第21話 救世主
「――というわけで、ザリチェさんは女王薔薇クイーンズハートというモンスターの魅了花粉を使って世界中の人たちを奴隷にしようと企んでましたが……もう花粉をまく植物たちを倒して、ザリチェさんも捕まえてきたので、この事件は解決しました」
「……殺さないで」
「「「……………………」」」
薬師ザリチェを倒したあと。
ローナは今回の顛末を、エルフたちに事後報告していたのだが。
「えっと、どうかしましたか? みなさん黙って……まさか、まだなにか問題が?」
「い……いや、その、どこからツッコめばよいかわからぬが……1つだけ言ってもよいか?」
そして、エルハゥル女王がみんなの言葉を代弁するように言った。
「……展開が早すぎてついていけぬ」
そんなこんなで、ローナはザリチェを女王に引きわたし、彼女の処罰についても女王に任せることにしたが……。
ザリチェがよほど怖いものを見たかのように従順になっていることや、操作できる植物系モンスターがいなければたいしたことができないことから、監視つきで無期限強制労働という形に落ち着いたらしい。
それから、“みんなの快癒記念“と“救世主歓迎”の宴に、さらに“ザリチェ討伐記念”や“世界が救われた記念”も合わさり……。
エルフの隠れ里において、類を見ないほどの大宴会がもよおされることになった。
「ふぉっふぉ、こんな宴会はいつぶりかのぅ……」
「というか、昼からずっと宴会をやってるような……」
「そもそも、なんの宴だっけ?」
「そんなことはいいから、飲め飲め! せっかくのめでたい日なんだ!」
「うおぉおおッ! 救世主様バンザイ!」
堅苦しい者が多いというエルフも、今日ばかりは飲めや歌えやの大騒ぎをしていた。
あちこちから軽やかに杯がかわされる音や、美しいエルフの歌声が響いてくる。
そんな楽しげな夜の森に、いつしか小さな光球のような精霊たちもふよふよと集まってきて、どこか幻想的な光景を作り出す。
「……うん、いろいろあったけど助けてよかったなぁ」
今までのローナは弱かったから、誰かの助けになれたことはなかった。
そのため、たくさん感謝の言葉を投げかけられたり、自分のやったことで喜んでくれる人を見たりするのは、新鮮な体験だった。
この光景を見れただけでも、ここに来た価値はあったかもしれない。
などと、ローナがしみじみ考えていたところで。
「わーいわーい!」
「待て待てー!」
と、元気よく走りまわる子供たちと、ぽすんとぶつかった。
「あ、ごめ――」
「わーいわーい!」
「待て待てー!」
ローナにぶつかったまま、子供たちがその場で足踏みをしてはしゃぎ続ける。
「わーいわーい!」
「待て待てー!」
「…………」
「わーいわーい!」
「待て待てー!」
「…………」
ローナが無言でその場からどくと。
子供たちは、何事もなかったかのようにかけっこを再開した。
「わーいわーい!」
「待て待てー!」
「……………………」
ぽかんとした様子で、子供たちを見送るローナ。
彼女が見ている前で、子供たちはかけっこを続ける。
延々と、延々と、延々と……。
(…………なにあれ、怖い)
いろいろ考えていたけど、今ので全部吹き飛んだ。
なんか、見てはいけないものを見てしまった気がした。
と、そこで――。
「――楽しんでくれているかな、救世主殿」
エルハゥル女王とエルナ姫がやって来た。
「皆、いつになく浮かれておるわ。それもこれも、そなたのおかげだな」
「やっぱり、救世主様は救世主様でした!」
エルナ姫が目をきらきらさせて、ローナの手を取ってくる。
「救世主様はたくさん冒険をしてきたのですよね! わたし、救世主様の冒険譚を聞きたいです!」
「……えっ」
「世界樹の杖を手にするには、たくさんの難しい試練をクリアする必要があるのですよね? どうやって試練を突破したのか聞きたいです!」
「そ、それは……」
ローナは言葉につまる。
旅に出てからまだ3日目だし、杖については試練を受けずに裏口で手に入れた……とは言えない空気だった。
「ははは、すっかり救世主殿のファンになってしまったな、エルナは。ただ、そう救世主殿を困らせるでない」
と、ローナが困っているのを見かねたのか、女王が助け舟を出してくれるが。
(……でも)
と、考えなおす。
この世界樹の杖は、エルフたちにとって大切なものだ。
(……やっぱり、私が持ってるべきものじゃないよね)
だましてエルフの大切な杖を手に入れ、さらにこの杖のおかげで『救世主』と持ち上げられているような状態だ。
ここは正直に経緯を話して、この杖を返すべきだろう。
というか、そうしないと罪悪感に耐えられそうになかった。
というわけで、少し迷いもあったが……。
「……わかりました。全て話します」
