思わず、エリミナは心の中で叫ぶ。


 ごごごごごごぉぉぉ――ッ!! と。


 溶岩魔人の何十倍ものマナをまとった少女。

 それはエリミナのトラウマであり、もはや溶岩魔人とかより絶望感のある存在だった。


 そして、くしくもローナのいきなりの降臨と、溶岩魔人の攻撃はほぼ同時だった。


「ぐごごごごっ! この期に及んで召喚獣でも出してきたかぁ? ならば、こいつごと貴様を消し飛ばしてくれるわっ!」


 溶岩魔人がローナに向けて手のひらを向け――。




「死ねぇええッ! 豪炎無双波ァあああぐべらああァアア――ッ!!」




 ごぉおおおおおォオオオ――ッ!! と。

 ローナへと放たれた爆炎が、なぜか跳ね返って溶岩魔人をのみこんだ。

 そのまま、冗談みたいな大爆発がローナの背後でまき起こり――。


「え……? え……?」


 そこで、ようやくふり返ったローナが見たものは……。

 大きくえぐり飛ばされた草原と、ぼろぼろに崩れかけている溶岩魔人の姿だった。



(う、うわっ。なんか、すごく強そうなモンスターが……えっ、怖い)



 自分が魔法反射スキル“リフレクション”を発動させていたことを、すっかり忘れていたローナであった。


「お、おい、あの魔族……死にかけてないか……?」


「い……いったいなにが? エリミナ様がなにかやったのか?」


 ようやく視界が回復した冒険者たちも、状況がわからず立ち尽くす。

 この一瞬の間に、いったいなにがあったのか……。


 わずかでも視認できていたのは、エリミナだけだった。


(う、嘘でしょ……あの魔族を一撃で……? しかも、相手を見ることすらせずに……?)


 そう、エリミナは見ていたのだ。

 ローナ・ハーミットが、溶岩魔人の魔法を一瞬で模倣して放ち――そして上回ってみせたところを。それも、まるで『お前など敵ではない』とばかりに背中を向けたまま……。


(こ、これがローナ・ハーミットの力……)


 あまりにも理解の範疇を超えた神業だった。

 なにが起きたのか、誰も理解できていないのは当然であり――。


「ぐ、ぅ……おのれ……っ」


 崩壊する体をなんとか押さえながら、溶岩魔人が吼える。



「お、おのれぇえッ……エリミナ・マナフレイムぅうううう――ッ!!」



「えっ、私!?」


 溶岩魔人もまた、状況を理解できていなかった。


「ぐ、ごぉ……っ! 我にこれほどの傷を負わせたこと褒めてやろう。たしかに貴様は強い……我では貴様には勝てんようだ」


「……え? ……え?」


「ぐぐぐ……ぐごごごご……ここはいったん退いてやろう。だが、ゆめゆめ忘れぬことだ。我以外にも魔族はたくさんいるッ! ここで我が倒れても、第2第3の魔族が……エリミナ・マナフレイムという“英雄”を殺すために動きだすであろうッ!」


「待って! 私、関係ないッ!!」


「ぐごごっ! さらばだッ!」


「えっ、ちょっと……いやっ! まだ行かないで! いやあああああっ!!」


 そのまま溶岩魔人は、地面に溶けこむようにその場から姿を消した。

 それから、しばしの沈黙が流れ、そして――。



「うぉおおおおおッ!! エリミナ様が魔族を倒したぞぉおお――ッ!!」



 冒険者たちの歓声が、一斉に爆発した。


「すげぇえええっ! 英雄エリミナ・マナフレイムの誕生だ!!」


「俺たちは今、“歴史”を目撃しているッ!!」


「えっ、ちょ……待って、やめてっ! 私、倒してない! 魔族に狙われたくないッ!!」



 一方、ローナも周りにつられて、ぽけーっとした顔で拍手をしていた。


(そっか、あの強そうなモンスターは、エリミナさんが倒したんだね……エリミナさんは、やっぱりすごいなぁ。誇り高いし、慈悲深いし、それでいて謙虚だし)


 エリミナの活躍をちゃんと見られなかったのは残念だが、ちょうどいいタイミングで来ることができたのかもしれない。

 そう思いながら、近くにいたラインハルテへと歩み寄った。


「あっ、ラインハルテさん! これ港町アクアスのお土産のハイパーサザエです! ギルドのみなさんで食べてください!」


「は、はぁ。というより、あの……いつの間に帰ってきたんですか、ローナさん? 王都のほうへ向かっていたはずでは?」


「あっ、えっと……お土産を買い忘れたので戻ってきました」


「……? そうですか?」


 ひとまず、それでごまかせたらしい。

 とくに不審に思われた様子もなく、ラインハルテも「まあ、ローナさんだしなぁ」と勝手に納得してくれていた。

 とはいっても。


(あんま考えずに転移しちゃったけど、これからは間隔をあけたほうがいいかな)


 思えば、他の町にいるはずの人間が、頻繁に戻ってくるのは不自然だろう。

 この町で家を買えば、普段はそこにいるとごまかせるかもしれないが……その辺りのことも、いずれ考えたほうがいいかもしれない。

 それはそうと。


(あ、そうだ! せっかくだから、イフォネの名物も補充しとこっと。アリエスさんたちにもわたしたいもんね)


 と、ローナはマイペースに町の中へと歩いていく。

 ラインハルテは、そんな背中を見送りながら、やがてはっと気づく。


「なるほど、またしてもこの町のピンチを察知して颯爽と駆けつけたというわけですね。おそらくさっきの魔人を倒したのもローナさんだけど、その功績を誇らずに去っていくとは、さすがローナさんだなぁ」



 そうして、ローナはイフォネの町でいろいろとお土産を買いこんだあと。

 次に、エルフの隠れ里に転移したのだった。

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