第31話 防壁作りの手伝いをしてみた


 港町アクアスの冒険者ギルドで、水曜日クエストを受注したあと。


『水曜日クエストへの準備を手伝ってほしい』と頼まれたローナは、アリエスたちとともに町の南側にある海岸まで来ていた。


「わぁ……綺麗……」


 ローナの視界に飛びこんできたのは、一面の水色と白。

 パールを敷きつめたような白光りする砂浜の先には、綺麗な水色の浅瀬がどこまでも広がっている。


「えっと、ここはたしか……ウルス海岸っていうんですよね」


「よく知ってるわね、ローナちゃん! かわいくて物知りとか最強ね!」


「え? あ、はい……? それで、私はここでなにをし――」



「えぇえええっ!? ウルス海岸を知ってるなんて、すごすぎるぅううッ!?」

「いやいやいや!? 博識すぎるだろぉおおおっ!?」

「ローナ様すげええええええッ!?」



 と、一緒について来ていた冒険者たちからも、絶賛の声が上がりまくり。




「「「――ローナ!! ローナ!! ローナ!!」」」




 わぁああああァァァア――ッ!! と。

 割れんばかりの喝采とローナコールがわき起こった。


「……え? ……え?」


 歴戦の冒険者たちが、疲弊した腕をちぎれんばかりに振り上げ、張り裂けるほどに声を張り上げる。

 これは、この町の命運をかけた冒険者ギルド全力の“接待”だった。


(この接待に、町の命運がかかってる……っ!)


(とにかく褒めて褒めて褒めまくるんだ!)


(どうだ!? 効いてるか!?)


 冒険者たちが内心で固唾をのんでローナを見ると。

 しばらくきょとんとしていたローナは、やがてもじもじと照れくさそうに頭をかき――。



「え、えへ……えへへ……そ、それほどでも……?」



(((よし、効いてるぞ!! もっとやれ!!)))


 わぁっ! と冒険者たちがさらに歓声を上げた。


「で、でも……あの、恥ずかしいので……普通に会話してほしいなー、と」



「えぇえええっ!? 普通に会話してほしいだなんて、すごすぎるぅううっ!?」

「いやいやいや!? 謙虚すぎるだろぉおおおっ!?」

「ローナ様すげええええええっ!?」



「あの……みなさんのキャラって、そんな感じでしたっけ?」


 そんなこんなで、しばらく褒めちぎられたあと。

 アリエスがようやく、この海岸に来た目的を話してくれた。


「というわけで……このウルス海岸こそが、“水曜日”にモンスターが発生する地点なの。ここに防壁を作って、モンスターが町に入ることを防げれば……この町にいても安全だって思ってもらえるでしょう? そうすれば、また町に人が戻ってくると思うの」


「なるほど。ただ……」


 と、ローナが海岸のほうを見ると。

 たしかに海岸のあちこちでは、木材を組んで柵のようなものが建造されている最中だったが……。


「えっと、あんまり作業が進んでいないようですが……明日までに間に合うんですか?」


「うふふ、なにを言うかと思えば。間に合わないのなら、間に合わせればいいのよ?」


「え? た、たしかに……? あれ……? う、うーん?」


 よくわからないが、とにかく『防壁作りの手伝いをすればいい』ということはわかった。


「それで、私はなにをすればいいですか? 建築スキルなどは持ってませんが」


「いえ、ローナちゃんにやってほしいのは建築のほうじゃなくて――」


 と、アリエスが言いかけたところで。



「――うわぁああっ!? モンスターが出たぞぉっ!?」



 いきなり海から現れた巨大魚が、びたーんっ! と防壁に向けて突進してきた。 


「壁を守れぇえ――ぐはぁああっ!?」


「くそっ、なんで今のが当たるんだよっ!? 完全に避けたはずなのに……っ!」


「だから言っただろ! やつらは“亜空間”を操りながらタックルしてくるんだ!」


「そもそも、なんで魚が地上で戦おうとするんだよ!? 合理的な理由がわからねぇよ……ッ!!」


 そう冒険者たちが騒いでいるうちにも、巨大魚が地上でびたんびたんっと跳ね回り、みるみるうちに作りかけの防壁が破壊されていく。


「ぁ……ぁああ……うわぁああああ……っ!!」


「徹夜してここまで作った防壁がぁあっ!?」


「残業はもう嫌だぁあああ――ッ!!」


 ……阿鼻叫喚の地獄絵図がそこにはあった。



「――はい。というわけで、人手も物資も足りてないうえに、通常時でもモンスターが発生するから、作業があまり進んでいないの。だから、ローナちゃんにはモンスターの退治を頼みたくて」