ローナは意を決して、ここまでの経緯を2人に話すことにした。
エルフたちは外に話を漏らさないだろうし、話しても大丈夫だと考えたのだ。
それに抱えこんでいる秘密が重すぎて、誰かに聞いてほしかったというのもあるかもしれない。
「か……神の言葉が聞けるスキルだと? それも、そこに世界の仕組みが全て書いてある……? し、信じられん……」
「そ、そんなすごい力があるのに、家から追い出されちゃったんですか!? わたしはそれも信じられないのですけど……」
エルハゥル女王はインターネットに興味しんしんになり、エルナ姫はローナを追い出したググレカース家にぷんすかと怒りをぶつけていた。
ただ、それよりも――。
「あ、あの……怒らないんですか?」
そんな中、ローナはちょっと不安げに尋ねる。
「怒る、とは?」
エルナ姫がきょとんと首をかしげる。
「その、私がザリチェさんに協力していた人間たちの娘っていうのもそうですが……なにより、エルフにとって大切な杖をずるい方法で取ってしまって……」
ローナが手にしている世界樹杖ワンド・オブ・ワールドは、エルフにとって神聖視されるほど大切なものだ。
だから――。
「やっぱり、この杖はエルフのみなさんにお返しします」
この杖を持っているべきなのは、エルフの人たちだろう。
エルフたちが里に隠してくれていれば、誰かに杖を盗まれて悪用されるということもないはずだ。
そう思って、ローナは女王へと杖を差し出すが――。
「「…………」」
女王と姫は顔を見合わせると。
どちらかともなく、ぷっと笑いだした。
「そんなことを気にしていたんですね、救世主様は」
「……へ?」
「ああいや、すまない。そんなたいそうな力を持っているわりに、小さな悩みだなと思ってな」
それから、女王親子は言う。
「そもそも、大切なのは試練ではない。そなたがその杖でなにを成し遂げたかだ。我らエルフはしかと見ていたぞ、そなたがこの里を――そして、世界を救ったところをな」
「あなたは誰がどう見ても、立派な救世主様ですよ」
そんな女王親子の言葉に、ローナは少し目頭が熱くなった。
なんというか、今日だけで一生分ぐらいの褒め言葉を投げかけられている気がする。
今までの人生ではほとんど褒められたことはなかったため、なんとなく気恥ずかしくなるが……悪い気はしなかった。
「まあ、そもそも……神の言葉が聞けるなんてとんでもないスキルに選ばれた時点で、もう救世主じゃんという感じなんですけどね……」
と、エルナ姫が苦笑したところで。
「しかし、それにしても……ググレカース家か。またその名を聞くとはな」
ふと、女王が思案げに呟く。
「前から知ってたんですか?」
「まあ、やつらは以前から、この森の大霊脈を荒らしていたからな。わらわが少し警告してからは大人しくなったと思っていたが……ザリチェから聞いた話では、どうもやつらはザリチェと組んで、この森の覇権を奪おうとしていたらしい」
実家の悪評は、町でも嫌というほど聞いていたが。
本当にろくなことをしない家だ。
「な、なんか、ごめんなさい……」
「ふふ、そなたに罪はあるまい。それに――」
と、女王はにやりと凄絶な笑みを浮かべた。
「……やつらには、すでに警告はしておる。二度目はない。我らの恩人にも不当な扱いをしていた以上、そろそろやつらは
「あ、はい」
なんでも、女王は人間の国々と“相互不可侵条約”を結んでいたらしい。
エルフは数こそ少ないが、長寿の種族だ。
一般兵ですらレベル30を超える精鋭ぞろいであり、誰もが魔法に優れているために数の暴力も通用しない。
逆に言うと、少しでも野心を持ってしまえば、ザリチェのように世界を脅かせてしまうほどの力を持った種族なのだ。
女王が『霊脈の枯渇』と『ザリチェとの企み』を人間の王に伝えるだけで、エルフを敵に回したくない王たちがググレカース家を慌てて潰そうとするだろう、とのことだった。
「ふふ……やつらも、惜しいことをしたな。目先の損得しか見ずに救世主殿を無下に扱わなければ、あるいは……今頃は栄華を極めていたかもしれぬのに。ふふ……ふふふふ」
「………………」
なんか、悪い笑みを浮かべてる女王を見ながら。
ローナはこっそりと実家に向かって両手を合わせたのだった。
◇
そんな話のあとも、ローナはエルフたちと宴を楽しんだ。
見たこともないような豪勢なエルフ料理を食べ、目をきらきらさせた子供たちに囲まれ、エルフの戦士たちから手合わせや求婚を申しこまれ……。
それから、夜も遅いので女王の城に一泊していくことになった。
「む、むぅ……? この光の板に、神の言葉が? ……わらわがさわってもなにも起きないな」
「これが、神々の文字……? な、なんて書いてあるかわかりませんね……」