「い、いえ……それより、あの人たちは大丈夫なんですか? すごい悲鳴を上げてますが」


「大丈夫よ! うちのギルドは『創設以来・労災ゼロ』が自慢だから!」


「な、なるほど?」


「それに、わたしは治癒やサポートが得意なの――水精召喚!」


 アリエスがそうスキル名を唱えると、魔法陣から水精が2体現れた。

 水精は怪我人のもとへ行くと、またたく間に怪我を回復させていく。


「うふふ~♡ みんな~、回復の時間だコラァッ♡」


「ぁああ……っ! 上司ギルマスが来たぞぉ……っ!」


「い、嫌だっ! 治さないでくれ! まだ休みだい――ッ!!」


 アリエスに治癒魔法をかけられた冒険者たちが、ゆらりゆらりとゾンビのように立ち上がって作業を再開する。

 その様相はさながら、“死の行進デスマーチ”と称するにふさわしい光景だった。


「これでよしっ、と」


「え、えっと、それじゃあ……私はとりあえず、モンスターを倒しますね」


「ええ! ローナちゃんは無理しない範囲でやってくれればいいからね!」


「は、はいっ!」


 ローナはむんっと張り切って、海のほうへと向かう。

 アリエスには『無理しない範囲で』とは言われたが――。


(みんな困ってるみたいだし、これは……目立ちたくないとか言ってられないね。私もちゃんと“本気”で働かないと!)


 ただでさえ、海というのは怖い場所なのだ。

 インターネットによると、海には『6つの頭を持つサメ』『あらゆる場所に瞬間移動するサメ』『噛んだ相手をゾンビにするサメ』『人間に憑依するサメ』『クラーケンと合体してパワーアップしたサメ』『空を飛んで宇宙で戦うサメ』といった怪物がうようよいるらしい。


 そんな海では、一瞬の油断が命取りになりかねない。


 というわけで、ローナはアイテムボックスから“女王薔薇の冠”を取り出した。

 この冠には『敵視増加(大)』という効果があるため、これを装備しているとモンスターがローナを狙うようになるらしい。


(私の場合、周りに人がいると魔法が使いにくいからね……ちょっと目立っちゃうけど、こういうときにはすごく便利かも)


 というわけで、ローナは冠をかぶりながら海のほうへ歩いていく。


 一方、そんなローナの様子を、アリエスは祈るような思いで注視していた。


(ほんっと情けないけど……ローナちゃんがどれだけ戦えるかによって、この町の命運が決まるわね)


 正直、この町はすでに限界だ。

 このままでは、次の“水曜日”には、もう耐えられそうもない。

 だからこそ、今日来たばかりの少女の小さな背中に、この町の命運を託すしかないという状況だった。


 それに、この世界では集団よりも個の力のほうが、時として強い。

 ひとりの高ランクスキル持ちが戦況を変えてしまうことは、よくあることだ。

 そう……かつて、この町に派遣されてきたひとりの魔女のように。


 ――焼滅の魔女エリミナ・マナフレイム。


 自分と同じギルドマスターでありながら、世界最強のAランクスキルを持って生まれたその少女の力は、あまりにも人間離れしていた。


『ふふふ……あッはははははははは――ッ!!』


 戦場の中心で女王のように椅子に腰かけ、優雅にワイングラスをかたむけながら、戯れるように――敵を炎で消滅させていく。

 その鮮烈な姿は、アリエスの脳裏にいまだに焼きついていた。

 ただ、そんなエリミナですら、この“水曜日”への対処はできず――。


『ふぅ……これ以上は、無意味ね』


『私、エリートじゃない戦いはしない主義なの』


『いえ、べつに負けたとかではなくて。エリート的撤退であって』


『次、負けたって言ったら焼き殺――待って。いったんやめて』


『私はエリミナじゃないけど、エリミナ様は負けてないと思う!(裏声)』


『だから、負けてな――今、敗北者って言ったの、誰!? 取り消しなさいよ、その言葉!』


 などと負けゼリフを吐いて、すぐに撤退してしまったが……。

 とはいえ、エリミナレベルの強者がしばらくこの町に滞在してくれたら、この町の防衛体勢を整え直すだけの余裕も生まれるはずだ。

 だからこそ、今のアリエスにすべきことは、ただひとつ。


(ローナちゃんを信じて――“接待”すること!)


 アリエスがそう改めて決意を固めたときだった。



「……………………え?」



 ず……ずず、ずずずずずずず――ッ!! と。


 突然、海に巨大な渦が現れた。

 海面に浮かんでいた木材が、渦へと吸いこまれていき、そして――。


「あ、あれは……っ!?」


 誰かが悲鳴を上げる。

 その視線の先――渦の中から姿を現したのは、巨大な影。

 全長30メートルはあろうかというそのサメの姿は、間違いない。



「――近海の主ギガロドン!?」



 それは、周囲のモンスターを狩りすぎると現れるといわれる強大なモンスターであり……。

 このウルス海岸の“エリアボス”だった。

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