「くぅぅ……神の言葉がすぐ目の前にあるのに、口惜しい……っ!」
「は、はは……」
女王にインターネットを見せてみると、子供のように目をきらきらさせて、なんとかさわろうと四苦八苦していた。
そんな母の奇行に、隣にいたエルナ姫はちょっと恥ずかしそうにしていたが。
女王はけっこう信心深い性格なのかもしれない。
「ちなみに、これは!? これはなんと書いてあるのだ!?」
なんだか犬が尻尾をぶんぶん振るような勢いで、質問してくる女王。
「えっと、これは『草』って書いてありますね」
「く、草……?」
「神々の言葉では、『草』というのは『笑い』を意味するんですよ。応用形として『草不可避』『草まみれ』『草生える』というのもありますね」
それなりに、インターネットにくわしくなっていたローナが、ちょっと得意顔で解説する。
「……ふむ、なるほど。人々の笑顔や笑い声を、草の芽吹きやそよぎに例えたのか。さすが神々だな」
「わぁ……とても美しく詩的な言葉ですね」
「ふふ、まさに今の状態を言うのだろうな――草が生える、とは」
「えへへ! 救世主様を見ていると草が生えます!」
「さっそく使いこなしてて草不可避ですね」
そんなこんなで、「草」「草」と言い合っているうちに、夜はふけていった。
ちなみに、エルフの隠れ里の中で「草」という言葉が一大ムーブメントを巻き起こすのだが、それはまた別のお話。
◇
それから、夜も明け――翌朝。
ローナは里の入り口で、見送りのエルフたちに囲まれていた。
「……本当にもう行ってしまうのか?」
「はい。やっぱり旅はしたいですし、町に帰らないと心配もかけそうですしね……」
薬草をとりに行くと言ったきり帰ってこなければ、衛兵のラインハルテなどは心配するだろう。
宿屋の主人や娘にも心配をかけそうだ。
「うぅ……救世主様ぁ……」
「ずっと、この里にいてくれればいいのに……」
最初に里に来たときとは違い、エルフたちはみんなローナとの別れを惜しむ声を上げていた。
昨日だけでずいぶん慕われたんだなぁと少し驚く。
「――救世主殿」
と、そこで。
エルハゥル女王が、エルフたちを代表するように前に進み出てきた。
「今さら言う話ではないが……ずっとここにいるつもりはないのか? 人間とはいえ、エルフたちは救世主殿のことを慕っている。ここでなら、何不自由なく平和に暮らせるであろう」
「……たしかに、そうかもしれませんね」
もしも旅に出てすぐのローナだったら。
もしもインターネットの使い方がわからないローナだったら。
きっと、女王の誘いに一も二もなく頷いていただろう。
最初はとにかく生きのびることに必死だった。
でも、少しだけ余裕が出てきて、自分がなにをしたいのか考えたとき。
――自由に旅をしたい。
と、思ったのだ。
今までローナは、ほとんど家から出たことがなかった。
それはローナ自身が弱かったことに加え、ググレカース家が多方面から恨みを買っていたことも大きい。
しかし今はもう、そのググレカース家という肩書きもなくなった。
だから――。
「これからは自由に生きようと思います。たくさんのものを見て、たくさんのものを食べて、たくさんの人と出会って――そうしたら、いつかまたここに戻ってきます」
イプルパイのような各地の名物を食べてみたい。
“黄昏の地下神殿”や“エルフの隠れ里”みたいな綺麗な景色を見てみたい。
いろいろな魔法やスキルを使えるようになってみたい。
たくさんの人と出会い、仲良くなってみたい。
やりたいことが次から次へと、ローナの胸の奥からわいてくる。
「なるほど。ならば、引きとめるのは無粋だな」
女王はそう言うと。
首にさげていたペンダントを外して、ローナの首にかけた。
「では、このお守りを君に託そう。我らエルフとの友好の証だ。これを持っていれば、人間の王や貴族はそなたに便宜をはかってくれるだろう」
「……そ、そんな大切なもの、もらってもいいんですか?」
「こんなものでは返しきれぬよ。そなたからもらったものが多すぎてな」
女王はそれから、ローナの肩をぽんっと叩いた。
「いつでもここへ戻ってくるといい。エルフは恩を忘れない。エルフはいつまでもそなたの友であり、この地はそなたの家であり続けよう」
「……はい、いつか必ず戻ってきます」
「ふふ、また会える日を楽しみに待っていよう。願わくば、そなたの旅路が草まみれであらんことを――」
そうして、別れの言葉も一通り済ませたあと。
ローナはようやく出発することにした。
「「「――せーの! 草ァッ!!」」」
最後に、エルフたちのそんな言葉に送られて。
ローナはエルフの隠れ里を後にしたのだった――――。
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